76 その新参者、語る
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獣人の国、ガーネッタ国から帰国してはや一週間が過ぎた。
俺、相島翔は先日召喚された人物が住んでいるとある館へと招かれていた。
「――って感じでイノシシとの戦いが終わったんです。これで俺の異世界での体験談は語り終えたと思うんですけど」
ふかふかなソファーに座っている俺はテーブルの向こう側にいる人物の返事を待つ。
白髪だが歳は若く、聖騎士のライザーと同年代だろう。つまり、俺よりも少し年上だ。ブリーチか何かと思っていたが、本人曰く地毛らしい。
「ふむ、中々参考になったよ。四日間ここまで足を運んでくれてありがとう」
落ち着いた大人の男性特有の低い声が帰ってきた。ライザーのような爽やかな声とはまた違った魅力がある。
「い、いえ、俺も暇でしたし。絶海さんの話も面白かったです」
彼の名前は絶海翔。名前の漢字が同じということもあってすぐに親しくなれたが、落ち着いた独特の雰囲気にはまだ馴染めないものがある。
「暇なのはお互い様さ。私は出不精だからあまり外には出たくなくてね」
出不精と本人は言うが、体格は俺よりもしっかりしていて、運動をしている人のそれだ。おまけに背も高い。
「まあ、俺のケースはたぶん他の人よりかも特殊ですからあんまり参考にならないと思いますけどね」
他の召喚者は戦闘職の騎士には就かず、商業などで現代の日本の知識を利用して生計を立てているらしい。あと一週間で退院する池田明裕が代表的な例だろう。
「なに、構わないさ。参考例は一つでも多い方がいいからね。……おっと、そういえば時間は大丈夫なのかい?」
「あっ、すみません。もう行きます」
俺は壁の方の、ボロボロの赤いマントの横にかけられている時計を見て、慌てて帰る支度をする。
もうすぐ 《紅月の民》がカグヤを家に預けに来る時間だ。なんでも急な仕事が入ったから預かっていてほしいという話だった。
「急いでいるところすまないが、最後に少しだけ話をさせてくれ」
「あ、はい。何ですか?」
扉に手をかけたところで呼び止められて振り向く。
「君は私に話した戦いが全て無事に終わったと思っているのかね?」
じっと絶海さんは俺を見据えてくる。
「……え? えっと…………」
俺は質問の意味が分からずに答えに詰まる。全てを見透かすような彼の双眸は彼の特徴であり、俺の苦手なところでもあった。
「…………そう、思います」
「……そうか。ではまず、ムラバモス卿との戦いだが、あの後彼が獄中で不審死したということは知っていたかね?」
「…………なっ……!?」
そんな話は聞いていない。ジャロウ・ムラバモスはセレアの元婚約者だが、それは不正な手段で手に入れた関係であり、後々彼女を殺して権力を独り占めしようとしていた。確かに捕まったという話は聞いていたが、それっきり話題に上がってこない。
「次にシモン・ペイバー。行方不明の彼は未だに見つかっていない」
シモンは俺との戦闘で負けたはずだが、いつのまにか姿がなかった。そもそも俺は戦闘後に何故か気を失ってしまったので、あまり記憶にない。
「紅月の民。彼らは一年間の功績を考慮して今後も雇っていくかどうかを決める。しかし、来年雇われる可能性は限りなくゼロに近い。それどころか今までの罪で牢獄行き何て話もある」
ディアボロス族の闇組織、紅月の民。俺の提案で、彼らをディアボロス族の代表国アスタロス王国とリグルート族の代表国アルバーレ王国(俺たちがいる国)で雇い、裏で行われている違法取引の情報を集めてもらうことになっていた。
「最後にソウルビースト。これは腕輪の謎が解けていないな」
「……あれ? 俺、腕輪のことについて言いましたか?」
「……ああ、言っていた」
自分でもよく分からないものだったから省いたつもりだったのだが、つい口にしていたみたいだ。我ながら口が軽い。
それはそうと、絶海さんの言葉はほとんどが俺の知らないことばかりだった。いや、よくよく思い出してみれば、ジャロウ・ムラバモスについてライザーがガーネッタ国に行く前に意味ありげなことを言っていた気がする。
しかし、どれもこれも解決していたようでしていないものばかりだ。上手くやっている『紅月の民』でさえ解決していない。それならば新しい方法を考えなければならない。
誰もが納得する方法を探さなくてはならない。
そもそも本人たちはこれを知っているのだろうか。
そもそもというのなら絶海さんはどこからそんな情報を入手したのだろう。
俺が思案を巡らせていると、絶海さんから短い笑い声がこぼれる。
「まあ、君が気にすることではない。今言ったことは全部お偉いさん達が対処すべきものだ。我々一般人が無理矢理首を突っ込むことはない」
「……そうですね」
腑に落ちないが、一応納得したという体をつくる。
「あと一つ、簡単な質問に答えてくれ。なに、そこまで深く考えなくていい」
絶海さんは壁に掛かった赤いマントをちらりと見遣る。その後、俺の方へと視線を戻した。
「ヒトが何かに向かって頑張っているが、それは絶対に叶わない。そんな奴がいたらキミはどうする?」
俺は少しの間考え込む。
要は絶対に叶わない夢を追いかけているやつがいたらどうするかってことか。
絶対に叶わないなら本人も少なからず自覚しているはずだ。それでも諦めないのなら確固たる意志があるのだろう。
だから一概に止めさせることは出来ない。
「………………それでも応援する、と思います。その人が諦めるまで」
「……ありがとう。参考になったよ」
一体何がどう参考になったのかは分からないが、役に立てたのなら良しとしよう。
「でも叶わないのに夢を諦めない何てすごい情熱ですね」
「情熱か……」
絶海さんは紅茶の入ったアンティーク風のティーカップを手に取る。その口元は皮肉げに笑っていた。
「どうしました?」
絶海さんが紅茶を啜ってテーブルに置くのを見計らって不自然に笑ってたことについて訊ねる。
「そいつは情熱があるんじゃない。そいつにあるのは、そうならなければいけないという誰にも求められていない無様な責任感だけだ」
絶海さんは吐き捨てるように言う。
彼にしては珍しい激しい口調に思わず少し構えてしまう。
「……すまない、警戒させてしまったかな」
しかし、絶海さんはすぐにいつもの調子に戻った。加えて、俺の小さな変化さえ見抜いて詫びを入れてくれた。
本当にこちらの全てを見ているような雰囲気はやはり苦手だ。
「い、いえ。……じゃあ絶海さんはさっきの質問の状況だったら止めさせるんですね」
「ああ、止めさせるね。…………たとえ殺してでも」
その声は先程よりも冷たく重かった。
向けられたその双眸に宿っている何かを俺は知る事は出来なかった。




