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キツネにつままれる

 冷静に己の行動を振り返ってみると、行き当たりばったりすぎる。

 結果的に子鹿を助けることができたのは良かったものの、犠牲になった物は多い。手入されていた芝生は焦げ焦げになってしまったし、建物には大穴が開いた。

 どう落とし前をつけようかと、がっくりと項垂れる。

 そんな風にへたり込む私に、声をかける者がいた。


「おい、どうなったんだ?」

「へ?」


 声の発生源は、壁に開いた穴の向こう側、つまり庭の方だった。

 そこにはちょこんと座ったキツネがこちらを見ていた。

 キツネは口を開く。


「誘拐犯はどうなったんだ?」

「え、あ、そこで気絶してます」

「マジで?」


 キツネは跳ねるように建物の中へ入ってきた。

 私の横に転がっている男を見るや否や、軽薄に早口で捲し立てた。


「マジだった! 幼女なのに中々やるじゃん。場合によっちゃ俺がなんとかしないとなーって思ってたんだけど」

「はあ」

「って、ああああああ!!」


 唐突にキツネが叫び声を上げ、私は驚いて肩をびくつかせた。

 キツネは男の横に転がっていた杖の残骸に駆け寄ると、両前足で頭を抱えるという人間じみたポーズで悶えた。


「うっそ、杖が、何これ! ヤバイ! ありえねえ!」

「あの、その杖が何か……?」

「何かも何も、超すごい杖なんだけど!? 何で割れてんの!?」


 何一つ具体的にわからないが、とにかく超すごい杖らしい。そして、割れているのはヤバくてありえないらしい。

 そして、割ったのは私だ。振りかぶったのは誘拐犯だけど。

 私は冷や汗をかいた。


「あの……その杖で誘拐犯が殴りかかってきたので……殴ったら割れちゃいまして……」

「は? 割った? お前が? 素手で?」

「はい……」

「マジで?」

「マジです……」


 私の異世界での新たな人生は、今度こそ終了してしまうかもしれない。

 とにかく半分くらいは誘拐犯のせいなので、弁明のために何か言おうとしたその時、庭の方が騒がしくなった。

 複数の人の足音と声が聞こえる。


「おい、大丈夫か! 今縄を解いてやるからな」

「シングラル様ー! 御無事ですか!?」

「建物に穴が開いてるぞ!」

「気をつけろ、中に潜んでるかもしれない」


 屋敷の使用人達だろうか。完全に包囲されてしまったようだ。いや、逃げるつもりは無かったが。

 キツネは庭からの呼びかけに応えた。


「俺はここだ! 侵入者は既に気絶しているから大丈夫だ!」

「シングラル様!」


 先ほど誘拐犯に炎を向けられて逃げて行った女性の使用人が、服を抱えて建物に入ってきた。

 続いて、武装した男達がどやどやと続く。

 私の開けた穴がすっかり出入り口のような扱いになってしまっている。

 女性はキツネを見るや否や、まあ! と声を上げた。


「シングラル様、やっぱり真性体でキツネ達に交じっていらっしゃったんですか! 大事にならなくて良かったものの、もっとご自重くださいませ!」

「まあまあ、大丈夫だったんだしいいじゃん。こうやってると開放的な気分になれるんだよ」

「良くありません! 御召し物をお持ちしましたので、着替えてください」

「はいはい」


 と、目の前で慌ただしいやりとりが繰り広げられた。

 私はそれを何をするでもなく見ていたのだが、武装していた男達はこちらへ武器を向けながら囲んできた。


「お前、見慣れない顔だな」

「お前も侵入者か?」

「え、あの、勝手に家に入ってすみませんでした!」


 不法侵入を犯した罪の意識をちくちくと刺激され、私は大いに狼狽えた。

 キツネは見かねたのか、女性の使用人について部屋から出ようとしていた所から振り返り、男達に言った。


「そいつ、一応侵入者の誘拐犯退治した奴だから。それよりそこに転がってる誘拐犯、適当に縛って騎士に突き出しとけ」

「はっ。かしこまりました」

「おい、縄を持ってこい!」


 男達はそれぞれの為すべきことを為すために、私のそばから離れて行った。

 ほっとしたのもつかの間、キツネは私に強い視線を向け、くぎを刺した。


「お前、後で詳しく色々聞くからな。逃げるなよ。まあ、逃げても無駄だと思うけど」

「は、はい」

「俺は服を着てくるからそこで待ってろ」


 そう言い残すと、キツネは使用人と共にさっさと退室していった。

 後に残された私は、とりあえず邪魔にならないように部屋の隅に移動し、体育座りをする。

 この部屋の中で私だけが暇そうにしている。

 男達は慌ただしく動き回り、誘拐犯を縛り上げたり、瓦礫を掃除したり、物のチェックをしたりしている。

 勝手に何かをして新たな問題を起こすわけにもいかないので何もすることが無い。

 男達は後始末をしつつも、ちらちらと私の方を不審そうに見ている。

 キツネから誘拐犯を退治した人物だとは伝えられているが、それ以外まったくわからない不審者である私だ。警戒するのも無理は無い。だかしかし、非常に気まずい。


 どうやらこの離れの建物は倉庫のような物らしく、色々な物が置いてある。部屋の窓は小さく、高いところにしか無い。

 倉庫なのにぎっちり物が詰められているわけでもなく、広々としている。倉庫にこれだけの土地を使うなんて、相当なお金持ちなのかもしれない。

 あまりに手持無沙汰で、床のほうを見つめながら手慰みに髪をいじったり、己の獣耳を触ったりしていたら目の前の床に影が差した。

 顔を上げると、そこには青年が立っていた。


「戻ったぞ」

「えっと……?」


 キツネの耳と、毛量豊かな尻尾が生えた端正な顔立ちをした男だ。年の頃は、ローサと同じくらいか、それより上といった感じか。髪の毛は男にしてはやや長めで、くせ毛なのかあちこちに飛び跳ねている。しかし、手入は良くされているのか、だらしのない印象は受けなかった。

