15 その貴族、終わる
突如、セレアの体が淡い光に包まれる。
「……成功、した?」
俺は深く息を吐く。俺の右手を見ると、右手も光に包まれている。そして右手の『1』という数字が薄くなるにつれて、光も弱っていく。やがて右手の数字は跡を残すことなく消え、光は弾けるように大気に散った。
これでプレアは使えなくなった。残念だが、後悔はしていない。するはずがない。その願いで護るべき、いや護りたい人を救ったのだから。
俺はそれを見届けて、セレアの方に視線を移す。セレアを覆っていた光も消えて、傷のあった箇所から健康的な白い肌が見える。傷は完全に塞がったようだ。彼女の表情に苦痛の色はなく、規則正しい呼吸を繰り返している。
取り敢えず最悪の事態は免れた。しかし、まだ安心とはいえない。セレアは血を流し過ぎている。プレアでどこまで回復したのか分からない以上、適切な機関で診てもらうべきだろう。
「そう、いえば、この、世界に、病院ってある……
のか、な…………」
俺はライザーを探して病院に該当する機関を尋ねるため、立ち上がろうとする。しかし、足に力が入らない。
これまでの疲れが一気に来たのか、意識が朦朧とする。まだやるべきことがある。倒れている場合ではない。
俺は必死で意識を繋ごうとするが、目の前がテレビの砂嵐のように真っ暗になる。
「ま……じか…………」
俺はセレアの横に倒れこむ。意識を保つことがやがて苦痛に変わる。まるで重度の眠気に襲われているかのようだった。
「……なんで、急………………に」
俺はそう呟く。しかし、セレアと俺しかいない部屋でその質問に答える者がいるはずもない。
すると、慌ただしい音が扉の方から聞こえる。複数人の足音だ。
俺は意識が落ちる中、扉の開く音が聞こえた。
『いたぞ! ここだ!』
『見つけたぞ! 急げ!』
俺たちの方へ駆け寄る声を聞き、俺の意識はそこで途切れた。
*遡ること十数分前
(……ここまで来れば大丈夫か……)
ジャロウはそう思いながら、辺りを見回す。一面草木で覆われていて、人影はない。
セレアを撃った後、ジャロウは研究所の外まで逃走した。動かないはずの体でそこまで出来たのも服の下に仕込んである魔導機械のおかげに他ならない。
銃に弾は一発しか入っていなかったが、あの少年を足止めするには十分な働きだった。しかし弾のない銃を持っていても邪魔だから、研究所に投げ捨ててきた。
騎士達にあの二人を の後始末をさせたかったが、研究所に自分とあの二人以外に人がいなかったのだ。少なくともジャロウが探した限りでは一人もいなかった。
(まったく、どこに行ったんだ。使えない奴らめ。…………ん?)
ジャロウは前方から集団の足音が聞こえ、前方を注視する。その正体はジャロウが操っていた騎士達だった。
「おお! お前達か、どこへ行っていた? 研究所にまだ虫が二匹いる。早く始末しろ」
ジャロウは来た道の方を指しながら、操っている騎士達に命令する。
騎士の一人がそれに従うようにジャロウの方へ、研究所に向かう。
ジャロウはそう思っていた。
次の瞬間、ガチャリ、とジャロウの手首から重たく、冷たい音がする。
「……………………は?」
ジャロウはその音を聞き、目線を落とす。そこには、自分の右手に手錠が嵌められていた。
「ジャロウ・ムラ・バモス公爵。タブレットの違法機能の使用、また国家転覆陰謀罪で逮捕します」
突然のことで思考が追いついていなかったジャロウも徐々に状況を理解していく。それと同時に驚きと怒りの感情がジャロウの心を支配する。
「ふ、ふざけるな! 貴様ら何をしているのか分かっているのか!? 次期国王にこの様な真似、ただじゃ済まんぞ!」
ジャロウは騎士達に恫喝する。しかし彼らは耳を貸さず、ジャロウの左手にも手錠をはめる。
「言いたいことは後で聞かせてもらいます」
騎士達の奥の方から声が聞こえる。声の主は騎士達の前に出て、姿を現わす。
「き、貴様、ライザー…………!」
「私もいますよ、ジャロウ様」
聞きなれた声にジャロウは左を向く。そこには、自分の計画の最重要人だったアキヒロがいた。
「…………アキヒロ、裏切ったな!」
ジャロウが使っていた催眠も元々アキヒロによって偶然作られた機能だ。しかし、それを危険だと判断した前国王はすぐさまアキヒロに催眠機能を封印させ、それの対抗機能を作るように命じたのだ。
つまり、アキヒロだけがその対抗機能の解除も構築も自在なのだ。
ジャロウの怒りにアキヒロは一向に臆している様子はない。
「裏切る? 私は元々貴方と結託した覚えはありませんよ」
アキヒロはジャロウに嘲笑の笑みを浮かべて、答える。そんな彼の態度がさらにジャロウの怒りを助長させる。
「う、うるさい! ええい、放せ!」
「うわ!」
ジャロウは連行しようとした騎士を突き飛ばし、逃走を図る。
「逃がしませんよ」
「ぐっ…………!」
が、それもライザーがSRをジャロウに向けたため、諦める。
打つ手なし。
完全敗北、チェックメイトである。
「さあ、無駄な抵抗はしないことです」
「…………ふふ」
突然、ジャロウが顔を上に向け、大声をあげて笑う。ジャロウの奇妙な行動に騎士達から警戒の空気が作り出される。
「……何がおかしいんですか?」
ライザーの問いにジャロウは笑うことをやめるが、代わりに口を歪ませた様な笑みをライザーに、騎士達に向ける。
「思い出したよ。いやはや、歳はとりたくないものだな。物事をすぐ忘れてしまう」
「答えになってませんよ」
ジャロウは喉元に向けられたSRに更に近づく。目からは諦めからくる覚悟のような瞳に変わっている。
「ここに来る前に貴様らの主人を撃ってきた。あれでは最早助かるかどうか。あの黒髪の小僧も今頃どうしているのか」
一同に警戒の空気が消え、代わりに動揺が生まれる。
騎士団の主人、つまりセレア・ビクトリア・スカーレットを撃ったということだ。
この告白は普通に考えればジャロウにメリットなど全くない。殺人、しかも王族となれば更に罪が重くなる。しかし、今のジャロウはそんなことどうでもよかった。
目の前で勝ち誇った顔をする騎士達やアキヒロに一泡食わされることができれば。その困惑したような表情さえ拝めればどうでもいい。どうせ後から、自分を捕まえた後に事後報告のようにわかってしまうことだから。
「落ち着くんだ! 二班は研究所に向かって様子を見てきてくれ! 五班はもしもの時のための病院の手配、他はジャロウの連行だ!」
ライザーの指揮に慌ただしく動く騎士を見て、ジャロウは再び狂った笑い声を上げた。
その笑い声は日が傾き始めている昼下がりの森の中に広がっていき、やがて消えていった。




