「三種」は今もハワイにあり(前編)
久々の投稿です。本作は山口さん主催の架空戦記創作大会2022春への参加作品です。
「三種」は今もハワイにあり(前編)
ハワイのパールハーバーを出港した輸送艦隊が、目的地である横須賀港へ入港したのはおよそ一ヶ月後の11月の初頭であった。
当時、嘗ての敵国であった大日本帝国、その海軍の重要拠点の一つである横須賀とその港は、降伏から2年を経て進駐軍である連合国艦隊のアジアに於ける中核的拠点として機能していた。
私は航海の間世話になった空母タイコンデロガ乗員たちに別れを告げて接舷する大型艦艇用岸壁に降ろされたタラップを荷物を手に降り、初めてとなる日本の大地へ降り立ったのである。
本来であるなら私はもう一月先に日本へ向かう船団に同乗するはずだった、しかし前任のアナポリスでの教官業務の引き継ぎや何やらに思いのほか時間が掛かった為に一便後の船団へ遅らせての来日なったのだった。
「ようこそ日本へ、ノックス大佐!」
初めて踏む大地に感動すよりも先に、連絡に有った迎えの姿を探して周囲を見回している私を出迎えたのは一人の小柄な青年だった。
「貴官は?」
「駐留艦隊司令部保安隊のリチャード・サノ中尉と申します、
大佐が日本に滞在する間、副官を命じられましたのでお迎えに参りましたました。」
敬礼をするサノと名乗ったMP士官は、よく回る口を一度閉じると型通りの敬礼をしてきた、私もそれに同じ様に型通りの答礼をした。
名前から判る様に彼は日系二世の軍人だった。
だとすれば戦時中に家族をあの収容所から出す、或は少しでもましな待遇が与え有れるようにと命を懸けて戦った若者の一人と言う事になる。
確かに彼は、東洋人独特の体躯、顔の造りと肌の色、それら彼の血の成せる造形により軍服を着ていなければ合衆国軍人とは認識出来なかった。
しかし、それらとは違う違和感も感じていた、それが何かは明確に言葉にはできなかったが、ただ漠然と、私には彼の着る海軍の軍服と階級章が自分のそれとは違うものに見えた。
「お荷物を。」
彼は戸惑う私に構うことなく歩み寄ると、素早く私のトランクを受け取った、その一方で私が手にする書類鞄には手は出さなかった、重要書類が入っている事を承知しての行動であろう。
「副官?」
「はい、日本に居る間だけですが、
ご覧の様に日本語も話せますので通訳も兼ねてです。」
ソロモン海の戦いで乗艦が被弾した際に悪くした右足も懸命の機能訓練のお陰で杖を使わずとも歩行に支障がない程に回復していた、とは言え以前のようには歩けないために歩みは遅くなったが、そんな私に合わせるように歩きながら屈託のない笑顔を浮かべる彼は、確かにこの国で案内を頼むのに最適な人材かも知れなかった。
彼なら軍服を脱いでしまえば容易に周囲の人波に溶け込んでしまうであろうことは予想できた、いや、日本人にしては血色も肉付きも良すぎるか。
一見すると彼は好青年に見えた、しかし、常時浮かべている一見人当たりの良い笑顔には、その裏に腹の底が見えない不気味さが有った、加えて海軍軍人であるのにも関わらず彼の纏う空気には❝潮気❞が感じられなかった
彼は近くに停めてあったジープに歩み寄ると私の荷物を乗せ、私が苦労しながらも乗り込むのを遠慮がちに手伝うと自分も運転席に乗り込んだ。
彼は手早くエンジンを始動したが、ふと何かに気が付いた様子で振り向き、岸壁に接舷しているタイコンデロガの巨大な船体に視線を向けた。
「どうかしたかい?」
「いえ、大佐を送り届ける艦がタイコンデロガなのは海軍の配慮なのかと思いまして。」
「もし何かを意図してるとしたら、配慮よりも皮肉だろ。」
やはり、そう言ってサノ中尉はジープのエンジンを掛けた。
「タイコンデロガとヘンリー・ノックスとですから。」
サノ中尉は私の言葉に面白そうに笑うと車をスタートさせた。
駐留艦隊の司令部が有る旧横須賀鎮守府の建物までは然程長い距離のドライブでは無かったが、その道すがら彼は色々と話しかけてきた。
最初は見知らぬ異郷の地に居て本国の話題に飢えているのかと思ったが、
しかしながら、彼はそれ以上その話題に触れることは無かった、最初に感じた違和感が顔に出てしまっていたかとも思ったが、彼は特に気にする様子もなく、その後と色々と話し掛けて来た。
但し、頻繁に話題を変えて。
