84 その研究者、動き出す
その後、シェリーには寝室で寝てもらって、俺は居間で寝ることになった。寝る前にタブレットでアキヒロと連絡を取り、通信が途切れた後の説明を簡単にして詳しいことは会って話すことになった。
アキヒロの推測になるが、インフェクトはまだ助けることはできるらしい。その言葉を信じて今は身体を休めた。
「やっほー! 久しぶり、セレア!」
「久しぶりね、シェリー。カケルから連絡があった時は冗談かと思ったわ」
そして太陽が天辺に来ているお昼時。
俺とシェリーはセレアが住むお城に訪れていた。
シェリーはセレアを見た途端、嬉しそうに彼女の手を取って喜んだ。セレアも戸惑いながらも、友人と再会できて嬉しいようだ。
女の子二人の会話は目に見えて弾んでいた。
「ええっ!? アスタロス王国にボクがいることを連絡した!? どうして!?」
「どうしてって……。向こうも貴女が突然消えて大騒ぎしている筈よ。会いに来てくれたのは嬉しいのだけれど、それとこれとは話が別ね」
「うっ……。それはそうだけどさぁ……」
シェリーが口を尖らせて、拗ねたような表情をつくる。
弾んでいる……よね?
まあ、セレアの真面目さは今に始まった事ではないし、今回はシェリーの方に非があるのでこればかりはどうしようもない。せめて強制帰国させられる前に存分に満喫できることを祈るばかりだ。
「それに、せっかく来てもらって申し訳ないのだけど、今ちょっと立て込んでるの。……あまり時間が取れるか判らないわ」
セレアが悩むような声で言う。
女王の義務を全うしたいと思う反面、年頃の女の子らしく友人と遊びたいという気持ちもあるのだろう。
「うーん…………。じゃあ、夜は? 夜は大丈夫だよね?」
「え……ええ、夜は仕事はしてないわ」
身を寄せてきたシェリーに驚いて少し身を引いたセレアが紅い両目をしばたく。
「じゃあ、夜にまた来るよ! セレアはそれでいいかな?」
シェリーの言葉にセレアは悩み事が解決したような晴れやかな笑顔を見せる。
「うん……楽しみにしてるわ」
「それじゃあ、お仕事、頑張ってね! あれ? あそこにいるのミムロドだよね?」
楽しみな予定ができて大満足なシェリーは少し離れたところにいる《紅血の民》の主要メンバーを発見した。
「そうよ。彼らには今お仕事を依頼しているの」
セレアはそう言って俺の方をちらりと視線を一瞬だけ向けてきた。
「……ふーん、そっか。あいつらも大変だな」
他人事みたいな口調で半分本心を口にする。来年までに成果を出さなければ解雇という噂が俺の中で事実だと確信しつつあるので全くの嘘ではない。
「あははは! カケルも働かないとダメだよ!」
シェリーが紫色の髪を揺らして耳の痛い忠告をしてくる。
「大丈夫だよ、シェリー。先日稼いだばっかりだから。当分は働かなくていい」
ガーネッタ国での戦いでそれなりにお金が入った。まあ、女神の加護者はプレアの力で国に貢献してくれるという理由で国から生活補償が貰えているから働かなくても切り詰めれば何とか暮らしていけるのだが。
「……貴方、その貯金を使い切るまで働かない気じゃないでしょうね」
セレアが呆れた表情になる。
「あ、でもカケル昨日……」
シェリーが思い出したように話を始める。
しまった。喋りすぎた。
彼女は昨日俺が何をしていたのかを知っている。そして当然セレアにそれを隠していることは伝えていない。セレア自身は俺が事件に関わるのをよく思っていないみたいだから、ここでシェリーに追求されると厄介だ。
「歓談中、失礼」
しかし、シェリーの話は最後まで行くことはなかった。それを遮る形で男の声が会話に加わる。
声の主は絶海翔。
最近この世界に召喚されたヒトだ。古びた赤い外套とマフラーを身につけていた。気温は寒い訳ではない。単に彼が寒がりなのだろう。
「タルミさん。騎士たちの指導、お疲れ様でした。またよろしくお願いします」
「こちらこそ、良い鍛錬となります」
絶海さんは一礼してセレアに答える。
「それで、どうかされましたか?」
「はい、そこの男に用があります。少々お借りしても?」
彼は目線で俺を示す。
「ええ。カケルも大丈夫かしら?」
「ああ、別にいいけど……」
用事が何なのかは知らないが、会話が途切れた今のうちに退出できるなら好都合だ。シェリーに口止めできなかったのは不安だが、そこは祈るしかないだろう。
絶海さんは礼儀正しく女王たちに別れを告げて、外套を翻す。ついて来い、ということらしい。
「えっと、そういうことだから……」
「うん! ここまで送ってくれてありがとね!」
「あ、えっと…………またね」
シェリーの感謝の言葉とセレアの何か言いたそうな言葉を背中で受け止めて、俺は先行する彼を追う。
「……で、何ですか?」
隣に並べたところで話を切り出す。
「は? キミはアキヒロさんから聞かされていないのか?」
アキヒロ? 彼から絶海さんに関することなんて聞いてない。
「……キミの顔を見る限りだと、どうやらまだ知らないようだね。私はアキヒロさんからの依頼でキミのインフェクト救出の手助けをすることになった」
「えっ!?」
絶海さんは驚く俺を見て、意味ありげな笑みをこぼす。
「精々頑張りたまえ」
