101 その誓い、破るべからず
会議が始まり、主催者であるドラコーンが会議を進めている。
「今回の司会進行を務めさせていただきます。ドラコーン族の長代理、ヴォルスンガ・ラッカムと申します」
浅黒い肌の男が慇懃に全種族の長に一礼する。
会議が始まる前にドラコーンとは話して同じような挨拶を受けた。その時は護衛の人も名乗っていて、世羅創太郎というそうだ。世羅さんも俺と同じ召喚者、女神の加護者らしい。
「このまま会議を始めたいところですが、今回が初めての方が多いようですので……ゴットゼルクから順に挨拶をお願いします」
ラッカムさんが左隣のゴットゼルクを指名する。
ゴットゼルクは男女二人組のペアだった。女の人が席に座っているので男の人が護衛だろう。女性が滑らかな動きで立ち上がる。
すらりとした、線の細い女性だった。純白な衣装も相まって、清楚というよりも儚い印象を持たせる。
「ゴッドゼルクの長代理、比売信子です」
簡潔な自己紹介で席に着く。
……召喚者だろうか。しかし、髪の色が黒ではなく鮮やかな銀色だった。名前からして日本人だが染めているのだろうか。タルミさんも白髪だし、女神の加護者は黒髪黒目というのは単にそれが多かっただけで絶対的なものではないのかもしれない。
「プロエリムの長代理、空乃文代だ。よろしく頼む」
銀髪の女性から左へと視線を移す。
横に深いスリットが入った衣装、所謂、チャイナドレスと呼ばれる服を身につけている女性が視界に入った。クールな顔立ちは言葉遣い通りの毅然とした雰囲気を感じ取れる。彼女は長い黒髪のため、すぐに召喚者だと分かった。
そこまではいいのだが……。
「……っ」
密着度の高い衣装は彼女の豊かな胸元やボディラインを強調させてすごく艶めかしかった。つい視線を逸らして、彼女の周りを見る。するとあることに気付いた。
「…………ひとり?」
彼女の近くに護衛がいなかった。
先ほどのゴッドゼルクは代理でも護衛はいたが、プロエリムの彼女は一人でこの会議に出席している。
「彼女はプロエリムの聖騎士でもあるから護衛は必要ないんだろうね」
ライザーが声を潜めて俺の疑問に答える。
「なるほど……」
それにしてもプロエリムか……。
嫌な記憶が蘇る。
前の二種族と違って、プロエリムに会うのはこれが初めてではない。これまでの事件の中で対峙したことがある。
まあ、自分の力では為す術もなくボコボコにされたんだが。
空乃さんの挨拶が終わって、次の種族に移る。
席に座るのはベールで顔を隠している女性だった。
その後ろでは俺と同じくらいの男の子が立っている。彼も俺と同じく女神の加護者特有の黒髪だった。
「アールヴ族の長のガラドリエル・ジェイドですわ」
最初に種族名を知った時は何の種族か見当も付かなかったが、どうやらエルフのことらしい。今は絶対神法書によって人間の姿に変えられているため伝承のような長い耳などの特徴はない。
その後も順番に挨拶していく。
セレア、舞姫、シェリーの順で挨拶が終わってドラコーンに戻った。
「挨拶も済んだことですし、早速始めましょうか」
シェリーの元気いっぱいの挨拶を聞き届けて、ラッカムさんが俺を一瞥する。
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。世界の秘宝、聖罰剣。その内の一振りが紛失したことについてです。ここまでは事前に連絡が届いているかと思いますが、何か質問はございますか?」
「では、私から」
手を挙げたのはゴッドゼルクの代理であるヒメさんだ。
「紛失した一振りはソウルビーストの大陸にあったベスティアと伺っています。しかし、その詳細は知らされていないので差し支えなければお聞かせ下さい」
視線を向けられた舞姫が気怠そうに口を開く。
「むう……。後から話そうと思っていたが仕方ないのう。ドラコーンの、しばし横道に逸れるぞ」
「ええ、構いません」
ラッカムさんの承諾を確認して、舞姫がソウルビーストの大陸で起こった事件を語り始めた。
モンスターの正体が彼女たちソウルビーストの人だったこと。
そして被害をこれ以上出さないために、ソウルビーストのみに絶大な力を発揮する聖罰剣ベスティアを用いたこと。
この二つを中心に語り終えた舞姫がふうと息を溢す。
一方で事情を知らなかった種族の間でどよめきが起こる。
このことを知っていたのはリグルートとソウルビーストのみ。それもその場に居合わせた人だけだ。当時、ガーネッタ大陸にいなかったライザーも目を丸くしている。
「恐ろしい話ですな。それが真ならソウルビーストはいずれモンスターとなってしまう危険な存在といえるでしょう。今のうちに手を打っておかねばなりますまい」
その言葉で部屋の小さな騒ぎはピタリと止んだ。
代わりに刺すような緊張感が走る。
「おい、ドラコーンの。それはどういう意味じゃ」
舞姫が射殺すような目つきでラッカムさんを睨む。
彼は動じずに涼しい顔で返した。
「不快に思われたようなら失礼しました。しかしそのような事態に何もしないわけにはいかないでしょう」
「ふん。心配ないわい。これは人為的なものじゃ。止めようと思えばやりようはいくらでもある」
