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物語tips:可変戦闘車
およそ500年前に開発された、可変式の戦車。
装甲とライフル砲を備え、反重力機関によって浮かび、ジェット推進機によって移動する。
かつて巨獣に対抗して生み出された兵器で、格闘姿勢、射撃姿勢、装甲姿勢の3つに変形ができる。現代ではごく少数が運用され、辺境地域で巨大な腐獣を警戒している。
そもそもの発案は1000年前の科学者 野生司博士の手書きのノートで、彼女の愛したブレーメンたちが生身で戦わなくて済むように、と考え出されたが実用化されたのはブレーメンが絶滅した後だった。
「まるでダムだな」
10階建てビルに相当する高さのコンクリート壁は、左右へ途切れること無く真っ直ぐ続いていた。ハイウェイのトンネルは壁を貫通して街の外へ伸びているが、重力式のゲートが道路の上にそびえている。落下させるための爆砕ボルト施設はあるが、太いチェーンを巻き上げてゲートを開ける設備は無かった。たいてい、ハイウェイの横はオーランド政府軍の駐屯地が横にあって、交代で可変戦闘車が常駐している。
ニムシペが逃げてから丸々3日、手がかりなしだったが、ようやく足取りが追えてレイナは4桁区の外周、第5要塞壁まではるばるやってきた。
巨大な影が落ち、ブルっと肌寒い。要塞壁の頂上を列車が走っている。町中で見るようなやつじゃない。長いディーゼル機関車が味気ない色の貨車を引っ張っている。
「あれ、なんだっけ。連邦軍の」
「装甲列車。普通の軌道じゃない、線路3本を同時に使う大きいやつだ」
レイナの隣で、ニシは簡潔に答えてくれた。
「なんでまた、こんな巨大な要塞を作ったんだ? 別にオーランド政府を潰そうって国、いねーだろ」
「きっと公共事業だろう。失業者対策の」
まただ。ニシははぐらかそうとするといつも綴りが書けるかどうか微妙な難しい言葉を並べる。
「まーたあたしに嘘ついてるな、このヤロウ」
「俺にだってわからないこともある。それに、あらいざらい話したところでそれがレイナ、君の幸せにつながるってわけじゃない。わかるか?」
「わかんねーって、小難しいこと言ってないではっきり喋れや。男だろ」
しかしニシは鉄仮面のまま、それ以上は話してくれなかった。
要塞壁の入口は2つあり、ひとつは上層部へ行くもの、そしてもうひとつは下層部へ行くエレベーターだった。管理区画内だが近衛兵団のパルをかざすと通過許可が降りた。
「本当にここで合ってるんだろうな」
レイナのボヤキは、パルがしっかりと音声を拾って自動でスクリーンが展開した。1つの画面で2人がいた。ひとりはアーヤで、キメ顔の顔写真、そしてもうひとつはシスだったが、ツノカバのアニメキャラのようにデフォルメされた自己投影像が動いていた。
『えっへん。わたしの超超すばらしい計算によってターゲットにたどり着くにはここが最短ルートなの』
キャラクター化したシスがドヤ顔で頷いている/本人はまだ氷風呂の中で、軍の戦略サーバーと補助脳とを繋いで話している。
『へへん、私が図書館で古い青写真を見つけたから地下の詳しい見取り図が作れたんだヨ』アーヤが演技っぽく、『その第5要塞壁は50年前に作られたんだけど、地下空間は何百年も前から増改築してる上に、データ事故で測量データが失われてる。だけど紙なら残ってるんじゃないかって。どう私の機転?』
レイナが適当に返事をした/家で寝ている間に準備は整っていて、減らず口を叩いていてはまたニシに叱られてしまう。
パルの上に立体視画像が現れた。地下構造を立体化した地図でアリの巣のように複数のトンネルが交差しながら地下深くに続いている。
『わたしの天才的な計算によって、たぶんここ、1000年前の古い下水道に潜伏していると思われるのです』
そう言って、地図の下の方がぴかりと光る。
「シス、よくやったな。あれから3日か。短い時間でよく調べてくれた」
『すごいでしょ』アニメキャラのシスが文字通り胸を張った『レイナがね、地下で空気の流れが見えたって言ったからそれをヒントに。軍の空調システムは二酸化炭素とメタンの流れを監視してるんだけど、この区画だけ3日間に大きな変動があったの。それに個人のパル1万台に侵入してニムシペちゃんが写っている写真データからこの位置を裏付けたんだ。えへん』