***
時は遡ること二日前の深夜。場所はアルバーレ王国一の病院のとある一室。外の廊下や他の部屋は全て消灯している。しかし、その部屋だけぼんやりと小さな明かりが灯っていた。
部屋では王国直轄の研究所のトップである者が資料の束に目を通していた。
その人物は池田明裕。カケルと同じくこの世界に召喚された者だ。
彼が資料に目を通していると、タブレットに見知らぬ通信が入った。
アキヒロは訝しみながらその通信を受ける。
『イヒヒヒヒ。久しぶりだね、アキヒロ君。 元気にしていたかな?』
それはここ数年間、ずっと探していた男の声だった。
アブドゥル・イワノフ。指名手配犯となって行方を眩ましたアキヒロの元上司。
「……お久しぶりです、イワノフ先生」
しかし、アキヒロは彼自身でも驚くほど冷静に第一声を発することができた。
『イヒヒヒヒ。おや、少しは動揺を見せるかと思ったが、意外と落ち着いているねぇ』
「……今はどこで何を?」
アキヒロは単刀直入に質問をぶつける。
『今は里帰りしているよ。相変わらず……いや、さらに技術が進歩しているねぇ、アルバーレは』
どうやらアキヒロが住む国、アルバーレ王国にいるらしい。そして里帰りの言葉から逃げた先のどこかから帰ってきたとみて間違いないだろう。逃亡先は恐らくディアボロス族が住まう大陸、アスタロス。マナ祭の時に騎士団長のローグが教えてくれた情報だ。
『そしたらキミがワタクシの跡を継いだって話が耳に入ってねぇ。労いの言葉ひとつでもかけてやろうかと思ったんだ』
愉快そうな独特の笑い声が通話越しに聞こえる。
「おや、喧嘩別れに近い別れ方をした相手を労ってくれるんですか。余程気分が良いようですね」
イワノフはアキヒロの元いた世界の武器をこの世界で開発しようと提案して、アキヒロはそれを断ったのだ。議論に議論を重ね、次第に研究所でもイワノフを支持する層とアキヒロを支持する層に分かれていった。遂にイワノフは兵器開発のためにこの国の魔道具の核であるクリスタル・コアにまで手を出そうとする。幸いそれは未遂で終わり、処分が下される前に彼は行方不明となった。
そんな過去を持つ男が労うためだけの理由でわざわざ電話などしてこない。
確実に別の用があるはずだ。それもこちらにとって不利なことが。
アキヒロは如何なる予想外の言葉にも対応できるように呼吸を整える。
『ああ、気分は最高だとも。最近研究が捗っていてねぇ。……ところで今ダストリーで妙な事件があるみたいだねぇ』
「なるほど。順調な研究成果をダストリーで見せていると……」
言葉を止めて、記憶を探る。
嫌な予感がする。彼の研究とは何だ。確か彼はアキヒロが元いた世界の武器の他にも興味を示していたものがあった。いや、本来はそっち研究をしていたはずだ。
「待ってください。どっちの研究ですか?」
アキヒロがいた世界の武器や兵器か、イワノフ本来の研究分野のことか。
『イヒヒヒヒ、イヒヒヒヒ! 動揺したな。動揺したねぇ。どっちだって? 決まっているだろう?』
笑い混じりの声が鼓膜を不快に揺らす。
『どっちも、だよ』
嫌な予感は最悪の確信へと変わった。
『あとはクリスタル・コアを壊すだけ。代わりはもうほぼ完成しているようだからねぇ』
クリスタル・コアを壊す。アキヒロが開発した魔道具は今やアルバーレ王国にとってなくてはならないものだ。クリスタル・コアは全ての魔道具を管理しているのでそんなことをすれば、間違いなく混乱が起きる。
「……人が死ぬかもしれませんよ」
アキヒロは最悪の未来を言葉にして元上司を嗜める。
クリスタル・コアはアキヒロがプレアを使用して生み出したものだ。その副産物として電子魔力が誕生したため、電子魔力もクリスタル・コアの管轄下に入っている。クリスタル・コアのおかげで規則性を保っている電子魔力だが、魔道具を動かすほどのエネルギーを持っているのも事実だ。
クリスタル・コアを失った電子魔力がどんな反応を見せるのか想像できない。そのエネルギーはクリスタル・コアとと共に消えてくれるかもしれないし、暴走を起こすかもしれない。後者のような事態が起これば、王国中に存在している電子魔力は人々を傷つける可能性だって十分に考えられる。
『まだそんなことを言っているのかねぇ。研究には犠牲が付き纏うものだ』
止めたければ止めるが良いさ。
その言葉を最後に通話は切れてしまった。
*
アキヒロはゆっくりと目を開ける。
薄暗い風景に、お尻と背中に伝わる冷たくて固い長椅子の感触。
うたた寝をしてしまったらしいと気付き、頭を振って眠気を振り払う。昨晩はカケルとインフェクトとの通信が途絶えてからずっと通信を繋ぎ直そうと模索していた。そのため寝不足と疲労が彼の中で大きく主張している。
しかし、それらに構っている余裕はない。
イワノフは言った。
犠牲は付き纏う、と。
たしかにその通りだと思う。
ひとつの成功のために多くの失敗を重ねて模索する。そのひとつの成功で失敗した数を遥かに上回る人々が幸せになるのならそれでいい。
それが自分たちの仕事だ。
彼の言葉を否定する気はない。
しかし、彼がそれを言うのは許せなかった。
何故なら彼は……。
ギィッ……、と古びた扉が来訪者を知らせる。
アキヒロは固くなった身体を伸ばして、二人の来訪者を出迎えた。
「やあ。よく来てくれた、絶海君。そして無事で何よりだ、カケル」




