20 その地図、思い出を
異世界生活五日目。
昨晩はセレアから屈辱的な敗北を味わった。まさか初めて料理したのにあんなに上手いなんて思わなかった。彼女の才能の多さと深さは計り知れない。
そういえば、あの完璧人間の彼女に苦手なものとかあるのだろうか。……なさそうだな。
俺は意識が覚醒していくのを感じながら目を開ける。
目の前には、部屋を埋め尽くすほどの本が巨大な棚に並んでいる光景が広がる。そこは決して寝室ではない。
昨晩、セレアが帰った後に料理バトルに負けた悔しさを紛らわすために書斎に閉じこもり、本を片っ端から読んでいたのだ。いつのまにか寝落ちしてしまっていたらしい。
書斎の時計を見ると、セレアが剣の朝の指導に来るまで後十分もない。本当は朝練の十五分くらい前だが、彼女は五分前に来て俺が寝ていたら起こしにくるのだ。起こしに来るだけならまだいいが、そのあとにだらけているだの小言がくる。朝からそんな小言は聞きたくない。
俺は急いで本の片付けを始める。何冊かの本をまとめて棚に入れようとしたところで、ハラリと一枚の紙が落ちる。どこかの本から出てしまったようだ。見た感じページではないようだ。
「なんだこれ?」
拾い上げて見ると、どこかの地図のようだった。
「どこから落ちたんだ?」
地図の出所を探ろうとしたが、窓からセレアが来るのが見えたので俺は慌てて地図をポケットに突っ込み、下に降りた。
***
「セレア、書斎から妙な地図が出て来たんだが」
剣の朝練後、俺はセレアに例の地図を見せた。しかし、セレアにも見覚えがないらしい。だけど、場所は分かるということだったので今日はそこに冒険しにいくことになった。
昼食にサンドウィッチを作って持っていくことになった。
「サンドウィッチの材料、うちにあったかな?」
「ないなら買って来るわよ」
セレアの申し出は有難いが、毎日セレアに買いに行かせているので気がひける。セレアは今、国内では暴動があるから危ないと言って俺が街に行くのは反対している。しかし、危ないのはセレアも同じではないだろうか。地元民は慣れているから大丈夫とかそんな理由なら、彼女にばかり任せてはおけない。せめて一緒に行くくらいはしたい。
俺は数秒考えて口を開く。
「セレア、街にサンドウィッチは売っているか?」
「えっと、多分売っていると思うわ」
「今日はそこで買って、そのままこの地図の場所に行こう」
料理ができないと分かって不機嫌になったセレアをなだめてから街に行くことになった。
「買ってから行こうって、お金出すのは私なんですけど」
まだ少し不機嫌なセレアがボソッと言う。そういえば、俺今ヒモ男状態でした。
***
街に出るとセレアは自身の髪の色と似たような赤色のフードを目深に被っていた。
俺たちはしばらく歩くと、十数分くらいでパン屋さんらしき建物を見つけた。パンを焼いた時の特有の甘い香りがする。
早速中に入り、目当てのサンドウィッチを見つける。三種類のサンドウィッチが入ったものに手を伸ばし、止める。
セレアはどれがいいのだろうか。
「セレア、同じのでいいよな?」
「しっ! 声が大きい!」
「ご、ごめんなさい…………」
急にどうしたのだろうか。あと今のは明らかにセレアの方が大きかった。だが、そんなことは言わないでおく。
とりあえず、同じものを二個手に取り、会計に向かう。後ろにはセレアがぴったりと張り付くように歩いている。
「いらっしゃいませ!」
元気なおばさんが俺が差し出した商品のバーコードをバーコードリーダーで読み取る。
そんなものまで発明されているのか……。ほんと異世界感台無しだな。
俺が思わず苦笑していると金額が近くにあった小さな画面に表示される。セレアがすっとその金額を出す。
「ちょうどお預かりします! ありがとうございました!」
セレアはサンドウィッチを素早く受け取り、俺の手を引っ張りながら店を出た。まるで人目を避けるような行動だ。
なんなんだ一体? 戸惑いながらも俺はセレアが引っ張る方向へ特に抵抗せずに足を進めた。
***
俺たちはそれから街をぬけて、山を(俺の屋敷がある山ではない)登った。
「ここがその地図の場所なのか」
「そうみたいね」
俺たちの目の前にあるのはでかい洞窟だった。絶壁の土や岩の壁に縦二メートルくらいで、幅は人が二人くらい入れる穴が奥まで続いている。
「入って、みるよな?」
「…………ええ、もちろん」
セレアがやや遅れ気味に答え、俺たちは洞窟に足を踏み入れた。
洞窟の中はひんやりとしていて、薄暗かった。どうやら一本道らしい。そして土壁をよく見ると、大理石のようなものが含まれている。もっと正しく表現するなら、遺跡が土やコケなどで覆われて一部しか見えなくなったかのようだ。なにかの施設だったのだろうか。
