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第十四話 彼の隠し事

「ジル、もっとこっちへ。迷子になってしまう」


 つないだ手を引き寄せられ、わたしはセドにぶつかった。確かに、人でごったがえす商店街をキョロキョロしながら歩いていては、はぐれてしまいそうだ。店先に並ぶ珍しい品々に気を取られている場合じゃない。


「あ、ごめん」


 慌てて態勢を立て直す。しっかりしなければ!

 

 そう思うそばから、今度は指をからめてつなぐ手の温もりに気を取られた。こ、このつなぎ方は、なんだか恋人同士みたい!

 しかし、照れるわたしとは対照的に、彼は冷静な表情のままだった。

 ……なんだ。彼にとって、これは何でもないことなんだ。わたしなんか妹、いや……犬か猫程度ぐらいにしか思ってないに違いない。

 彼はどっかの偉い人で、かわいい村娘(わたし)を見初めたから助けてくれてるのかも? なんて、少しだけ考えていたけれど。そんな期待をしちゃった自分が恥ずかしい。おとぎ話なんて現実にあるわけないと分かっていたじゃないか。


 実のところ、ここでこうしている自分に、わたしはまだピンときていない。セドの側は居心地がよくて、まるでずっと夢の中にいるような気分なのだ。だから、バカな妄想をしちゃったんだ。そんな呑気なことを言っていられる立場ではないのに。

 わたしはアビントン家とケリをつけに行くのだ。失敗すれば、わたしは罪人だ。


 再び歩き出したセドの背中は壁のように大きくて、人をかき分けるように進んでいく。長身の彼は歩幅が大きい。歩みに合わせて揺れる銀の組み紐を見つめながら、わたしは必死についていった。



   

 ――――彼と初めて会った次の日、あれよあれよという間に王都行きが決まった。

 わたしが寝ている間にどういう話し合いがあったのか分からないが、次の日にやってきたドラトル先生とナテラはすっかり彼を信用していた。領主様が身元を保証してくれているから信頼していい相手だと、太鼓判を押す。


「セドと呼び捨てにしてくれ」


 強面にもかかわらず、気さくな様子で彼は村人ともすぐになじんでしまった。そして、ナテラのご主人や先生の仲間たちまでもが集まって話し合い、交代でうちと隣家の仕事を請け負ってくれることになったのだ。だが、賃金を払うというセドさんの申し出を、みんなは断った。好意でやってくれると言う。


「困った時はお互い様だ。ジル、ファルクの野郎をぶっとばしてこい!!」


 いかついナテラのご主人が、ブンッと腕を振り上げて励ましてくれる。 


「その代わり、無事に帰ってくるんだぞ。あんなやつらに負けちゃだめだ。絶対に諦めるなよ!!」

「そうだ! 俺たちはジルの味方だ」

「騎士の権力になんか負けるな!」


 村人達が口々に声を上げる。みんなの気持ちがうれしかった。まずい。涙が出てきた。泣かないつもりだったのに……

 こらえきれず、えぐえぐとわたしは泣いてしまった。


「みんな、ありがと、う、えぐっ、がんばってくる。ちゃんと、疑いを晴らして、お、お金も取り返してくる。……ついでに奴をぶん殴ってきてやる!!」


 みんなの雰囲気にのせられ、わたしはそう口にしていた。

 最後に力を込めて言えば、皆、パチパチと拍手をしてくれた。こんなにみんなが応援してくれているんだ。踏みにじられたままで終わるものか、と初めて思った。

 見送る村人にまじって脱走鶏が手(羽?)を振っている。きっと家畜たちも応援してくれている。いい子で待っていてくれるだろう。


 ドラトル先生がセドの手を握り、力強く言った。


「ジルをよろしく頼みます」

 


 荷物は証拠の帳簿と少しのお金と最低限の着替えだけ。飼っていた黒毛の馬……キースに乗り、キャルと並んでずっと走ってきた。


 旅の間、セドはわたしを過保護なほど甘やかしてくれた。常に体調を気遣い、荷物を持ってくれ、何でも買ってくれる。屋台で串焼きに目を奪われれば、十本買ってくれた。料理のおいしい宿に泊まり、たくさん食べさせてくれた。おかげで体が重くなったのか、キースが不満げな顔をしてくる。ごめん、ちょっと気を付けるよ……