「待った。人為的なものだと? モンスターを人の姿に変えることができる者がいるというのか」
舞姫のほぼ対角線上にいるプロエリムのソラノさんが声を上げる。
「妾もこの目で見ておらんから具体的なことは言えん。その目で見た者はこの場だと、この老いぼれとそこの坊主じゃ」
向けられた舞姫の指が視線を引き連れて俺を示す。
同じ種族であるセレアとライザー以外の十一人の双眸が俺を映す。
突然の注目に戸惑ったが、息を整えてゆっくりと口を開く。
「ええと……はい。たしかにあれは人の手によるものです」
「断言できるということは根拠があるのですね」
ゴッドゼルクのヒメさんが合いの手を入れてくれた。一人でぺらぺら喋るよりはやりやすいのでありがたい。
「はい。謎の集団がモンスターがつけていた腕輪を奪いにきたんです」
「謎の集団? 腕輪?」
シェリーが首を傾げる。
「腕輪はモンスターに始めから着いていたんだ。謎の集団については分からないが無関係とは思えない」
各種族が難しい顔をして黙り込む。
「……謎の集団についての情報もないようですので本題に戻させていただきます。また後ほど話すことにしましょう」
沈黙を破ったのは進行のラッカムさんだ。
異議を唱える者もいないため、会議は本題へと戻った。
「なくなったのは聖罰剣ベスティア。事件で使われたのなら使用していた本人に話を聞くのが一番でしょう」
ラッカムさんが俺の方を見る。
「さあ、カケル殿。前にお越し下さい」
円になっている種族の真ん中に来るように指示される。言われるがまま、前へと進んで真ん中で止まった。
「ここからどうするつもりじゃ? なぜこやつを移動させた」
舞姫の発言は最もだった。発言なら先ほどのように場所を移動する必要はない。彼女の発言を受けて俺も同じ疑問が生じる。
「彼には絶対神法書に誓いを立ててもらいます」
その言葉で周りの空気が変わった。
誰かの驚きの声がいろいろな方向から聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ! それはやり過ぎじゃないかな!」
よほど驚いたのか、シェリーが勢いよく立ち上がる。彼女ほど大きな反応をした者はいなかったが、それでもその場にいる全員が険しい顔になっている。
絶対神法書に誓うことでどうなるのか分からない俺はただ周りの様子を見ているだけだった。
「そんなことはありません。世界の秘宝が紛失したのです。彼には信頼できる証言をしてもらわなければ」
「けど……! セレアも何とか言ってよ!」
「…………構いません」
「セレア……!?」
シェリーが狼狽えていることでなにかとんでもないことなのは伝わってくるが、具体的なことが分からない。
一体俺は何をされるんだ。
「君は『絶対神法書に誓う』と宣言するんだ。その後に『これからの証言を嘘偽りなく述べる』と言えば良い。なに、不安に思うことはない。誓いに背かなければ何も起きはしない」
ラッカムさんが俺に流れを説明してくれた。
それはありがたいが、誓いに背いた時が気になる。いや、別に背く気はないけど。それでも自分が立たされている状況については知っておきたい。
俺が口を開くより少し先に棘のある声が二つ聞こえてきた。ヒメさんと舞だ。
「私もディアボロスの長と同じ意見です。それは神の審判。このように軽々しく使って良い物ではありません」
「妾も反対じゃ。あれは好かん。神ごときに決めさせるな」
「世界の秘宝の紛失。事は一刻を争うはずです。さあ、カケル君」
「…………絶対神法書に誓う」
若干の緊張を含んだ声を出す。
「これからの証言を偽りなく述べる」
「……よろしい。では進行役の我輩が代表して質問をさせていただきます」
それが通例なのか特に異を唱える者はいなかった。シェリーもヒメさんも何か言いたげではあったが、口を噤んでいる。
「まず最初に確認として聞こう。君はベスティアに触れたことがあるか?」
「はい」
迷う必要もないので即答をする。
俺の身体にも周りにも変化は起きない。
「当たり前だが、本当のことのようだ。では、次の質問だ。聖罰剣の行方は君は知らないか?」
「知りません」
これも簡単な質問だった。謎の集団が撤退したときにはなかったらしい。俺は気を失っていたので覚えていないが。
それにしても随分と回りくどい質問をしてくる。盗んだかどうかを直接訊いてくれればいいのに。その次の質問も直接的に俺が盗んだかどうかの質問ではなかった。その類の質問が三個も続く。
「……それでは最後の質問だ。聖罰剣を盗んだ者に心当たりはないか?」
「いいえ」
俺に変化はない。誓いに背いていないので当たり前だ。
「どうやら当てが外れたみたいじゃのう」
舞姫の言葉にラッカムさんが苦笑する。
「そのようです。協力感謝する。そして疑うような真似をしてすまなかったな、カケルくん」
「いえ、これで終わりですか?」
「ああ、あとは『誓いは果たされた』と言えばいい。……おっと、すまない。最後に確認をさせてくれ」
「はい?」
「君は聖罰剣を持っていないんだな」
散々した質問がそれ一つで終わるような質問だった。俺は半ば呆れつつ、最後の確認に正直に答える。
「はい、持っていません」
瞬間、灼熱のような熱さが身体中を襲った。