最初、私は彼を単に口数の多い人間と思ったが、次第に明らかに探りを入れてきていると感じて私は口を噤んだ。
「おや、警戒させてしまいましたか?」
少し前から黙りこくった私に気が付いたサノ中尉は、その様な言葉を口の端に乗せながら面白そうな笑みを浮かべたままジープを復旧工事が行われる横須賀の街中走らせた。
「勘違いされていると困りますので先にお伝えしておきますが、私の任務は大佐の任務を成功裏に終わらせる事です。」
「私の任務?」
「賠償艦の受け渡しがスムーズに行われるようにする事ですよ。」
サノ中尉はジープを海沿いの大きな建物の前に停めた、元は日本海軍の鎮守府の建物で現在は進駐軍である米海軍横須賀基地司令部となっていた。
そこまで聞いて私にも合点が行くものが有った。
「詰まり、今回はONIの協力が得られると考えて良いのだな?」
私がその言葉を口にすると、サノ中尉はそれまで浮かべていた人懐っこい笑みを引き込めやがて先ほどとは色合いの違う笑顔を浮かべて振り向いた。
「何故そう思われます?」
「そちらの目的は共産勢力の浸透と賠償艦への破壊工作の阻止、
その結果としての賠償艦の無事な引き渡し、といったところでは無いかな?」
私がどうだ?と言う言葉を言外に込めてそう答えると彼は乾いた笑みを受けべて答えてきた。
「ご名答です、私の所属は海軍情報部(Office of Naval Intelligence 略称ONI)で、占領地の宣撫と防諜活動に当たるために駐留艦隊司令部に派遣されて来ています。」
「今回は、ご先祖の国が担当と言う訳か。」
「ええ、そんな訳です、お恥ずかしいですが。」
彼は苦笑を浮かべながら止めてあったジープから荷物を降ろすと、先導して司令部の建物へ向かった。
「今回、大佐の副官を務めるのは正式な命令ですのでお任せください。」
日本の敗戦に伴い、「ミグサ」は賠償艦として合衆国へ引き渡されることとなっていた、私が今回日本へやってきたのは、それの受け取りとハワイへの回航が目的であったが、先ほど口にしたようにソ連シンパの共産組織がその阻止と「ミグサ」の破壊若しくは撃沈を企んでいるとの情報があった。どうも連中は大戦末期、停戦直前に北海道の占領を試みて石狩湾へ向かわせた上陸部隊が日本艦隊によって全滅に近い損害を受けて作戦が頓挫したことを恨んで居るらしく、その中心となった「ミグサ」を沈めたい欲求を持っているらしかった。
その後、サノ中尉に連れて行かれた横須賀の駐留艦隊司令部で今後の打ち合わせを行い目的地への移動は翌日となった。
翌朝、私は運転手と通訳を兼ねたサノ中尉と共に彼の運転するジープで横須賀から横浜へ移動した、向かった先は旧横浜海軍航空隊基地、資料に依れば、嘗てここには偵察と哨戒を任務し艦隊の目となる飛行艇部隊の根拠地が置かれていた記されていた。この為この基地には陸上機の離発着の為の滑走路は無く、代わりに4発の大型飛行艇を収める巨大な格納庫や弾薬庫、海へ向かうスロープが設けられていた。
現在ここは進駐軍の通信部隊が駐留してその大型格納庫を使用していたが、同時に今回の様に本来の目的でもある日本国内の長距離移動に使用する飛行艇の離発着にも使われていた。
そこで私を待っていたのはPBY(5a)カタリナ飛行艇だった。合衆国海軍の将兵には見慣れたこの双発飛行艇は大戦中全般を通じて地道な任務を全うした勝利の影の功労者とも言える機体だった。
大戦中長期に渡って使用されてきたPBYは当然だが派生型を含め多くの形式が存在した、今回我々が乗り込む機体は最も量産された5型に陸上での発着能力を付加した5a型と呼ばれるタイプでそれを人員輸送用に改装したものだった。
タラップを登って側面上部のハッチから機内に入るとシートに腰を下ろしてシートベルト絞めた。
乗員が我々が乗り込むのを確認するとエンジンが始動してプロペラが回り始まる。
最初は陸上を移動なので、ユックリとした速度でタキシングをする、地面の凹凸を拾って時折大きく揺れるがPBYは、銃撃や爆撃を受けてスクラップと化した日本軍のエミリー(二式大艇のコードネーム)やメイビス(97式飛行艇)の間を抜けて陸上から海面の出入りに使用するスロープへ向かった。
5a型は陸上での離発着も可能であったが前述の通り横浜海軍基地は水上機及び飛行艇専用の基地であった為滑走路が無く飛行艇本来の海上に下りる必要が有ったのだ。
