【プロローグ】
街は業火に焼かれていた。
レイヴラント王国の南西部に位置する地方都市ファラス、一次産業が盛んなこの街は行き交う商人、市民で賑わって居た。
その日までは・・・
突如として現れた魔女により平和な街は一遍、地獄と化した。
四賢者
レイヴラント王国で最高峰の称号を持つ4人の魔術師。
その内の1人「予言の魔女」ベアトリクス・アルジェントが街を襲撃したのだ。
石造りの建物が崩れ落ち、悲鳴と怒号が入り混じる。人々は何故、ベアトリクスが街を襲ったのか分からず我先にと逃げ惑い、その足元を瓦礫が塞ぐ。
「お父さん・・・お母さん・・・」
5歳のリリィ・ハルモニアが両親とはぐれ、燃え盛る街の中で泣きながら二人を探していた。小さな手は震え、煙で咳き込みながらも、必死に足を動かす。
ベアトリクスは来ている四賢者のローブをなびかせ。容赦なく、しかし何かを探す様に炎魔法で次々と建物を破壊していく。
その様子は、さながら凶悪な魔女のようだった。
「待ちなさい」
ふと、ベアトリクスの後方から声が聞こえた。ベアトリクスは冷たい目で声の方向へ首を向けると、ベアトリクスと同様に四賢者のローブを着た魔女が立っていた。
「終焉の魔女」と言う二つ名を持つ、マリアンヌ・クローデル。
かつて、王国の国境付近に展開した帝国軍の一個大隊を単独で葬った実力を持つ彼女を見た人々は、ベアトリクスの凶行と止めに来てくれたと歓喜する。
「私を止めに来たの?あんな占いをさせておいて?」
「だからよ。貴女を止めて、あの子を守る」
「従うしかないのよ、私は。あの男が憎くても・・・従うしかない」
言葉は届かなかった。ベアトリクスの術式が街を裂き、マリアンヌがそれを迎え撃つ。魔法と魔法がぶつかり合うたび、大地が唸り、建物が紙のように崩れていく。
その戦いの最中、リリィは両親を見つけた。二人はリリィを探していた最中に瓦礫の下敷きになっていたのだ。
「リリィ・・・無事だったか・・・」
「逃げて・・・リリィ・・・」
両親はリリィの無事に安堵して、そのまま動かなくなった。
「お父さん、お母さん・・・起きて・・・」
炎に照らされたリリィの目に、迫り来るベアトリクスの姿が映った。恐怖。絶望。守ってくれるはずの両親はもう応えない。その瞬間、リリィの中で何かが弾けた。
その後の事は、リリィは覚えていない。
目が覚めた時には、山奥の小さな家のベッドの上だった。
ただ覚えていることは、炎に焼かれた街、逃げ惑う人々、動かなくなった両親・・・
「起きたのね」
ふと、声がした。リリィが声のする方向を見ると、四賢者のローブを纏った黒い髪の女性が立っていた。
「ここは私の家よ。安心して」
安心してと言われても安心出来ないリリィが居た。何せリリィの両親はここに居ないのだから。5歳のリリィにとって両親が自分の目の前で亡くなった事を到底受け入れられなかった。
それから暫く、リリィは言葉を紡ぐことなくベッドで蹲る日々を送っていた。マリアンヌが作った料理とは似ても似つかない料理を食べる事はあったが、それ以外はほとんど何処か遠くを見ていた。
それを見てもマリアンヌは何も言えなかった。年端のいかない少女が両親を目の前で失ったのだ。それも、自分の不用意な一言で・・・
しかし、それではいけないと言う事も理解していた。このままではリリィは生きることを諦めてしまうだろう。そう考えた。
「貴女の失ったものは大きい。でも――貴女の両親は、今の貴女を見たら悲しむわ」
心からの言葉だった。
子供を持ったことが無いマリアンヌはどんな言葉を紡げば良いか分からなかったが、マリアンヌは心から思った事を紡いだ。
その瞬間、リリィはハッと目を見開いた様に見えた。
『お父さんもお母さんも、リリィが笑顔でいてくれる事が幸せだよ』
生前の両親が言った言葉がよぎる。そうだ、笑顔で居よう。今のままだと、亡くなった両親が悲しんでしまう。そう思ったリリィは小さくか細い声で言葉を紡ぐ。
「わたし、リリィ・ハルモニアっていいます」
「そう、リリィって言うのね。私はマリアンヌ・クローデル。四賢者よ」
それが、リリィとマリアンヌが交わした最初の会話だった。
それからリリィは少しずつ変わり始めた。マリアンヌの作る料理が美味しくなかったのか、リリィが作る様になった。母と料理を作った事があったリリィは、レシピを思い出しながら作る。マリアンヌの作る物よりかは美味しく出来た様で、マリアンヌは酒を飲みながらリリィの料理に舌鼓をする様になった。
