婚約者の裏切り。
けれど、アズライアは裏切られたのだ。
土壇場で、よりにもよって、死地に赴くデュロ本人に。
「君との婚約を破棄する。……逃げろ、アズライア」
「え……?」
そう、デュロは口にした。
あの戴冠式の日、攻め込んできた第二皇子エーリとの直接対決に赴く直前に。
幼少より魔導の天才と呼ばれ、戦争が始まってからは軍略の鬼と呼ばれた黒髪の婚約者は。
その紫の瞳に冷徹な色を浮かべたまま、アズライアを切り捨てたのだ。
「何で……やだ、デュロ……!」
呆然としながら彼に向かって腕を伸ばすが、その手は届かなかった。
「連れて行け、ギメル」
「は。……アズライア嬢、失礼致します」
「やだ! 何で! 何でよぉ!!! 捨てないで! デュロ、私を捨てないで!!」
デュロ、アズライアと共に皇帝の弑虐に加担した側近、竜頭人のギメルに捕まり、そのまま鱗に覆われた太い腕で担ぎ上げられる。
「離して、ギメル! デュロ!! デュロぉ!!」
どれだけ呼びかけても、彼は振り向かなかった。
引き離され、小さくなっていく背中。
ーーー許さない、絶対許さないわ……!
ボロボロ溢れてくる涙に視界が歪む中で、アズライアは絶叫した。
「私は! 生きて幸せになんか、なりたくないッ! 幸せになんかなれる訳ないじゃないのよぉ!!」
ーーーデュロがいないのに。
だって、アズライアは。
「私は……貴方と一緒に死にたいのよッ!! デュロぉ〜〜〜〜ッ!!」
彼を置いて逃げるなど、あり得なかった。
これ以上生きることなんて、望んでなかった。
「うあぁあああああぁああああぁッッッ!!! デュロと一緒じゃなきゃやだァアアアアアア!!!」
アズライアは願った。
確かに、そう願ったのだ。
※※※
そうして、今、ここに立っている。
デュロを殺した妹の婚約者……第二皇子エーリに捕まり、魔女裁判の場に。
アズライアはゆっくりと目を開け、その場に集まった面々を眺めて、微笑んだ。
見えるのは、皇国の重鎮、他の人族国の支配者達、そして『異人』……かつては亜人や獣人と呼ばれた者達の国を治める、異人各国の玉座に座る者達。
裁判長は、第二皇子エーリ・パラディア。
被告は当然、アズライア自身。
首筋には、魔力を封じる首輪。
手首には、腕輪と鎖で両手首を繋ぐ硬い拘束具。
そしてこめかみには、どう見ても極度に緊張している警備兵が押し付ける銃口の、冷たい感触。
妙な動きをすれば、即座に引き金が絞られる。
トドメに、被告人席には牢屋のような天井と囲いが立てられて、その中に立たされていた。
ーーーデュロ、まるでわたくし籠の鳥ですわね〜!
アズライアは自分の状況を鑑みて、内心でそんなことを考えながら、最愛の人の顔を思い浮かべる。
彼なら、アズライアがそんな風に口にしたら、きっとこう言っただろう。
『君は、こんな時でも楽しそうだな』
と。
「うふふ」
思わず小さく笑みを漏らすと、警備兵が、今にも引き金を絞りそうな程に緊張感を増したので、上目遣いにチラリと見上げる。
けれど、彼以外に零した笑みは届いていなかったようで、裁判は中断されることなく続いた。
当然、意見など求められることもないまま罪状が並べ立てられた後、名前が呼ばれる。
何せこれは、普通の裁判ではなく、形式だけが整えられた魔女裁判なのだ。
「……インフェロー侯爵令嬢アズライア……」
「は〜い! どうなさいましたか〜?」
エーリに名前を呼ばれたので、返事をすると、場の空気が変わった。
厳粛だった空気が、一気に困惑を含み、さらに後に剣呑な気配を帯びる。
深く息を吐いたエーリは、デュロによく似ていた。
昔は紫の瞳に黒い髪まで同じだったけれど、エーリは『天恵』によって、銀髪に変化しているところがちょっと違う。
アズライアの妹であるベアトリィテが聖女になったように、エーリもまた、『天恵』によって神の使徒になったのだ。
そんなエーリは、その場の空気を全て無視して、改めて言葉を続ける。
「……以上のことから、インフェロー侯爵令嬢アズライアを……」
どうやら、名前を呼び掛けられたわけではなかったようだ。
それで、あの空気になったのだろう。
アズライアは、次は黙ってエーリの言葉が締め括られるのを聞いた。
「ーーー生涯幽閉の刑に処す」