スロープを降りて海面に浮かぶとPBYは地上滑走用の脚を引き込こんだ。
機体は誘導水路を示す海上に浮かぶブイを目印に海上をタキシングする、水路の周辺には鹵獲機と思われる合衆国の記章を付けたエミリー2機が整備中だった。
「テストに使用した機体ですね、私も乗りましたがあれは中々の代物でしたよ。」
私の視線に気が付いたらしいサノ中尉がそう解説を始めた。
「このカタリナと比較すると泣けて来るぐらい性能に差が有りますね。」
「そうなのか?」
私も日本軍の大型飛行艇の存在は知っていたし実際に戦場で見ることも有った(多くは撃墜されて炎に包まれて落ちてゆく姿だが)。
しかし、エミリーの実物を目前で見るのは初めてであり興味が湧いたのは当然の事だった。
「サイズからして段違いですよ、これ(PBY)が全長20m全幅32mなのに対してエミリーは全長28m全幅38mと大人と子供程違いますね、最大速力も280km/hに対して454km/hです。」
「そりゃ、すごいな。」
私は予想外の数値と専門外のこと故に、芸がないがそう答える他に言葉が無かった。
「但し、それらはカタログデータ上の話です。」
その後も、連連と性能数値の比較をした後、彼はそう話を切替えた。
「どう言う意味だ?」
「言葉通りですよ大佐、日本の兵器の多くは確かにカタログ上の性能は高いが、それが常時発揮出来る訳では無いということです。」
サノ中尉は一度言葉を切って、窓越しにエミリーへ視線を送った。
「あれも確かに性能は良いのですが、整備に時間が掛かる上に搭載装備の信頼度が低く、特に電装品は酷いもんだと整備担当が言っていました。」
日本側の兵に聞いたところでも同じ答えでしたよ、と笑いながら彼は私の方へ向き直った。
「確か、燃料満載時は燃料漏れの為に煙草も吸えないと言っていましたね、兵器とする以前に機械としての信頼性が我々のものに比べると劣るのが実情のようです。」
会話を続ける内に滑走用の海面へ到達したのだろう、いきなりエンジン音が大きく成ると機体の速度が上がり始めた。
暫く滑水した後数度弾んで機体は風を掴んで機首を空に向けた。
機体が高度を取り水平飛行に移ると中尉は話しかけてきた、珍しく副官としての事務的内容だった。
「ここから目的地の呉まではおよそ700kmあります、時間にして4時間のフライトの予定です、着水面近くに迎えのボートが来ているはずですのでそれで目的地へ向かう予定と成っています。」
その後、軽食や飲み物の案内をして許可を取ると彼はタバコに火を付けて燻らせ始めた。
私はその様子を見ながらマグへコーヒーを注ぐとカバンから書類挟みを取り出してめくり始めた。
書類挟みには、今回の来日本の発端ととなった命令書と、関連資料が綴じられていた。
これを手渡されたのは一ヶ月半程前、アナポリスに有る海軍兵学校の副校長のオフィスでだった。
「大佐、間もなく富士山が見えてきますよ。」
折角ですからご覧になって下さいと、サノ中尉は窓の外を指差した。
そっと窓から外を除くとそこに巨大な山が聳え立っていた。
それは山頂の白い冠雪と火山特有の美しい稜線が印象的な山だった。
「マウントフジ。」
思わず私の口からそんな言葉が零れ出た。
「美しいでしょう、こいつは日本人の誇りですよ。」
信仰の対象でもありますから、と血がそうさせるのか彼は誇らしげにそう語った。
「ところで、この『ミグサ』と言うのはどういう意味なんだ?」
受け取る予定の賠償艦の資料に目を通しながら私はサノ中尉にその名称の意味を聞いてみた。
「『ミグサ』の名は、There sacred treasures・三種の宝物から来ています。」
「There sacred treasures?」
「日本のエンペラー(天皇)の即位を正当なものとする証です。
宝物は、Sword(剣)、Jewel(宝玉)、Mirror(鏡)で具体的には、
草薙剣、八坂瓊勾玉、八咫鏡を指し『ミグサ』これらの総する三種の別の読みです。」
「何かすごい名だが・・・・、待てよ。
クサナギノツルギ?『クサナギ』と言うのはメールシュトロームの名ではなかったか?」
「ご名答です、大佐。」
私がそれに気づいて声を上げると、サノ中尉は嬉しそうに答えた。
「例の『クサナギ』をネームシップとした巡洋戦艦、日本軍は装甲巡洋艦と呼んでいましたが、彼女たちにはその宝物の名が付けられていたのです。」