 危ないところを救けられて、こんなに優しくされて、気を許すなという方が無理だ。わたしの警戒心はすっかり解けてしまった。


 そして昨日、王都に一番近いトホホ町に着いた。王都に近づくほど人が多く、きらびやかな街並みになっていく。魔道具の種類も多くて、瞬時にポットのお湯が沸いた時には悲鳴を上げてしまった。それを見てセドが大笑いする。つられて自分も大笑いした。

 両親が死んでから、声を上げて笑ったのは初めてだった。


 

 揺れる組み紐を見つめながらこれまでのことを思い出していると、ふいにそれが視界から消えた。セドの端正な顔がこちらを向き、ブルーの瞳がまっすぐわたしを見下ろす。


「ファルクはそれなりの立場だから、慎重に対策を練らなければいけない。この町に滞在して様子をみるから、少し我慢してくれ。ついでに王都へ入る準備をしよう」


 わたしは大きく頷いた。

 そう、奴は今では騎士であり、貴族でもある。平民が迂闊に近寄れる存在ではないのだ。


「準備って何が必要なの?」

「それなりの支度だ。服やアクセサリーを一揃え用意しよう」

「え、そんなのも必要なの……」


 家には母のものがあったはず。それを持ってくればよかった。


「もちろんオレが払う。ジルは何も心配しなくていい」

「でも、宿代だってみんな払ってくれてるのに。あんまり借りちゃうと、お金を取り戻しても返しきれない」

「あー、そうか」

 

 彼は困ったようにふわりと笑った。強面の彼とは別人に見えるほど優しい表情だ。わたしの心臓が一際大きくドックンと跳ねた。


「あの時はそう言ったけど、本気で返してもらうつもりはない」

「え?」

「こう見えても、けっこう金は持っている」

「だからって、セドにそこまでしてもらうのはおかしいよ。前に言ってた責任ってやつ? それはセドには直接関係ないことじゃない」


 わたしの質問には答えず、セドは目を細めて笑っただけだった。ますます優しい笑顔になっている。でも、わたしを見つめるブルーの瞳には困ったような影が見えた。そんなものに気付いてしまったら、もうそれ以上聞けない。わたしは黙って俯いた。どちらにしろ、彼に頼るしかないのだ。下手な意地を張って困らせてもしょうがない。

 黙ったことを了承ととらえた彼は、また歩き出した。

 結局、わたしは彼のことを何も知らないままだ。料理人……と思うには、さすがに無理がある。


「ここで揃えてもらおう」


 彼に隠れて見えなかったが、いつの間にかお城のような建物の前に来ていた。周りのお店の十軒分はありそうなほどの広さだ。大きなガラスがはめ込まれたドアから、中の様子が少しだけ見える。絵本の中でしか見たことがないドレスが飾られていた。人影はまばらで、外の混雑から切り離されたように静かだ。こんなところ、怖くて入れない!


「こんなお城、入れません!」


 わたしはきっぱり言った。

 だが、彼の返事は、予想の斜め上をいくものだった。


「ジル……ここはお城じゃない。ただの店だ。お城はこの100倍はある。ちゃんと連れて行くから、楽しみにしていて」


 この百倍!?

 そんなもの、どうやって建てたの? いくらなんでもオーバーだよ。田舎者だと思って話を盛っているな。

 しかも、何か変なことを言われた。


「つ、連れていくって、お城に? 何で?」

「ファルクは王女様との婚姻が決まっているから、陛下にも説明が必要だ。黙っているわけにはいかない」

「ひえええ!」

「ジルにやったことは許される事ではない。騎士としてあるまじき行為だ。両親ともども相応の罪を償ってもらう」


 話が大きくなってきた。へ、へ、へいか!?


「わたしは、婚約を解消してお金を返してもらえればいいよ!」

「ジルがよくても、法が許さない。穏便に済ませるわけにはいかないんだ。一つの罪を許せば、許された者はそれでいいと思ってしまう。そして、次はもっと大きな罪を犯す。それを見た者が真似をするかもしれない。見逃してはいけないんだ」

「でも……騎士は平民に何をしても許されるんじゃないの?」


 わたしの言葉に、彼は悲しそうに瞳を揺らした。初めて見る表情だ。


「違う。そんなバカなことはない! ジル、ごめん、そんな思い違いをしていたなんて……」

「なんでセドが謝るの?」

「いや……ごめん……」


 セドはまた謝った。何が何だか分からない。

 だけどこの時、彼がわたしを助けてくれるのは、親切心や同情心からではないということだけは分かった。

 彼がわたしに感じているのは……おそらく“負い目”だ。だけど、いったい何に対して? ファルクと彼の間で、何かあったのだろうか。 

 

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