私は不思議生物らしいです
簡易な自己紹介を交わし終え、いよいよ私のことを詳しく調べる段となった。
診断にあたって邪魔になるかもしれないので、サイアムはグレゴリーに手渡して一時的に任せておくことにした。
グレゴリーの腕のモフモフの被毛に埋もれてちょっと気持ちよさそうなのが羨ましく感じたのは内緒である。
医者の診断のように、私とラグは椅子に座って向かい合った。
ラグは手元の紙に私の名前を書きとめると、紙の方を向いたまま淡々と喋りはじめた。
「まず調査すべき項目を絞るため、分かっている範囲で良いので出来うる限り貴方自身のことを教えてください」
「はい。私自身よく分かってない所もあるので、ちょっと取りとめも無くなっちゃうかもしれませんけど……」
「大丈夫です。こちらで勝手にまとめるので、思いついた所からで良いのでどうぞ」
と、ラグは紙とペンを持ってメモを取る準備万端の様子である。
しっかりまとめて喋るのはあまり得意ではないが、なるべく分かりやすいように、と時系列順に出来事を話すことにした。
「わかりました。えーっと、まず私は元々異界人だったんですよね。とは言っても、あっちの時の記憶ってあんまり鮮明に残ってなくて……。自分の名前を憶えてないかと思えば、くだらない笑い話は覚えてたり、いまいちムラがあるみたいなんですけど」
「フム。元々の肉体そのままでは無いようですので、貴方は魂の状態でこちらへ渡ってきたのですね。その際に何らかの不具合があり、記憶が一部欠損したと考えられます」
「それで、ウル・グエラ山脈でただのアナグマとして生まれたみたいです。しばらくは普通のアナグマ生活をしていたんですけど、古びた神像を見つけた時に、夢の中で豊穣の女神様のご加護を頂きました。多分言語に関する加護だったと思います。女神様はただの獣に異界人の魂が入るのを見たのは初めてだと言ってました。それは、色々な条件が重なってたまたま起こった事象だとも」
「ウル・グエラ山脈は魔素と極めて関わり深い地域。そして異界人の魂を持つ者は概ね魔素の扱いに長けている性質を持つ、と。フム」
「ドラゴンに襲われて危うく食べれらるなんてこともあったりしましたけど、その後一年くらいは大体は平穏に過ごしてました。でも、一生を山の中で過ごすことに危機感を抱きまして、山から飛び出して、そこでグレゴリーとローサに会いました。その時、初めて人間の言葉を喋れるようになって、初めて人性体を取れるようになりました。それまでは自分はただのアナグマだと思っていたので、とても驚きました」
「発声や変性は、加護無しで?」
「はい。声は出そうと思って出したわけでもないですし、変性は気合を入れてみたら一発でできちゃいました」
「フムフム」
そうして、私はただのアナグマとして生まれた時から今に至るまでの、色々な出来事を話して聞かせた。
一体何が私の特異な点に関係しているのかよく分からなかったため、一応なるべく多くの情報を正確に伝えるようには努めた。
ラグは合間合間にぶつぶつと呟いたり、質問を挟んだりしつつ、何枚もの紙にメモを一杯に取っていた。
随分と喋り続けたせいで喉が渇いてけほけほとむせ、直後にラグが手持無沙汰に何かの器具をいじっていたシンに向かって「暇なら何か適当に飲み物用意してくれません?」と顔も見ずに言ってのけた。
シンは「えー、めんどいな」と渋っていたものの、意外にもちゃんと全員分の飲み物を用意して持ってきた。
しかし、茶を入れる腕前は極めて低いらしく、濃過ぎて苦いお茶に全員でむせる羽目になってしまった。
サイアムもむせてその時にちょこっとだけ火を吹きだしたのは、火事にならないかと非常に冷やりとした一幕だった。
「……と、まあこんな感じですかね」
「なるほど、大体は絞れてきました。とりあえず竜の目を使ってみましょう」
「竜の目?」
竜と聞いて、一番身近にいるサイアムの方に思わず目がいった。
サイアムはグレゴリーの腕の中で、被毛に埋もれつつ半目になって眠っていた。見た目がちょっと怖い。
「魔素を見るための器具です。ドラゴンの眼球構造を調べた結果、ドラゴンは魔素を視認できると分かったため、そこから名前が取られたというわけです」
「へえ、そうなんですか。それじゃ、サイアムの見える景色も私とは全然違うものなのかな」
「そうかもしれませんし、そうでもないかもしれません」
「何かどっちつかずですね」
「これからハッキリしますよ」
「はあ」
