第十二話 ケリをつけなければ
家に入り、ナテラとドラトル先生に先ほどのことを全部話した。あの男達がバカ息子の指示で来たこと、奴が王女様と結婚すること、おじさん達はそれを知った上でわたしのお金を引き出し、王都へ向かったこと……。
話しているうちに、空しくなってきた。アビントン家の人たちにとって、わたしは何だったのだろう?
「だいたいの内容は分かった。おそらく、ファルクは婚約解消の手紙を何度も出していたんだな。それを、カーラ達が握り潰していた。お前が他所へ嫁に行っては困るから。金の方は……何らかの理由で誤魔化したのがうまくいき、味をしめたってところか。それが積み重なり、さすがに取り繕う事ができなくなってきたところへ、ファルクの昇進と結婚話を聞いた。どうすることもできず、ジルにすべての罪を押し付け、夫婦そろって王都へ逃げ出したってわけだ」
ドラトル先生が納得したように頷く。
おお、なるほど。そのストーリーなら、あの男達の話と辻褄があう。さすが先生!
わたしが感心していると、ナテラが顔を覆って泣き出した。ヒックヒックとしゃくりあげるたびに赤い髪が揺れる。ハンカチで目元を拭うと、ぐっとそれを握りしめた。
「あいつら、ジルのことをなんだと思ってるんだ! 許せない!!」
ナテラはわたしの代わりに泣き、怒ってくれる。
「ありがとー。ナテラがそう言ってくれるだけでうれしいよ」
「あんたはお人好しすぎるよ!」
お人好し? いや、たぶん違う。そうじゃない。わたしは……、ただ、諦めてるだけだ。両親の時のように。
視線を落とし、テーブルの傷を見つめながら、ボソボソと言い訳をした。
「だって、どうしようもないじゃん。領主様に申し立ててみるけどさ。おじさん達は王都に行っちゃったから、難しいんじゃないかな」
「帳簿が証拠になる。今日の男達だって証人になるだろ?」
「うーん。でも、奴の方が地位は上になっちゃったでしょ。握りつぶされちゃうんじゃない?」
ナテラも黙り込んだ。彼女だって、騎士の理不尽さを目の当たりにしている。権力を握った奴に太刀打ちできないのは分かっているのだ。また涙が浮かんできている。悔しそうに唇を噛みしめる姿に、わたしの胸はズキンと痛んだ。こんな顔をさせて申し訳ないな……
部屋に沈黙が下りた時、それまで黙って話を聞いていたセドさんが口を開いた。
「ジル、王都へ行こう」
いきなりの提案に、わたしは目をパチクリとさせた。ナテラもセドさんをぽかんと見ている。
「ええー? 無理ですよ。行ってどうするんですかー?」
「無実の証明をするんだ。ここからでは、申し立てに時間がかかる。それと、婚約の解消。君の中指に紋様がある以上、向こうは諦めない。必ずまた仕掛けてくる」
「確かに……。王女様と結婚したいなら、なんとしてもジルと婚約解消しなくちゃならんからな」
ドラトル先生も納得したように頷いた。セドさんの言う事はもっともだ。大人しくしていれば済む……というわけにはいかないだろう。今度はもっと強い奴等が来るかもしれない。
「あいつ、自分から婚約を申し出ておきながら、ジルを捨てるとは!!」
「そうか。わたしは捨てられたことになるのかー。なんか悔しいな。あんなバカ息子に」
「ジルはなんであやつと婚約したんだ? ずっと相手にしてなかったのに」
ドラトル先生がフンフンと憤りながら聞いてきた。
「カーラさんが言ったからだよ。あの頃のカーラさんは、わたしのことを本当に可愛がってくれてた」
「そうだな。カーラがジルを思う気持ちは本物だった。娘になってほしかったんだろう。そうか、だからジルは婚約したのか。まあ、あやつも最初は戻ってくるつもりだったはずだが……ああ見えて、ジルのことは本気で好いていたから」
「そうかぁ? それなのに、処分しようなんて思いつく?」
わたしの言葉にドラトル先生は悲しそうな顔をした。
もう! 先生まで、そんな顔をしないでよ。わたしは別に傷ついてるわけじゃない。奴が誰と結婚しようと、かまわないんだ。
ただ、もっと他にやりようがあったはずだと思う。手紙でダメなら、会いにくればいいだけのこと。結局、わたしへの気持ちなんてそんなものだ。
このまま大人しくしていたって何も解決しない。それは分かった。分かったけれど……
「でも、無理だよ。家畜の面倒見なくちゃ」
「面倒を見てくれる人間を雇えばいい」
セドさんの提案に、またわたしは黙り込んだ。餌代だって心もとないのに、そんなお金は出せない。銀行のお金は空っぽなのだ。王都への旅費だって出せそうもない。
そんなわたしに、セドさんは優しい声を出しだ。強面の彼が発したとは思えないほど、耳に心地いい声だ。
「使い込まれた分をオレが補てんしておこう。王都へ行って、ファルク達から金を取り返したら、オレに返してくれればいい。ジルは金のことなんか心配しなくていいんだ」
補てん? この人が? 何で……?
