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その後

夏なので、夏にちなんだ話を。

「 今度の土曜日、うちくる? 」


「 大丈夫かなあ? うち、最近きびしいからなあ。」


あち子は、情けない顔で坂村を見た。


今は、夏休み。


今日も、図書館で二人、一緒に勉強をした帰り、坂村が言った。


最近は、よく一緒に行動することが多い。今日もそうだ。もちろんデートではなく勉強しているのだが。


これは、夏休み前の定期考査で、悲惨な成績を出したあち子が、夏休み前、坂村からの誘いを断ったことから始まる。


「 夏休み、遊園地行かないか。 」


「 えっとね、定期考査の成績がすごく悪かったから、親から、予備校の夏期講習行くように言われちゃって。あと夏休み始まってすぐ、学校の補講もあるし。

坂村君はいいよね~。今回も一番でしょ。いいなあ~。 」


あち子は、心底うらやましいといった顔をした。


坂村は、入学式の代表挨拶をしたぐらいなので、すこぶる成績がいい。

がむしゃらにやってるって感じを受けないので、元がいいのか、それとも努力している姿を見せないだけなのか、あち子にはわからないが。


あまりの悲惨な成績に、目をむいた母親に、夏休みに予備校の夏期講習に通うことを命令されたのだ。

もちろん学校の補講にもいかなくてはいけない。


どうして成績が悲惨だったのか。それは、もちろんあち子自身のせいだ。

あの事故のあと、親はずいぶんあち子に甘くなった。

それにつけこんだあち子は、つい欲望に勝てず、遊びまくっていたのだ。

漫画を読んだり、テレビを見たり、昼寝したり、とにかく勉強を怠けてしまった。


「 じゃあ夏休み勉強一緒にするか。わからないところ教えあえばいいし。 」


「 えっ? いいの? でも私、坂村君に教えて上げれる事なんてないと思うよ。

足ひっぱちゃうだけだし。 」


「 教えるのも、復習になるし、理解が深まっていいよ。 」


という坂村に押されて、あち子は、夏休み坂村と一緒に勉強することになった。


そして予備校も、いつの間にか坂村も同じところに行くようになっており、行きかえり一緒になった。

もちろんできる坂村とは、クラスは違うが。


そんなこんなで、ほぼ毎日のように一緒にいるのである。


ただ最近は、忙しくてしばらく坂村の家には、お邪魔していなかった。

というのも、ぽちが、あち子を助けた時のダメージか、前より実体化するのが、遅いのである。

まだ家の中にしかいることができない。

たぶん夏休みが明けるころには、前のぽちになるとは思うのだが。

あともうちょっとというところである。


ぽちが前のぽちのようになったら、行こうと思っている。

が、正直言うと、なんとなく行くのが怖いというのもあるのだ。


それは、坂村と坂村が好きだった人『 木下佐和子さん 』が会った時、あち子の前で、坂村がどんな目で見つめるのか、見たくないのである。

そしてそれを考えてしまう自分にもなぜか腹が立つ。

そしてこの気持ちに名前を付けてしまったら、きっと今のように気安く話ができなくなってしまう気がする。


というわけで、あち子は、冒頭の坂村の返事になんとなく乗り気ではなかった。


「 ばあちゃんが、鈴井のご両親に電話してくれるって。

今度の土曜日、花火大会があるだろ。あれ、うちからよく見えるんだ。

だから一緒に見ないか。家族も、兄貴も佐和子さんもいるし。 」


あち子は、坂村の口から佐和子さんの名前が出た時に、なんとなく胸が苦しくなったが、坂村としてもあち子でも、ひとりよりはいたほうがいいのだろう。 


「 そうか、坂村くんち高台にあるもんね。確かにあそこからならよく見えそう。 」


「 そうなんだよ。うちの駐車場の上、屋上になってるんだけど、花火大会のために作ったようなもんなんだ。 」


言葉の通り、あち子の家に連絡してくれたようで、その日は、坂村の家に行くことになった。

花火大会は、7時からだが、公園の待ち合わせは、4時だった。

帰りは、遅くなるので、あち子の父親が迎えに来てくれることになっている。


ちょっと早いと思ったが、早く夕ご飯を食べるとのことで、あち子もご相伴にあずかることになったのだ。


*****


「 これっ、坂村君の家に持っていって。 」


母の美佐子が坂村の家に行く前に、手土産にと渡してきたのが、百貨店で買ってきたであろう有名なお店のものだった。

百貨店のデパ地下に行くたびに、母親とこれ食べたいねと言っていた、高級水菓子である。

いつもこんなにお高いんじゃあもったないわよと、言われていたものである。


「 夕ご飯まで、ごちそうになるんだから。当たり前でしょ。 」


「 ありがとうお母さん。いつもは、けちなのに奮発したね~。 」


「 そうよ、清水の舞台から飛び降りた気持ちで・・・。 人をケチ呼ばわりするんじゃないの。

それより気を付けて行ってくるのよ。 」


そういってあち子を送りだしてくれた。


お高い水菓子は、重かった。


「 持つよ。 」


いつものように公園で待っていた坂村にあうと、あち子が重そうに持っていたのがわかったのか、代わりに持ってくれた。

坂村の家に行くと、さっそくおばあちゃんの部屋に連れていかれた。


「 こんにちは。今日は、お招きありがとうございます。 」


母親に教えられた挨拶をして、水菓子を差し出した。