「セレア、ここなんかの施設だったっていう可能性はないか? ……ってなんでそんなにくっついているんですか?」
「知らないわよ。あと、くっ付いていて何か問題ある?」
セレアが上目遣いで睨む。問題はある。さっきから左肘の柔らかい感触が俺の理性をガリガリ削っている点だ。
まあ、そんなこと言ったら今けんか腰状態の彼女から制裁がくるので言わない方がいい。もってくれ、俺の理性。
「そういえば、あれだな。ここモンスターとか出そうだな」
何か喋っていないと理性が持たない。とりあえず話題を振ろう。俺の理性弱すぎだろ。
「モンスターなんているわけないでしょ。大昔に絶滅したんだから」
「え、そうなの?」
セレアは当たり前と言いたそうな顔をしながら、話し始める。もちろん、俺の左腕は離してくれない。
「大昔の戦争で弱いモンスターは巻き込まれて絶滅したのよ。強いモンスターは残ってはいるみたいだけど、希少中の希少よ。その分、強いから遭遇したら即刻逃げた方がいいけどね」
この世界が本当に異世界か疑わしくなる。もっと異世界っぽいことがしたい。
俺は思わずため息がでる。それと同時にある考えも出てきた。
「……あ、そうだ。あれならいそうだな」
「あれってなによ?」
「決まっているだろ」
俺はそこであえて言葉を区切って、声色を変える準備をする。そして頃合いをみて、低く震えた声で言う。
「幽霊、とかさ」
カツン、と何かがぶつかる音がする。
「なんだ? 今の」
「なんだ、って貴方が何かにぶつかったんでしょう?」
「俺はどこにも当たってないぞ」
セレアの方を向くと顔を真っ青にしている。彼女の目からはうるうると涙が溢れそうだ。
俺は一度落ち着いて、考える。どちらにも心当たりがない音の発生源。薄暗い洞窟。
そして、目の前に怪しく光る物体。
俺はある結論に至った。
「まさか本当にでるとは」
「きゃあああああああああああああ!」
「うお!」
セレアは俺を突き飛ばし、そのまま奥の方へ走り去っていった。
どうやら彼女は幽霊の類が嫌いだったようだ。知らなかったとはいえ、悪いことしたなぁ。あとで謝っておこう。
そう考えた後、俺はふと右斜め前の光っていた場所を見る。もう光はないが、そこだけ壁がへこんでいてちょっとした空間がある。
移動して見ると、その空間には石でできた二本の剣がクロスに重なる形で地面に突き刺さっていた。作品だろうか。
「へぇ、よくできてるな」
俺はまじまじとその二本の剣を見たり、触ったりしてそれらの出来を確かめる。誰かが作ったのだろうか。自然とこんなリアルな形はできないだろう。
もう少し見たかったが先行しているセレアが心配なので後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
一瞬その二本の石の剣が光った気がした。振り返って確認して、それはやはり気のせいだという結論に至った。
***
しばらく走ると、出口が見えた。その間セレアと合流できなかったから、おそらく出口の向こうにいるだろう。
薄暗い洞窟を出ると、そこは街が一望できる場所だった。日はすっかり傾き、街をオレンジ色を含む赤色で街全体を包み込んでいる。とてもきれいな景色だった。
「遅いわよ、カケル」
声がした方を向くと、セレアがいた。少し目が赤い。この景色に感動したのか、それともそれを見る前に泣いたものか。どちらにせよ、俺は謝らなければいけないなぁ。
「すごく綺麗ね」
「そうだね」
セレアの言葉に改めてその景色を見る。時間が経つにつれ、夕日からオレンジ色が抜けていき純粋な赤色に変わっていく。隣にいる彼女と同じ色に。
「またいつか来ようね」
セレアが呟くように言う。俺はそれに頷いて応える。
赤く燃える夕日が街を包み込み、街全体が燃えているみたいだ。まるでこの世の終わりを迎えている感覚にとらわれる。
終わりがあれば始まりがある。始まりとはそれ以前の動作あるいは事象が何かしら変わったということだ。つまり終わりとは何が変わるという事にもなる。
世界は常に始まりと終わりを繰り返す。それは異世界に来ても変わらない。
彼女との今の奇妙な関係はいつ終わりを迎えるのだろうか。
そう思い、夕日に照らされているセレアを見る。彼女は街を眩しそうに、だがどこか悲しそうに見つめていた。紅い髪がそよ風でなびく。
俺はもう一度山に隠れていく夕日を見る。夕日は名残惜しそうにゆっくりと山に近づいていく。
「そろそろ帰りましょう」
セレアが踵を返して洞窟へと向かう。俺は彼女を見失わないようにすぐに後を追う。
どんなに俺が考えたところで少なくとも、あの景色をもう一度一緒に見るまでは彼女の側にいる約束をしたのだ。ちゃんと守らないといけない。
俺はその小さな約束を胸の中にそっとしまった。
次回から二章に入ります。四日後の日曜日に投稿予定です。遅れることをお詫び申し上げます。