あまりにも都合がいい申し出に、わたしは警戒心の方が大きくなった。セドさんはいい人だと思うけど、そこまでしてくれる理由はないのだ。
そういえば、なんでまだここにいるんだろう。改めて気付くと、急にこの人が部屋に似つかわしくないように見えてくる。椅子が小さくて窮屈そうだ。
ナテラとドラトル先生も顔を見合わせている。二人だって、どう答えていいか分からないのだろう。
「あんた……セドさん、ジルを助けてくれたのはありがたいけど、その、何でそこまで……?」
ナテラが恐る恐る口を開いた。
「乗り掛かった舟だ。それに……こうなったのは、オレにも責任がある」
「責任? 何の?」
わたしの質問に、セドさんが困ったような顔をした。
「ファルクが王女と結婚することになったのは、まあ、オレのせいなんだ。ジルは婚約者に裏切られて辛いだろうが……」
「いやいやいや! それはありません!! 奴が誰と結婚しようとかまいません。ほんっとに。むしろ、婚約なんてさっさと解消してほしいです!」
ぶんぶん手を振りながら全力で否定すると、セドさんの頬が緩んだ。
え、どうしたの。何がそんなにうれしいの。強面から、ちょっと怖そうな人ぐらいにレベルダウンしているよ!
細い目がまた細くなり、ブルーの瞳がまっすぐこちらをを見つめる。落ち着いたわたしの心臓が、またドキドキと音を立て始めた。
「それなら、なおのこと。王都へ行って、ファルクとケリをつけるべきだ」
うん。確かにそう。セドさんの言う通りだ。でも、信じちゃっていいの?
バカ息子とはどういう知り合い? 王女様が結婚するのはオレのせいって、どういうこと?
そもそも、セドさんが何者なのかまだ聞いていない。
ちゃんと疑問点は解決しておかなければ。
「あ、あの!」
口を開いた時……ぐうっとお腹が鳴った。
ナテラが残念そうにわたしを見る。うん、この場で鳴るのは、女としてどうかと思うよ。でも、仕方ないじゃないか。お腹が空いているんだよ、わたしは!!
セドさんがクククと忍び笑いをもらし、立ち上がった。
「オレも腹が減っている。食事にしようじゃないか。ジル、台所と食材を借りていいか? 食事を用意しよう」
「え……うちには何もないですよ。火が使えませんし」
「魔法石があるから大丈夫だ。食材は、畑で採れたものがあるだろう? こう見えて料理は得意だ。任せてくれ」
すたすたと台所に向かうセドさんの後ろ姿を、あっけにとられて見送った。
畑の食材を何故知っている? いや、台所の場所も……。ツッコミたいところが多すぎる。
でも、一つだけ分かったことがある。短いと思った髪は後ろから見ると長髪で、銀の組み紐で括っているということだ。