「マリアンヌさん、これはいるの?」
「あら?そんな昔の書類、まだそこにあったのね」
あっけらかんと言うマリアンヌに流石のリリィも驚いた。この家は物が散乱し過ぎている。元々、自堕落な生活を送っていたマリアンヌだったがリリィと共に暮らすにあたって、家を掃除をするようになった。
「ほよ?この本は?」
床に投げ捨てた様に置かれた一冊の本に、リリィは興味を示した。古めかしくも、装丁の美しい本を手に取りマリアンヌに見せる。
「それは禁書庫から貰った禁書ね。そんな所にあったのね」
笑顔で言うマリアンヌにリリィは生活能力の無さに呆れていた。そして本を開きページを捲る。まだ5歳のリリィには本の内容までは詳しく分からないが、これが魔導書だとリリィは理解した。
「これ、まどーしょ?」
「良く分かったわね。それは古代の魔法について書かれた魔導書よ」
そう言うとマリアンヌは掃除そっちのけでリリィに魔導書の内容を簡潔に教える。
リリィは目を輝かせて聞いているのを見たマリアンヌは、ある事を考えた。リリィは元々の魔力量が高い、そして1人でも生きていける強さを身に付けさせよう。
「リリィ。貴女、魔法に興味ある?」
「うん」
「なら、今日から貴女は私の弟子よ。私が貴女に魔法を教えてあげる」
「でし?」
「えぇ、私の事は師匠と呼んでちょうだい」
「ししょーって呼ぶの?」
「そうよ、後はリリィ・クローデルと名乗りなさい。師匠と同じ苗字にして損は無いわ」
「ほよ?そうなの?」
マリアンヌは四賢者であり「終焉の魔女」の二つ名を持っている。同じ苗字なら、何かあっても何とかなるだろうと考えての事だ。
そうして、リリィはマリアンヌを師として魔法の修行を行う事になった。
だが、マリアンヌの課す修行内容は常軌を逸していた。
「あの岩を風魔法で浮かせなさい」
「ほよ?こんなおおきな岩ですか?どうやって浮かせるんですか?」
「そこはほら、こんな感じにすれば良いわ」
そう言いマリアンヌは詠唱をせずに風魔法でマリアンヌと同じくらいの大きさの岩を浮かせてみせた。いや、浮かせたと言うより上空に吹き飛ばしたと言うのが正解だろう。
上空へ飛ばされた岩はドスンと言う音と衝撃で落ちて来る。
「ほよ!?」
「ほら、やってみなさい」
笑顔で言うマリアンヌに対しリリィは恐怖で涙目になる。
「む、むりです・・・」
ようやく絞り出した声は震えていた。その言葉を聞いたマリアンヌは意に介さず「やってみなさい」と笑顔でリリィに詰め寄る。
リリィは涙を堪えながら魔導書に書いてあった通りに術式を構築し魔法を発動する。すると、暴風にも似た風が岩を押し上げたのだ。リリィは驚いたが、マリアンヌは酒の瓶を片手に絶賛していた。
ある時は森に入り巨大な牙を持った巨躯な猪と対峙させられる。
魔物
魔力の源であるマナを大量に取り込んだ動物や植物が変異した姿、人々はそれを魔物と呼び討伐対象としている。魔物が増えると作物だけでなく、人を襲ったり集団で街を襲う等の事態があるからだ。
そんな魔物でも特に強大な力を持った個体を「災害級」と呼び、本来なら騎士団や魔法師団が20名ほど組織され討伐を行う程の存在だ。
「じゃあそこの大きな魔物を倒しなさい」
「ほよ!?こんな大きな魔物をですか!?」
「えぇ、その魔物は災牙猪といって突進と牙で直線状の物を薙ぎ払うわ。じゃあ頑張って」
笑顔で言うマリアンヌに迫りくる災牙猪。一般的には災害級に分類されるそれの咆哮に泣きそうになりながらも、気づけばリリィは術式を組み上げ、必死に応戦していた。戦いを終え、ボロボロになりながらも立っている自分に、リリィ自身が一番驚いていた。
そんなマリアンヌを、リリィは決して嫌いにはなれなかった。
自堕落で、酒癖が悪くて、非常識で。だけど、こんな自分を拾い、こんなにも本気で向き合ってくれる人はいない。時折見せる不器用な優しさに、リリィはいつも胸が温かくなった。
「師匠、今日はどんな修行をするんですか?」
「あら、やる気じゃない。じゃあ今日はあっちの山を吹き飛ばしなさい」
そんな師弟の、賑やかで理不尽な日々を重ね、リリィは15歳を迎える。
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