66 その加護者、町外れまで
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半壊した累の塔の最上階。
戦闘の痕跡がありありと刻まれたその場所は現在誰もいない。
「…………出し抜かれた」
そう気付いた少年は同時に自分が閉じ込められた事にも気付く。
暗闇に慣れた目でこの部屋に入ることができた回る壁の方を見る。
カラクリ仕掛けの壁をこの部屋から使うことは不可能のようで、先程試しにやってみたが反応はなかった。
「…………壊すか」
能力は発動したままなので、このまま使うことができる。
少年は流れるように構えの姿勢をとる。
右手に幾何学的な模様が現れて、腕一面に増殖する。
「…………はっ!」
いつもとは違う気の入った掛け声と共に正拳突きが繰り出される。
壁と拳が激突する。
瞬間、戦場の跡地となった一室に爆発音が生まれた。
部屋に壁だったものがなだれ込む。
「…………いて」
少年の右手の中指と薬指の付け根から血の雫が床に滴り落ちる。
《無双》によって強化されている手に傷が付いているのを見て、少年は小さく笑う。
少年の予想通りただの壁ではなかったみたいだ。
赤い水滴は一向に収まる気配がない。
なぜならその傷は絶対神法書の規定の外にあるからである。
絶対神法書は自身の手で傷を負った場合、その傷を治すことはない。
先程槍を投擲した時に自身の力のせいで肩を痛めたが、それも治っていない。
しかし、少年にとってそれはどうでもよかった。
少年は戦場となった一室を見回す。
あの巫女の姿はない。
「…………アンタか」
一人見知った顔がいた。
巫女の報告を受けて様子を見にきたのだろう。
少年はその人物に声をかける。
「…………分かっている。…………次の作戦に移る」
少年はその人物から予備の仮面やマントを受け取り、夜の世界に姿を消した。
***
俺は光が弱まるのを瞼越しに感じ取って目を開ける。
「なっ……!?」
そこは異常な光景だった。
俺は最上階が半壊している塔の入り口付近にいた。
そこはいい。プレアを使ったのだから当然だろう。
入り口付近に巫女や騎士が倒れていたのだ。
幸いなことに現在、他の騎士たちに救助されているけど騎士たちが全滅させられている様子に俺は戸惑いを隠せない。
「ど、どうなっているの……?」
サキも俺の隣で呆然と立ち尽くしている。しかし、すぐに行動に移って救助中の巫女を一人捕まえて事情を聞く。
「団長殿? どうしてこちらに? イノシシの方は……いや、それよりも緊急事態です!」
一人の巫女がサキがここにいることに一瞬の疑問を感じたようだが、すぐに報告に移る。
「つい先程襲撃されました! 賊は一人で狙いは長二人の御命のようです!」
「襲撃っ……!?」
「大丈夫だったのか!?」
俺とサキが不安な表情を浮かべていたらしく、巫女が慌てて付け加える。
「ですが、不知火殿のおかげで賊は無力化しました! 現在は不知火殿の指示で入り口付近の警備状況を見にきたのですが……」
そしたら全滅していて今に至るようだ。
「セレアは……長たちは無事なのか?」
「はい。長たちはより安全な場所に避難なさっています」
俺はその言葉を聞いて胸をなでおろす。
サキもそのことが気にかかっていたらしく安堵の表情をしている。
しかし、すぐ様その表情を崩して巫女に聞く。
「……マレイは無事?」
「…………それが、随分激しい戦闘だったようで、大きな怪我では右腕の骨折に肋骨も何本か……。私たちに指示を出し終えた後、意識を失って……現在治療中です」
「…………マレイ」
サキは心配そうに俯く。
そしてぎゅっと目を瞑った後、顔を上げる。
「……行きましょう、カケル。……報告、ありがとね」
「はい、そちらもお気を付けて」
巫女はそう言って、自分の作業に戻った。
「それはいいけど、どうやって?」
「……どうしましょう。プレアはさっきので全部使ったから……ええと…………」
「この馬をお使いください」
「きゃあ!?」
「うおっ!?」
急に話に入ってきた第三者の声に俺とサキはびくっと肩を震わす。
「ミノさん!」
「はい、どうも。こんばんわ」
スキンヘッドに金の輪を頭に嵌めている男性、斎藤みのがいた。
彼は何故か一頭の馬を連れていた。
「なんでここに?」
「私は非戦闘要員ですので、住民の避難を助けていたのです」
「あの、必要ないとはどういうことですか?」
俺とサキの立て続きの質問にミノさんは冷静に答える。
「そのままの意味ですよ、吉瀬殿。伝達の者の話ですと、イノシシはそろそろ街に着きそうだとか」
「なっ……本当ですか!?」
「そんな……」
絶望に染まる俺たちをミノさんは手で制す。
「落ち着いてください。この馬で行けば、街外れまでそうかかりません。どうぞお使いください」
サキはミノさんにお礼を言い、馬にまたがる。
「あの、一頭しかいないんですか……?」
まあ、もう一頭いたとしても乗れないのでどちらでもいいのだが。
俺の質問にミノさんは困ったように頭をかく。
「すみません。急には準備できなくて……。その馬も私がここの緊急事態の報せを受けて駆けつける時に使ったものですので」
「いいえ、充分です。さあ、カケル乗って」
「いや、乗ってと言われても……」
どうやって?
乗馬の経験などあるはずもない俺はサキの見よう見まねとミノさんに手伝ってもらい、ようやく乗ることができた。
「しっかり掴まってね」
「え、どこにぃぃぃ……!」
サキが言い終えてすぐに馬を出したので、俺の上体がぐらりと後方に揺れる。
俺は咄嗟に体重を前にしてサキの腰にしがみつく。
仄かに甘くていい香りがゼロ距離で鼻をくすぐる。
俺は不意に心臓が高鳴っているのを感じていた。
恐怖で。
め、めっさ怖かった。落ちるかと思った。
死の恐怖を感じた直後は下心も出ないと初めて知った。