「それは、また大層な名だな。」
私は歴史の重みを感じさせるその名にそれ以上は追及する気にもなれず会話をそこで打ち切り、他の事項の確認へ移った。
やがてPBYは、激しい衝撃と盛大な飛沫と共に無事広島湾の一角にブイで区切られた離着水用の海域に着水した。
降下途中に、件の艦を見ることが出来た。
アイオワ級を思わせる細長い艦体と中央に聳え立つ前檣楼が特徴的だったが、武装解除が成されているために主砲を含めた備砲は俯角がとられるのに加えて、終戦後に海外に残された軍民の双方の日本人を復員させるために後部主砲(第2主砲)を撤去しために、嘗て戦場で見た姉妹艦とは大きく印象が異なっていた。
PBYがエンジンを止め、錨が投げ込まれて機体の足が止まる間に私は手荷物を纏めて降りる準備を行った。舷側の窓から外を見ると内火艇と見られるボートが白波を蹴立てて近づいてくるのが見えた。
「大佐、お迎えが参りました、準備は如何ですか?」
「ああ、済んでいる。」
サノ中尉の問い掛けに簡潔に答えると、間もなくボートが右舷側のハッチ下に接舷した。サノ中尉が何やらボートの方へ声を掛けるとハッチに梯子が掛けられ、中尉はそれを確認すると私に振り返った。
「お荷物を持ちます。
失礼ですが手が必要でしたら仰ってください。」
彼は私の足が悪く、乗り降りに苦労するのを見越して梯子を用意させたらしい。私も普段は然程足の傷を気にはしないが、こうした場所の移動に難が有ることは自覚はしていた。
「すまんな。」
故に私は一言礼を言うと、荷物を中尉に任せ階段から下の内火艇へと降りた。
内海で大きな揺れは無いがそれでも内火艇サイズと成れば人が動けば揺れるものだ、少々腰が引けた体勢で内火艇へ降りたが下で待っていた下士官と思われる水兵が素早く私の腕を取って備え付けのベンチに座らせてくれた。
私はその時初めて気が付いた、その水兵が来ている制服が見慣れた合衆国海軍の物でないことに。
「サンキュー。」
と、私が礼を言うとその水兵は丸みを帯びた顔に照れ臭そうな笑みを浮かべて頭を下げた。
落ち着いて船内を見回すと我々以外の乗員は5名、内合衆国士官が2名で残りの3名は日本軍の水兵であるようだった、合衆国士官の内1名はサノ中尉同様に日系人らしく日米双方の命令の伝達を行っていた。
気が付くと内火艇は移動を開始していた。
暫く進むと針路上に小山の様な巨大な艦影が見え始めた、最終目的地である「ミグサ」だ。
その艦影は絵や写真でも見たが、記憶にある嘗てソロモン海で見た同型艦の「ヤサカ」とは随分と姿が違って見えた。
最初に気が付いたのは日本海軍に所属する軍艦の特徴でもある菊の紋章が付いていないことだった。
やがて内火艇は、「ミグサ」の右舷側に回り込むと舷側に降ろされたタラップに接舷した。先ほどと同様に手荷物を副官のサノ中尉に預けると、その先は手助けを借りずにタラップを登って最上甲板へ向かった。
前述の通り来日の遅れた私とは違って、今回の「ミグサ」を回航するメンバーは先の船団で日本へ到着しており既に呉に停泊する「ミグサ」へ乗り込んでいた、要は私の到着を待っていた訳である。
タラップを登りきると、そこには一〇名ほどの士官が並び私が最上甲板に上がると一斉に敬礼をした。
私も答礼して、二列に向かい合って並ぶ間を進むとその先に二名の士官が待っていた。短く刈り上げた濃いめの金髪にがっしりとした大柄な士官は今回の回航で副長を務めるマイケル・シュミット中佐だったが、その横に立つ東洋人らしい黒髪の細身の士官は初対面だった。
「『ミグサ』艦長の、ナオシゲ・アリカワ大佐です。」
副官のサノ中尉がそう紹介してくれた。
「今回の回航指揮官のアーノルド・ヘンリー・ノックス大佐だ。」
「アリカワです、ようこそ『三種』へ。」
日本人士官は、愛想笑いを浮かべることなく私が出した手を握った。
それが、私とアリカワとの出会いだった。
色々と書いていましたが、本当に久々の投稿となりました、しかし、完成しきれなかったので前編と言うことで後は追々投稿する予定です。
あまり間を開けずに投稿できるとよいのですが。
後編を執筆中に、終戦後に復員が行われ殆ど損傷していなかった「三種」が使用されていないのは不自然だと考えてその辺を加えました。




