第十三話 あなたの正体は
「うちの台所でこんなのができちゃうの!? すっごい!!」
わたしは感嘆の声を上げた。母だってこんな料理を作ってくれたことはない。
色とりどりのサラダに、湯気を立てるスープ。焼きたてのチキンソテーに、じゃがいもの……うん? チキンソテー??
「台所に肉はなかったはずだよ! もしかして、これは脱走鶏!? 台所にまで侵入してたの?」
わたしの全身からサーッと血の気が引いた。
「いやいや、まさか。ちょうど今朝、市で買っておいたものだ」
「へ!? そんな偶然があるの?」
「まあね……。それより、ジルは『夕飯にしてやる』って脅しながらも、あのニワトリを可愛がってるんだな」
クククとセドさんは楽しそうに笑う。
「はあ、まあ、脅しだけですよ。あのコはすぐ忘れちゃいますけどね」
返事をしながら、わたしはまた疑問に思った。なんでいつも脅していたことを知っているのだ。いくらなんでも知りすぎだろう。
でも、目の前のごちそうに釣られ、わたしの頭はそれ以上考えることを放棄した。食べるのが先だ!!
「いただきます!!」
四人がけのテーブル席が全部埋まるのは初めてだ。両親がいた時は三人だった。その後はずっと一人だ。自分の家に人がいるって、こんなにいい気分なんだ。今日は辛い事があったから、神様がご褒美をくれたのかもしれない。
おいしい。すっごくおいしい。
「ナテラ、おいしいねえー。こんなの生まれて初めて食べたよ」
「この辺りじゃ、こんなしゃれた料理はないね」
「うん! スープの人参がすっごくおいしい。生で食べるより、ずーっと!」
「比較の対象が低すぎるよ、あんた……」
わたしたちの会話を聞きながら、セドさんも楽しそうに食べている。強面なのに、食べ方は上品だ。肉にかぶりつきそうな雰囲気なのに。
あの顔でこんな料理ができるなんて……そうか、分かった! きっとセドさんは有名な料理人なんだ。理想の食材を探して全国を旅しているのかもしれない。
食事が終わると、後片付けもセドさんがやってくれた。
浄化の魔法ってやつで、汚れた皿が一瞬でピカピカになったのだ。わたしとナテラは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「魔法ってのは便利なものなんだねぇ」
「ああ。でも、頼りすぎると、体を動かすのを厭うようになる。王都にはものぐさな人間が多い」
「うーん、確かに。こんな便利なものを知ったら、井戸から水を汲んできて洗うなんて、めんどくさくてしかたないね」
「ああ。便利な反面、大量に魔力が必要だ。オレは魔力があるけれど、ない者は魔法石を利用するしかない。だから、王都は常に魔法石不足だ」
「ふーん」
便利になったらなったで問題があるんだ。難しいものだな。
再び席に着き、これからのことを話しあうことになった。ナテラも先生も、わたしが王都へ行くことには賛成している。心配なのは、セドさんに頼っていいのか、ということだ。
「オレの身元は明かせないが……領主様に保証してもらえば、信じてもらえるだろうか」
「まあ、そうだな。領主様の客人なら問題ないとは思うが」
ドラトル先生とセドさんの会話を黙って聞いていた。お腹がいっぱいになったわたしは、もう頭が働かない。だんだん瞼が下りてきた。
だって、いつもならもう寝てる時間だもん。明日も早いし……でも……みんな、わたしのために考えてくれてるんだ。しっかりしろ、わたしの頭……
「ちょっと呼び出してみよう」
セドさんが小さく唱えた呪文が子守歌のように聞こえる。心地よく頭に流れ込み、わたしの全身に染みわたった。なんだかぽかぽか温かい。これはわたしを眠らせる魔法?
「うわああ!」
「なんだ!」
ナテラと先生の叫び声で、わたしの意識はちょっとだけ覚醒した。どうやら催眠魔法ではなかったらしい。
うっすら目を開けると、半透明の領主様が見えた。ぽわんと空中に浮いている。白い顎髭は、透けていても見事にふさふさとしていた。
「領主様って仙人みたいだと思ってたけど、本当に仙人なんだ……」
実際に声に出ていたらしい。セドさんが説明してくれた。
「これは魔通信だ。魔法石を通じて相手と話すことができる」
「へえ、す、ご、い、ね……」
だめだ。セドさんの声はやっぱり子守歌だ。もうもたない。耐えきれず、わたしはテーブルに突っ伏した。
「可哀想に。疲れてるんだろうな。早起きして、朝からずっと働き通し。その上、今日はあんなことがあった」
セドさんの優しい声が聞こえる。
「ああ。ジルは何も考えていなそうに見えるが、きっと深く傷ついてる。信頼してきた人間に裏切られたのだから」
先生、最初の方は余計ですよ。
「そうだよ! ジルは何も考えていなそうだけど、とても優しいんだ。だから、あんなやつらにつけこまれた」
ナテラまで余計な一言をつけている。失礼だな。わたしだって色々考えてるよ。明日は馬たちの飼料を買いに行かなければいけない、とか、羊もどきの毛刈りもそろそろやらなくちゃ、とか……
「ジルは何も考えていないわけじゃない。両親が亡くなってから、心を守るために深く考えないようにしてきただけだ。それだけ深く傷ついているということだろう」
何故かセドさんが一番分かってくれている。ちょっと恥ずかしい言い方だけど。
でも……なぜ、両親のことまで知っているの……?
疑問はたくさんある。だけど、それを一つも言い出せないまま、わたしの意識は落ちてしまった。