紙とペンを脇に置いたラグは、机の上に置いてあった厳重なケースを開けると、コンパクトな器具を取り出した。
どことなくカメラを思い起こさせるような、四角い本体の真ん中に一つレンズがついた見た目をしている。
ラグはその器具を構えると、分厚いレンズ越しに私を見つめた。
無言で見つめられ、落ち着かない気分になって耳や尻尾がそわそわ動きそうになった。が、こういう時はちょろちょろ動かない方が良いかと思い、じっと我慢をした。
「見たところ、通常の霊命種よりも纏う魔素が多いようですね」
「えーと、あんまり普通じゃないってことでしょうか」
「普通じゃないどころじゃなく、異常と言って良いでしょう」
「そんなになんですか……自分じゃ良くわからないです」
「わからなくしているのは、おそらく貴方自身の……フム? 貴方からドラゴンの幼生に魔素の通り道が……魔素の供給でしょうか?」
「えっと?」
ラグは器具を当てたまま私とサイアムの方を交互にじろじろ見ると、何か考え込んでぶつぶつと自分の世界へと入り込んでしまった。
そして器具を一旦脇に置くと、今度はまた紙とペンと取り出してがりがりとメモを取った。
「貴方はそこのドラゴンの幼生に魔素を随時供給しているようですね。あまりそのドラゴンと物理的な距離を取らない方が良いかもしれません」
「供給? そうなんですか?」
「推測ですが、おそらくドラゴンの幼生は、本来親ドラゴンと魔素の供給関係を結ぶのかもしれませんね。つまり、貴方はそのドラゴンの親代わりになっているということになります」
「い、いつの間にそんなことに……」
魔素に関することは感覚的によく分からないため、正にいつの間に、である。
まさか、この若さで親になるとは思いもしなかった。いや、サイアムはどちらかと言えばペットのような存在である。私はサイアムの飼い主だ。
「へー。頑張れよ、お母さん」
「お母さんはやめて下さいよ……」
シンが面白がってからかうような言葉を投げつけてきたが、今の私の十代前半ボディにお母さんはやめていただきたい。
ドラゴンに関するメモを取り終えると、ラグは私の方に向き直って次なる指示を下した。
「後は真性体時の様子も確認したいので、変性してください」
「それはいいですけど、えーっと、脱げた服とかは……」
「気になるならばあちらの陰でどうぞ」
ついとラグが指差した方向の部屋の隅に、病院で見るような仕切りが置いてあった。
アナグマ姿になればゆるくなった服は脱げてしまうし、そのまま人に戻れば全裸を晒すことになってしまうので、これを利用しない手は無い。
「じゃあちょっとお借りしますよ」と物陰へ移動し、そこに置いてあった籠に服を適当に積むと、アナグマの姿に戻った。
衣類から解放されたからか、無意識にぶるりと一回体を振れば、ふかふかと被毛が散った。
床に落ちた細かな毛に、精密機器がありそうなこの場ではまずかったな、と少しばかり自省しつつ、四足でラグの目の前の椅子へよじ登る。
「お待たせしました」
「フム、見た目は普通のアナグマですね。おおよそ二年で、真性体は成体の姿に、人性体は第二次成長期程度に、ですか。これはまた興味深い」
「そういえば、人の姿の方は、何か前の時より小さい姿になっちゃったんですよね」
「とりあえずこの状態の魔素の様子も調べてみましょう」
ラグは竜の目を手に取ると、再び私の姿を熱心に見つめた。
竜の目に嵌められたレンズに映る私の顔は、鼻をひくつかせて瞳をぱちくりとさせている。
自分で言うのも何だかそれなりに可愛らしい顔をしていると思う。
「真性体においても、やはり通常の霊命種よりも魔素が濃いようですね」
「はあ」
先ほどから魔素が濃いだの、魔素の供給だの、主に魔素に関する事柄を指摘されているが、実は私は魔素についてはいまいちよく理解していない。
なので、具体的にはそれがどのような特異性を持つのかまったくイメージが沸かなかった。
一通り記録をつけて満足したのか、ラグはふう、と達成感に満ちたため息を吐くと、「それでは人性体に戻っていただいて構いません」と幾分か柔らかい声色で言った。
それに一礼して、今度は椅子から飛び降りて、いそいそと仕切りの物陰で服を身に着けた。
身だしなみを整えてラグの前の椅子へ戻ると、待ってましたとばかりに今回の診断結果が告げられた。
「さて、簡潔に言うと、どちらかと言えば、貴方は霊命種よりはドラゴンに近いようです」
「えっ?」
診断結果は、簡潔すぎて何がどうなのかちょっとよく分からなかった。