すごい──のか? ニシの顔を見れば、シスがすごいことをしているのがわかる。アーヤもアーヤなりに努力している。あたしは──何かしたっけか。何もだ。
「よしそうと分かれば呑気にしてらんね。行くぜ。あたしが先に歩いてやる。着いてこい、ニシ」
レイナは意気揚々出発しようとしたが/同時に軍用のSUVが来訪=財団の三対の三角形の記章に、ナンバープレートは付いていない。
ぞろぞろと同じ装備で義体化兵士が下車した。一個小隊の先頭を歩くのはこの間会ったオットーだった。義眼が赤く光っているがそれに加えて左右のこめかみに2つ、後頭部に1つカメラが生えていた。財団製の完全義体はどうしてデザインを蜘蛛みたいにするんだ。気味が悪い。
「ほう、これはオットー警備主任。今頃は軍警察の留置所だと思ったが」
銃こそ構えなかったが、ニシは不遜な態度でオットーの正面に立つ。
「外交特権だ」
バカなことを言いやがって──そう言おうとしたがニシが納得顔だったので諦めた。
「この場所をすぐに当てるなんて、もしかしてシスの頭にバックドアでもつけていたのか」
「ノーコメント」
機械の顔なので本当にシワ1つ動かない。
「それとも何か、あの実験体には追跡装置でもつけているのか」
「そうだ。我々はプロだ。そしてあれは財団の所有物だ。連邦は手出ししないでいただきたい」
「犠牲になっているのは連邦の市民で、この施設も連邦のものだ。おたくこそ引き下がるべきなのでは」
お互いに腰に手を当て一歩も譲らない。
「時間を無駄にした。私達を止めたければ勝手にするんだ。その際は、武力行使も認められている」
オットーはまるでニシが見えていないというふうに、肩で押しのけると、部下を連れて下降エレベーターに乗り込んでしまった。
「おいおい、ニシ、らしくねーぜ。あんなに意地を貼るなんてよ。ひやひやしたぜ」
「チビッたか?」
「ばっ、んなわけねーだろ。あたしの膀胱は丈夫なんだ」
「おしい、レイナ。それは膀胱じゃなくて骨盤底筋だ。ま、ホモサピエンスとヒトと、同じ構造なら、だけど。ともあれ、財団の特殊部隊がここに来たってことは正解だったんだろう」
エレベーターが地底から戻ってくるまでまだ時間がある。
「発信機、みたいなのが付いてるんだよな」
「地下でしかもコンクリート構造だと電波はあまり役に立たない。あるとすれば、うーん」ニシは顎に手を当てて「人工同位体。俺の組織じゃよく使っていたんだ。一定時間照射すると、地球のどこに逃げても衛星から探知できる。96時間の制約つきだけど。財団も同じような技術を持っているかもしれない」
「んー、そのアイソナンチャラはよくわかんねーけど、だったらなんではじめから、逃げたニムシペを追いかけなかったんだ? やっぱわざと放し飼いにしてたんだぜ」
「それは、とっととグーンを捕まえて洗いざらい喋ってもらうしかないが。余罪はありそうだな」
やっとエレベーターが戻ってきた。ニシはオットーが仕掛けた罠が無いか一通り見た後で、乗り込んだ。レイナも後に続きドアが閉まったとき、
「わかったぜ、あたし。きっと都市生物のせいだ」
「ほう、エレベーターが地の底に着くまでの間だけ話を聞いてやる」
「連中は、探さなかったんじゃない、探せなかったんだ。なぜなら都市生物が徘徊して危険だからだ。あの地下でうんこの山、見ただろ? ニムシペが都市生物に食われるだろうって。でも今は違う。クソ科学者を見つけるのもあるけどさ、都市生物がいないから、連中も探しに来た。どうだあたしの推理」
「ほぼ推測じゃん」
音もなくエレベーターのドアが開いた。地下とはいえ白い灯りが天井に点々とあった。送電設備のジージーという周波数がどこからともなく聞こえてくる。通路とパイプのうねりは右へ左へと分岐していたが、ほとんどが地図のとおりだった。
「地図を見ながら、通過した分岐に印を、載っていない通路も書き加えるんだ。1つずつ、焦らず行こう」
ニシが冷静に助言してくれた。穴蔵の中でもニシと入たら不思議と心拍数が落ち着いた。
目的地はまだ5階層以上下だった。2人は下方向へはしごを降りる。下の階も灯りはあったが、ところどころ壊れたまま放置されている。
