08 その少年、侵入する
「名前を言え」
「え?」
研究所の入り口の番をしている騎士の言葉に、俺は固まってしまう。
騎士服を着ていたら簡単に入れるかと思っていたから完全に予想外であり予定外だ。早速作戦が失敗した。
というか、初めて来た時から思っていたがなんで門番なんかいるんだ。色々日本の機械作っているなら監視カメラを作ればいいのに。変なところでアナログだな。
「どうした。早く言え!」
片側に立つもう一人の門番が急かしてくる。もちろん名前を言えるわけがない。言った時点で彼女を助ける事が出来なくなる。
どうしよう。強行突破をするしかないのか。
俺が悩んでいると突然軽快な音楽がなる。門番の一人のタブレットが鳴ったらしい。
タブレットはスマホのように検索機能はないが、電話とかアプリなどの他のことではスマホとあまり変わらない。今のは電話だったらしく小さな電子機器を屈強な身体の騎士が耳にあてる。
「おう、どうした。 ……何? 増援だと? 分かった、ちょっと待ってろ」
騎士が電話を切り、俺ともう一人の騎士に話しかける。
「研究所内で奴を見失ったらしい。オレは捜索に向かう。お前はこいつを見張っといてくれ。ろくに名前を言わないところをみると、あいつの手先かもしれないからな」
一人の騎士は研究所入っていき、もう一人の騎士は言われた通り俺を見張っている。詳しいことは知らないが研究所で問題が発生したらしい。……セレアだろうか。
何にせよ、これは好機だ。あの騎士はすんなり入ったからセキュリティシステムまではあの研究者は作っていないみたいだ。作っていたとしても、入り口には設置していない。
つまり、障壁は目の前の騎士一人のみ。
「おい、早く名前を言えよ。そしたらタブレットから騎士名簿にアクセスして簡単に身の潔白が示せるぞ? オレも早いとこ増援に……」
騎士のセリフを無視して俺は右手をゆっくりと持ち上げ目の前の騎士と握手ができそうな位置に右手を置く。
「ん? なんだ、この手はああァァァ!?」
すっ、と右手の裾から出てきたライトソードを掴み、魔力を込める。すると伸びた光の刀身が騎士の胴体に直撃して、騎士が悲鳴を上げる。
ライトソードは斬る動作と突く動作で効果が違う。斬る動作は斬った箇所を無力化することができ、突く動作は対象の全身を無力化できる。
つまり、この騎士は俺の突き(?)でしばらく動けない。
「悪いな、緊急事態なんだ。名前なら後で教えてやるよ」
「ぐぅ、ま、待て……」
そう言われて待つ奴はいない。俺は無念そうにこちらを見ている騎士をおいて研究所内に侵入した。
***
「さて、まずはセレアを見つけないとな。多分あの部屋にいると思うが」
俺はライトソードを仕舞い、研究所内を闊歩する。あの部屋とは当然アナザーがある部屋だ。しかし、あそこにはプレアで出入りしたから何処にあるか分からない。とりあえず、手当たり次第に探してみよう。
俺は辺りを確認しながら進む。一応騎士を装っているとはいえ先程のように疑われたら危険である。
「どっちに行った! 早く探せ、そう遠くには行っていないはずだ!」
曲がり角を曲がろうとすると、声が聞こえてきた。
俺を探しているにしては随分と早いな。先刻騎士が言っていたトラブルか。
そう考えていると複数の足音がこちらに近づいてくる。
まずい、こっちに来る。
隠れようにもここら辺は一本道で部屋もない。入り口の騎士一人には(不意打ちだが)勝てたけれど、相手が複数人なら間違いなくこちらが負ける。
「君、一人で奴を捜してはいけない。返り討ちにあったらどうする。常に二人以上で行動しろと言ったはずだぞ」
振り返ってみると先頭の騎士がそんなことを言ってくる。
よかった、バレていないみたいだ。
相手の騎士の数は四人だった。戦うことになったら何度も言うようだが勝ち目はなかっただろう。ひとまず、安全は保証された。
いやぁ、危ない、危な――。
「あれ? お前入り口の怪しい奴じゃないか。入り口で待ってろって言ったはずだ。それにバルターが見張っていたはず……」
さっきの騎士がいた。なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。俺はもしものためにライトソードをこっそりと手に取る。
「君、名前は?」
先頭の騎士が不審に思ったのかタブレットを取り出して聞いてくる。そして俺はその男の方に思いっきり踏み込み、
「はあっ!」
「うおっ!?」
強烈な突きを放つ。が、相手のとっさの回避で空振りに終わった。
だが、俺の狙いは前にいる騎士だけじゃない。
「ぐぁぁっ!?」
その後ろにいた騎士一名が俺の攻撃の餌食となる。
なぜ先程のようにあてるだけにしなかったか。それは、もし避けられても俺の行動がコンマ数秒だが伝わるのが遅れる後ろの騎士へ攻撃対象を移せるからだ。
これで三対一。それでも依然として不利なのは変わらない。
そして間髪入れずに俺は一度ライトソードを自分の身体に引きつけ、ライトソードを抜こうとする三人の騎士の内の一人に斬りかかる。狙いは他の二人よりライトソードを取り出すのが遅かった、タブレットを出していた奴だ。
「ぐっ…………!」
そのまま騎士は俺の一撃で倒れていく。本来なら避けれていたかもしれないが、俺を含めた男五人が(一人倒れているにしても)通路に固まって入れば動きが制限される。要は突っ込んだもの勝ちだ。
「あと二人…………っ!」
俺は突如繰り出された斬撃にほとんど反射で受け止める。ここら辺はセレアとの特訓のお陰だ。
「しっ!」
相手が横にずれ、その後ろから更に二人目の斬りつけの攻撃がくる。
「くっ…………!」
俺は左手でそれを受ける。突如、不快な刺激が脳に伝わる。それをなんとか堪えて、後ろに大きく下がる。
流石に正面から戦うとなると相手に一日の長がある。ただでさえ二人相手は苦しいのに左手がまともに動かないのなら尚更だ。
……俺がもっと強ければ。
内側から込み上げてくる苦いものを無理矢理押し込む。今そんなことを思っていても無駄だ。彼女を助ける。それが見失ってはいけない目的だ。
俺はライトソードを素早く仕舞う。
「「は?」」
騎士達の声が重なり、全員唖然としていた。もちろん、その隙を逃さない。
俺は痺れる左手を抑え、相手に背を向けて走り出した。
「あ、逃げたぞ!」
「増援を呼べ! 追うぞ!」
俺が動きをみせると、騎士達も思考が再び動き始めたらしく俺を追いかけて来る。
「こちら二班。新たな侵入者を発見。応援を頼む。そいつの特徴は――」
そんな声が後ろから聞こえた。増援が来たら逃げるのが困難になる。早く後ろの連中を撒かなくてはならない。
俺は曲がり角を利用して、相手の視界から外れることを試みる。そして、曲がり角の近くにあった部屋に飛び込むように入る。
「どこへ行った?」
「部屋は鍵を持っているものしか入れないはずだ! 俺はあっちの通路を探すから、お前はそっちだ」
「わかった」
そんなやり取りが扉越しに聞こえてくる。鍵がかかっていなかったのは運が良かった。
逃げるという苦渋の決断だったが、その部屋に逃げ込んだ頃には左手の痺れはほとんど消えかかっていた。