エピローグ
ゴーン、ゴーンと国中の鐘が、一斉に鳴り響く。
城下街は、多くの人で賑わいごった返していた。誰もがその顔に笑みを浮かべ、一つの方向を一心に見つめていた。その方向にあるのは王城に続く大きな門。
そんな大きな門が今、重たい音を立てて開かれる。
金楽器の軽やかな音に包まれながら、四頭の馬に引かれたパレード用の馬車に乗った、白いウェディングドレスとタキシードに身を包んだ美しい王太子夫婦が街へと降りてきた。互いしか視界に入っていないのか、翡翠の瞳と金の瞳は吸いつけられるように見つめ合っていた。仲睦まじい姿に、街の人々から割れんばかりの歓声が上がる。
その後ろからはこの国の第二王子でもあり、騎士団副団長でもあるウィルフレッドと、王太子妃の妹ミアカーナが続いて街に降りてきた。
国を挙げての見目麗しい二組の結婚式後のパレードが始まろうとしていた。
そんな姿をエマの同僚兼友人であるアネットが人垣の中から見上げていた。隣には同じく同僚であるリターニャの姿もある。歓声でお互いの声すら聞こえない状況なのに、不思議と会話ができてしまった。よほど興奮をしていて、声が大きかったからなのかもしれない。
「エマ、すごく嬉しそう。それにとても綺麗で」
エマのことは公爵令嬢の時から知っていた。貴族の令嬢らしく礼儀正しくお淑やかで、レオナルドの婚約者。羨む者も多かったが、エマの人柄もあってか応援する者がほとんどだった。実はアネットもその一人で、当時は絵本を見ているように二人並ぶ姿を見ていたものだ。まさかエマが魔力過多症にかかって、婚約が解消されるとは夢にも思っていたなかったが。
それでもエマが魔力過多症にかかって、克服してくれたおかげで接点のなかったエマと友人関係を築くことができたのだ。エマの不幸を喜ぶことはできないが、それだけは魔力過多症に感謝していると言ってもいい。
「でも、私はまさか元に戻るとは思っていなかったよ。てっきりウィリアムさんと新しい恋をするのかと勝手に思ってたんだ」
「あ、それ! 私もそう思ってたのよ!!」
レオナルドに対する気持ちを我慢する必要はないと言ったのはアネット自身。けれどいつかその恋心を過去のものにして、ウィリアムに恋をするものだと思っていた。今回の褒章で一代限りとはいえ貴族の位を手にし、国王であるライアンが欲しいと口にした逸材だ。公爵家の娘の夫としても遜色はないはずだ。
それにレオナルドも端正な顔立ちだが、ウィリアムだって負けてはいない。赤褐色の髪に濃い紫色の瞳。絵本に出てくる王子様のような色合いではないにせよ、その顔立ちは群を抜いて優れている。侍従にしておくのがもったいないくらいに。
そんなウィリアムが、エマの物心がつく前から侍従として傍にいる。エマにウィリアムのことをどう思っているのか尋ねても、兄のような存在としか答えてくれなかったし、ウィリアムも一代限りの爵位『勲爵士』をもらった際に、エマを妹のような存在と口にしていたという。
しかしウィリアムがエマを見守る瞳は、決して兄のようなものではないと確信していた。
「明らかに異性として見ていたわよねぇ」
自身の主に尽くす侍従やメイドは幾度も目にしたことがある。そこには確かに主従の愛情はあったが、エマは信頼できる兄のような侍従、ウィリアムは異性として大切で大好きなお嬢様、というように、エマとウィリアムの気持ちはどちらも一方通行のように見えた。
レオナルドとの仲が戻ることがこうして戻ることがなければ、二人が寄り添う未来もありえただろう。むしろ婚約を破棄して独身を貫く気満々だったエマの傍にずっと控えていたウィリアムが少しでもそういう方向に動いていれば、すでにそうなっていたかもしれない。動かなかったのは、ウィリアムなりに何か考えがあってのことなのだろう。
エマを守るように、エマとレオナルドの後ろに控えているウィリアムの姿がちらりと見えた。その瞳にはやはり異性としてエマを見ているような熱がある。
しかし同時に、心底幸せそうなエマの姿を見てとても満足げなウィリアムがそこにいた。
「ま、こういうのもありなのかもね」
ぼそりと呟いたアネットの言葉は、国民の歓声によってかき消されてしまう。けれどその言葉を誰かに聞かせるわけでもなかったのでちょうどよかったのかもしれない。
アネットは大きく息を吸いこみ、声を張り上げた。
「幸せにね! エマ!!」
この国民の歓声の前ではどんなに声を張り上げても、エマに届く確率は低い。それでも祝いの言葉をかけずにはいられなかった。実際エマはアネットの声に気づくことはなく、視線が向けられることもなかった。
しかしこの後まさかの事態が起きる。エマの後ろに控えていたウィリアムが何かエマに耳打ちをしたのだ。その耳打ちが終わるなり、エマはきょろきょろと視線を動かす。そしてアネットとリターニャの姿を見つけるなり大きく手を振ってくれた。
周囲の国民は俺に手を振ってくれたんだ、いや私にだよと嬉しそうに声を上げているが、実際にちゃんと目があっていたのはアネットとリターニャの二人だけだろう。アネットにはきちんとした確信があった。
「本当にすごい侍従だこと」
リターニャの苦笑に、アネットも大きく頷いた。
一カ月ちょっとに渡り、お付き合いありがとうございました。
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