「酸素濃度が少し低い。一酸化炭素は大丈夫」
ニシがロゼから借りてきた高そうな機械を振り回して、こまごま教えてくれた。
「それ、危険なのか」
「レイナ、せめて中学校で習うことぐらいは覚えたらどうだ」
「っるっせーな。ああいうところは苦手なんだ。それにあたしは銀髪だ。ちょっとぐらいじゃ死なない」
「はいはい、わかったよ。俺も萬像のお陰で酸欠ぐらいじゃ死なない。でも意識は失うから気をつけないと。オットーのような完全義体とは違う。レイナは義体化、しないのか」
「しないしない。今でも十分に強いから。それに高いだろあれ。義体化する金があるんなら遊んで暮らすに決まってるだろ」
ニシに対して誇張が過ぎたが、完全義体なら数年は働かずに暮らせる額が必要だ。せっかく銀髪になれたのにそこからわざわざ義体化するメリットはない。それに時間もかかる。
2人はさらに1つ階層を降りた。すると打って変わって、古びた構造に代わった。カビの臭いとジメッとした空気が満ちている。少し息苦しいというふうに、レイナは深く呼吸をした。すっかりで臭いが気にならなくなっていた。
「ここは、ざっと1000年前の地下の遺構といったところか。コンクリート構造がこんなに長く持つなんて、いったい何を混ぜたんだ」
ニシは何の変哲もない壁をさすっている。水が滲み出てコンクリートのつららが生えているあたり、もうボロボロだろうに。
レイナはバックパックから暗視装置を取り出した。使い方はカッシンタに習っている。バックパックの中のバッテリーに繋いで頭にバンドを回して、装着する。小さな双眼鏡のようだがほんのりと緑がかった映像が見える。見づらいが無いよりはマシ。明るいパルの立体視画像を見ても、赤外線の感度が自動で調節された。
「高いんだろうなぁ、これ。トーキョーにもあるのか?」
「ここまで高度なものは、あるにはあるが、高い車が1台買える額だ」
なんとまあ。軍隊とは金持ちだ。しかし願わくば機材ではなく兵士も欲しかった。対する財団は兵士をぞろぞろ連れて来たのに。
ニシはライフルに弾倉を装填し構えたので、それに倣ってレイナもソードオフ・ショットガンを構えた。
耳を澄ませても、自分の心臓の音以外、聞こえない。緑がかった映像は、普段の視野よりもやや狭くて、慣れるのには時間がかかりそうだ。
「よし、目的の階層はちょうどこの下だ」
ニシは錆びたマンホールに手を当てたが、動かない。レイナがマチェーテの先で隙間をこじ開け、2人同時に持ちあげた。
「一旦、酸素吸入器で呼吸するんだ。あまり長くいられない。走ったら酸欠で倒れるから注意しろよ」
ニシは携帯酸素ボンベを口に当て何度か呼吸を繰り返すとレイナにそれを渡した。レイナは一瞬だけためらったが、マスクを口に当ててスプレーを押した。
『やっほーー元気してる?』
突然、暗闇にファンファーレが鳴って甲高い幼女ボイスが響いた。パルは最大光量で光り、視差を利用した立体映像でキャラクター化したシスが踊っていた。
「くぅわっ、このやろ、驚かすな!」
『えへへ、まだレイナ、生きてたんだ。すごいすごい』
「あれ、パルが……おい、ニシ、パルが動かない」
いつも通り、ハンドサインで明るい画面を閉じようとしたが一向に変わらない。シスが妙なダンスを踊っている。
「まてまて、シス。どうやって通信したんだ? ここはかなり深い地下階層だ」
『なんと、聞いて驚けー。王宮の防火壁を突破したらすごい古い仮想サーバーを見つけちゃって。そしてなんと、重力子基底空間測位機能も見つけてしまったのです。OSが義式じゃない意味不明なコードが走ってるけど、疑似人格をかましたらご丁寧に挨拶してくれたんだ!』
理解──不能。
「で、それがなんの役に立つんだよ」
『ニムシペちゃんみたいに肩関節を外して狭い配管を通れないでしょ、レイナ。その先の通路は防護壁で閉じられてるんだけど、ここから遠隔操作できるっぽい。監視カメラは無いけど防護壁の管理番号を言ってくれたらこっちで開閉するね』
ニシを見てみると、アニメキャラ化したシスに短く礼を言っている。あたしは──なんかシスにまた手柄を取られたみたいで礼は言っていられない。