 青年は私の鈍い反応に、眉間に皺を寄せて首を捻った。


「あん? 俺だよ俺。さっきのキツネだ」

「あっ、おかえりなさい!」


 先ほどの喋るキツネの正体は、霊命種だったらしい。

 人性体でも半性体でもない、獣の姿をとる霊命種はあまり見ないので、ピンと来なかった。

 青年は私の返事に頷くと、一緒に戻ってきた女の使用人に命令した。


「こいつを応接間に連れて行っておけ。俺は後から向かう」

「畏まりました」


 女の使用人は綺麗にお辞儀をすると、私へ声をかけた。


「応接間にお連れしますので、ついてきてください」

「はい」


 私は立ち上がると、大人しくついて行くべく、歩こうとした。


「あっ……すみません、あの……靴が脱げて、その……庭に転がってると思うのですが」

「あらまあ」


 毎度のことながら、手足を獣化させると靴が脱げるのは困りものだ。

 女の使用人は、迅速に靴を取ってきてくれた。手間をかけさせてしまって本当に申し訳ない限りである。




 離れの物置から出て、本館らしき建物の方へと連れて行かれた。廊下を歩き、ほどなくして目的の部屋、応接室に着いたようである。

 内装は派手すぎず、だか気品を感じさせる物品が揃えられている。

 きっとすごく高いのだろうなあ、と思うと「御かけになってお待ちください」と、勧められたソファにも、リラックスして座ることなどできなかった。

 使用人と世間話をするなんてこともできず、これまた気まずい時間を過ごした。

 静かな空間に、ガチャリと扉を開ける音が響き、反射的にそちらを向く。


「待たせたな」


 キツネ耳の青年が、布に包まれた大きな物を抱えながら入室してきた。

 青年は女の使用人に「ご苦労」と声をかけ、私の目の前の机に布に包まれた物を置くと、対面のソファに腰掛けた。


「メイ、茶入れてきていいよ」

「ですが、御一人にするのは」

「俺は別に一人でも大丈夫だ。俺が強いのは知ってるだろ?」

「……かしこまりました」


 メイ、と呼ばれた女の使用人は、主人を不審者と二人きりにするのを渋ったようだ。

 しかし、青年曰く、どうやら強いらしいので納得した模様である。

 メイは完璧なお辞儀をすると、退室して行った。

 青年はそれを視線で見送ると、「さて」と私に振り返った。


「申し遅れたな。俺はシングラル・フォルティエ。長いから気軽にシンって呼んでくれてもいいぜ」

「えっ……。あ、私はムジナと申します」


 この青年は、かの有名なフォルティエの者だったらしい。

 キツネだとか、豪奢な屋敷だとか、今考えると色々と察せられる情報は散らばっていた。

 いやしかし、男でフォルティエって……。

 もしかしてグレゴリーが言っていた変人とは、この人のことなのか。

 やんごとなき身分の割に軽薄な態度ではあるが、そんなに噂になるほど変人のようには見えないが。

 シングラル、は長いのでシンは、私の名乗りを聞くと、目を瞬いた。


「ムジナって言うのか? ここいらでは聞かない、変わった名前だな」

「そうなんですか」


 元々は日本の言葉だしね。もうちょっと横文字っぽい名前にすればよかったかな。今さら改名する気は起きないけれども。


「まあ、今はそれはいいか。とりあえず本題に入るとしよう」

「はい」


 私はまな板の上の魚の気持ちで宣告を待った。一見してそうは見えないが、屋敷を破壊されてかんかんに怒っているかもしれない。


「この度は、よく誘拐犯を捕えた。フォルティエの者として礼を言う」


 予想に反して、かけられた言葉は謝礼であった。

 私は「え、そんな」とか「勿体無いお言葉です」と狼狽えた。

 シンは足組をすると、ソファに寄りかかってふんぞり返った。


「色々と犠牲になった物もあるが、そもそも悪いのは我が家に逃げ込んだ誘拐犯だ。お前はその辺は気にしなくていい」

「はあ」

「気にしなくていいが、それとこれとは別問題だ」


 そう言うと、シンは机に置いてあった布を広げた。そこには、私が破壊した杖があった。

 不穏な流れに、私は背筋が冷たくなった。


「お前には、この杖を破壊した分、弁償してもらう」

「ぐ、具体的にはいくらくらいなんです?」

「うーん、そうだなぁ」


 シンは一、十、百、と呟く。

 どんどん上がる桁に、段々気が遠くなってきた。

 シンはまったくの容赦無く、私に宣告した。


「3000万エルだな」

「さ、さんぜんまん……!?」


 日本円換算にしておそらく3億円。

 私はこの瞬間から、借金王になった。


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