「 まあ、ありがとう。ここのおいしいのよね~。 」


部屋には、おばあちゃんのほかに、坂村の母と木下佐和子さんがいた。

あち子は二人にもあいさつした。


坂村はといえば、おばあちゃんの部屋まで軽く案内すると、部屋に入らずにどこかに行ってしまった。


「 男性陣は、夜の準備に行ったのよ。 」


「 準備って言っても、椅子やテーブルを運ぶだけなんだけどね。 」


「 じゃあ私たちも準備しましょうか。佐和子さん。 」


おばあちゃんと坂村のお母がいい、佐和子が、座っていた横に置いてあった着物のたとう紙と箱を、あち子の前に押し出した。


「 気に入ってもらえるといいんだけれど。 」


佐和子さんが、そういい、おもむろにたとう紙を開ける。


中には、背景が紺できれいな花の模様が、いくつかちりばめられている浴衣と帯があった。

そして箱の中には、下駄まである。


「 佐和子さんの家は、呉服屋さんでね。頼んでおいたのよ。 」


おばあちゃんが言った。


「 えっ、いいんですか。 」


思わずきれいな浴衣を見せられて、一瞬目を奪われたが、ひどく申し訳ない気がした。


「 いいのいいの。年寄りの道楽だから。私が、勝手にあなたの浴衣姿を見たいと思ったのよ。 」


「 着付けは、私にさせてね。 」


坂村の母が言う。


「 じゃあ私たちも着替えましょ。 」


そうして四人、浴衣姿になった。 

あち子以外は、浴衣をささっつと洋服でも着るかのように着てしまい、あち子は、これまたびっくりした。


あち子は、ほんのちょっぴりお化粧まで施され、髪にはきれいな花飾りまでつけてもらった。

坂村の母と佐和子は、ちょっと席を外したかと思えば、髪を結い上げて、あでやかな大人の女性になっていた。

ちなみにおばあちゃんは、髪に飾りもつけず、髪が短いのでそのままだった。


*****


四人は、駐車場の上まで行った。


そこは、もうちゃんと椅子・テーブルはもちろんのこと、お料理や飲み物まで用意してあった。


「 初めましてだね、私が敦也の父親だよ。敦也がいつもお世話になっています。 」


敦也の父親がまずあち子に挨拶してくれた。

敦也の父親はごく普通の優しい感じの人だった。


敦也と兄は、母親に似たのだろう。父親は、母親であるおばあちゃんに似ていると思った。

それから兄の慎一も相変わらずのイケメンぶりで、あいさつしてくれた。


敦也といえば、目は合ったのだが、なぜかこちらを見ない。

兄の慎一が、なぜか敦也を小突いている。


「 きれいだよ.....。 」


ぼそりと声がした。


「 ありがとぅ.....。 」


なぜかあち子も着慣れない浴衣姿で恥ずかしくなり、小声になってしまった。


そんな二人を温かく見守ってくれているのに、気が付かない二人だった。



花火が始まる前に、お料理を食べることにした。

オードブルだったのだが、品がある洋風料理で、おいしかった。

大人達は、ワインを飲んでいて、あち子はおしゃれだわと一人感心した。


あたりがすっかり暗くなったころ、花火のうち上がる音がした。


今日は、満月に近いのか月が金色に光っている。

薄い雲が時々月の上を通り抜け、雲まで金色に光って見えた。


次々に花火が打ちあがり、気が付けば、兄の慎一と佐和子さんは、用意してあったシャンパングラスを片手に、にこやかに微笑みあって手すりにもたれて花火を見ていた。

グラスに月と花火が光っている。

まるでどこかのCMのワンシーンの様で、素敵だった。


敦也の両親とおばちゃんも、いつのまにか花火観賞用においてある椅子に座っており、花火を見ていた。

テーブルにいるのは、あち子と敦也だけになっていた。


「 あっちにも椅子があるから、あそこで見よう。 」


敦也が指さすほうを見れば、両親からちょっと離れた角に、椅子が二脚ある。


2人で移動した。

花火は、とてもきれいで、しかも幻想的に思えた。


「 きれいだね。 」


「 うん、きれいだ。 」


まっすぐに敦也が、あち子のほうを向いていったので、花火のことだとは、わかっていたが、なぜかすごく恥ずかしかった。


ふたり何も話さなかった。


終わりの花火が、大きく打ちあがった。

もっとこのまま続けばいいのにと思ったあち子だった。


ブッツッブーーーーーー


持っていたスマホが、なった。


あち子の父親が、もう迎えに来たようだ。


敦也が、気が付き、すぐに両親のところへ行った。


あち子は、みんなに見送られて、父が待っている駐車場まで降りて行った。


先に敦也の両親が、あち子の父親と話をしている。


「 また来てね。」


「 今日は、ありがとうございました。あと浴衣も。 」


駐車場の上にいる、おばあちゃんや兄の慎一と佐和子にも、手を振ってあいさつした。


あち子の父親は、何度もみんなにお礼とお辞儀をして、車に乗り込んだ。

あち子も乗り込もうとしたとき、坂村が言った。


「 今日はありがとう。またな。」


「 坂村君こそ今日は、ありがとう。またね。 」




車を走らせた父親が、あち子のほうを見ていった。


「 馬子にも衣裳だな。 」 


家に着いて、同じ言葉を母親と弟からも言われた、あち子だった。




ありがとうございました。

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