「まあいいや、なんとなくわかった。じゃ、あたしが先に降りるからニシもビビってないで降りてこいよ」
「誰がビビるかって。しかし、なんでまたこんな古い区画の管理が生きてるんだ」
んなことあたしの知ったことじゃない。帰ってロリ婆婆にでも聞くんだな。
レイナはテンポよくはしごを降りると、最後の数段をすっ飛ばして床へジャンプした。途端に足元で水の跳ねる音がした。地下通路はやはり古く、アーヤのバギーがぎりぎり通れるか通れないかという幅だった。
「くそ、何だこのすえた臭い……」
思い出す/肉屋の近くだ。昔、親父が収入があって天然物の牛肉を買いに行ったとき、店の裏で珍しい家畜の血抜きをしていた。あのときの臭いを更に煮詰めて鮮度を落とした感じ。足元に流れるのは、たぶん水だけど触ってナニカを確かめたいとも思えなかった。
後ろでニシも降りてきた。ライフルに取り付けた赤外線ビームの線条がまっすぐ伸び、暗視装置の認識限界距離でぷつりと消えている。
この通路はどことなく見覚えがあった。フアラーンで安普請で建てられた地下のハイウェイだ。穴を掘って、四角柱のコンクリートを埋める。そして薄いアスファルトと小さな明かりを付けるだけ。ここもそんな通路だ。
「シス、防御壁に着いた。番号は……9-20」
防御壁は鋼鉄製で、表面はうっすらサビが浮いている。1000年前の遺跡みたいなところなのに、この動く壁だけはまだ生きた電気の音がした。
「お前あの数字、よく読めたな。大昔の字……えっと?」
「書体? 萬像だよ。クソ神のお陰でどんな言語も読めるんだ。意味が理解できるかどうかは別として、10進法なら数字は読める」
「へぇ、便利だな」
幾ばくもしない内に、サイバーネットの向こう側でシスが防御壁を上げてくれた。通路はどれもまっすぐで、通路と通路は直角に交わっている。三叉路のたびにシスが防御壁を上げてくれた。
「最初のエレベーターから、もう5ブロックは来たぜ。そろそろニムシペのねぐらだが。なあ、グーンがこんな地下で生きていると思うか? ひょろっちい科学者だぜ」
「死んでいるとしても、ニムシペは捕らえないと。あんな怪物、放おっておけない」
「財団の兵士がとっとと殺してんじゃね」
「それを確かめるのも、俺達の任務に含まれている」
くそったれ。仕事と言われたら断れない。
敵との遭遇が近かった。ニシとレイナは再び酸素ボンベを吸って頭をクリアにすると、次の防御壁をくぐった。現れた空間はあまりに広く暗視装置ではすぐ目の先から闇だった。
切り立った洞窟の入口のように、天井は高く床は黒く見えないほど深い空間だった。
「まるで──」
「ネズミの巣穴?」
レイナはニシの言葉に被せた。
「あのな、ネズミの巣 見たことあるのか? 違う、弾薬庫だ。とはいえすごい量だ」
壁に沿って横穴が一定間隔で並んでいる。空調用の小孔が細かく掘られ、ここだけを見ればネズミの巣穴のようだった。手すりは朽ちて残骸しか残っていない。見える範囲で、上に5階層、下には少なくとも6階層 見えた。
「1000年前といえば、そうか、第1次テウヘル戦役か。オーランドの近くまで獣人の機甲部隊が迫っていたらしい。そのときに作ったんだろう」
「あー、そんなことあったけ」
学校と呼べるところは行っていないので、そういうレキシは誰かからなんとなく聞いたことしか知らない。というか1000年も前のこと、知っていてなんの役に立つっていうんだ。
物語tips:第1次獣人戦役
長年続いていたヒト/ブレーメンと獣人の戦争。特にその最後の獣人の大攻勢を指して第1次テウへル戦役と呼ばれている。
突如として境界線を突破した獣人は、多脚戦車、空中要塞、そして多数の兵士で連邦領域へなだれ込んだ。連邦軍も内部の政治バランスで連携が取れず、対抗できないまま局地的な敗退が続いた。
獣人軍は街を包囲、分断するとすぐに次の街へ向かった。そのため、連合軍は防衛線を作る暇もなく首都オーランド近郊まで攻め入られた。しかしながら最後の攻勢もオーランドの隣スコイコ市にてテウヘル機甲部隊が壊滅、さらに侵食弾頭を搭載した多弾頭弾道弾でテウヘルの8つの都市が焼かれ、戦争が終わった。犠牲者はヒト/ブレーメンで5億人、テウヘルは全人口の100億人が死亡したとされる。




