三話
大切な存在だからと言って、君が死ぬことを分かっていたと言って、それに抗うことが間違ってるって分かってる。
だけど、彼女は、この世界に来なければ女性が願う幸せを手に入れることが出来ていたはずなんだ。それなのに、理不尽なこの世界の住民の都合で、彼女の幸せを奪うことも、彼女の命を奪うことも許さないし、させやしない。
そのためなら禁忌さえ破ってやる。
そのためなら、人間であることを捨て去ることも痛くもかゆくもないことだ。彼女が生きることを望んだから。
……彼女と共に。
この世界の王が望まない、イレギュラー(不規則)な存在になろうとも、僕は彼女の笑顔を守るためなら、どんな存在にだってなってやる。
……どんな代償だって払ってやる。
「ほう。野心の高い者がいたものだな、しかも自分のために、人のためにここまでの意志を持てるとは人ながら関心したものだ。その野心のためなら、人ではなくなる覚悟があると言う言葉に偽りはないと誓えるな?」
それが良き選択肢なのか否かはわからない。だが、それで彼女のことを助けられるのであれば……、どんな代償を払っても構わない。それが地獄の始まりだとしても、僕にとっては大したことではないから彼の申し出に食いついてやる。
「今更、偽ることがあるものか」
僕は、何者かもわからない存在に対してそう強気に言い放った。ああ言った本人がどんな存在でも構わなかった。彼女の願いを叶えるためならば、どんな代償を自分が払うことなろうが、どうでも良いことで。
……そう思えば、僕もそう望んだ彼女もある意味狂っていってしまっているのかもしれない。
「ならばその野心を、野望や願いに止めず、現実のものとするために……」
僕はその後の言葉を聞いて、躊躇わずそいつの言葉に対して頷いた。そいつの申し出はむしろ、僕にとっても都合のいい話だったから。
……つい、言ってしまった。
生きることを望んでしまった。私は、この世界に来た時点で命を奪われる運命であるような気がしていたのに。
「生きることを望まないことは人である限り、不可能なことだ。どうしてそれを隠そうとする?」
誰も来ないと言われていた書庫。
そこにいたのはフードを深くまで被り顔を隠す男の人。普通なら怪しくものだが、何故かその人からはそう感じることはなかった。
それが例え、首を絞められたとしても。
首を絞められたが、苦しくはない。
首から頬へと手は移動し、最後に額に手を当てられた。そして魔力のようなものが流れてきて……。
……これだけは、彼がはっきりと言っていたのを覚えている。
「これで君の感じていた違和感を取り除けるはずだよ。それまでゆっくりとお休み……」
……彼は何者だったんだろうか?
私はそう感じながら、自分よりも倍以上に強く質の良い魔力に当てられて、プツリと意識が途切れたのだった。
気がつけば、心配そうに私の顔を窺う師匠の姿があった。師匠が言うなら、私は一年の間眠っていたそうだ。
……ああ、また彼に怒られてしまうな。
そう考えた瞬間だった。
「華月達は魔王退治に向かってるよ。今頃……、きっと魔王城の近くまで……」
とても悲しそうな顔をしていた。
師匠は、気づいているのだろうか?
この世界がした選択肢は間違っていることを。……師匠は気づいているのかもしれない。
「師匠……?」
「王は間違っている。魔物は、この世界自体を保つ為に存在するもの、魔王とは直接関係のないものだ。魔王は……」
魔王は……、その先を言わない師匠。
疑問を抱いていてはいるとは言え、仮にも王の部下。言うのを躊躇うのだろう、だから私が代わりに言った。
「魔力は無限にあるものじゃない。排出された魔力は魔物が産まれるためのエネルギーになる。魔力を使えば使うほど、魔物の数は増えていき……、収拾つかない事態になる。それを防ぐため、とある男性が自ら人柱となり、大部分の排出された魔力を封じた。それをしたのが初代魔王だった。だから、代々の魔王はそれを護ってきた。
魔王を倒してしまえば、それを維持出来る人がいなくなる。そうすれば今まで排出された魔力にプラス封印していた魔力が放出され、膨大になったそれは暴走を始める。そしてこの世界はまた、壊れることを繰り返す……、ですよね?」
私の言葉に師匠は、無言で頷いた。
そしてこう言ったのだ。
「初代魔王は、俺の友人だった」
そうなると、師匠は……。
……人であることをやめた……?
「俺は、この日のために人をやめた。
……君を待っていたんだ。もう、あいつの身体は膨大な魔力に耐えられない」
この世界のために、人をやめた師匠の気持ちが私にはわからなかった。次の一言を聞くまでは。
「友人が、自分の命を売ってまで守った世界だ。あいつの代わりに世界の変わり目を見守るのが、友人である俺の役目だと思うから」
その一言を聞いて私は覚悟を決めた。
……信じてるよ、東雲くん。
私は運命の定め通りに動くと、師匠の言葉を聞いて決意した。