20
エリセイ視点
なんだか、とても嫌な感じがしました。
今日は、国境の守りを固めるべく、国軍と魔法省による合同会議が朝から行われていました。
途中でライフィック元帥が席を外し、いまだ戻ってきていないため、いくつかの議案の進行が止まっています。
胸騒ぎが、明確な異変として捉えたのは昼を過ぎた頃でしょうか。
会議なんてものがなければ、そろそろお昼寝をしている時間です。
それを感知すると、僕はすぐに席を立ち、他の魔法師たちに指示を出します。
「神域の森に異変あり!すぐに装備を整えて向かってください」
僕だけでなく、あの魔力を感知した者は多くいました。
それだけ、大きな魔力だったのです。
しかし、神域の森で魔力を感じることは異常。
管理をしている魔法師たちですら、神域を壊さないよう最低限の魔法しか使わないのですから。
「おい、いったい何が……」
慌ただしく部屋を出ていく魔法師たちの姿を
見て、国軍の将軍たちが訝しげに聞いてきました。
「説明している暇はありません」
僕は、自分の上司に陛下への報告を押しつけると、他の魔法師たちと共に神域の森へと向かったのです。
感知した魔力は、馴染みのある、僕の教え子のもの。
僕が急いで行かなくては。
いくら王宮と隣接しているとはいえ、広さのある森です。
この距離がまどろっこしく感じます。
「エリセイ様の結界を、壊した者が、いるということですか?」
息も絶え絶えに聞いてくる同僚の魔法師。
魔法師は、魔法による戦いはできても、体力作りなどはしていないため、走るだけでも一苦労します。
魔法による補助がなければ、神域の森まで走りきることは到底無理だったでしょう。
「いいえ、結界に異常は感じません。何かしらの方法で、門から神域に侵入したと思われます」
僕が施した結界には、どこにも綻びはありません。
出入りできるとしたら、裏門しかないでしょう。
魔法師たちが王宮を駆け抜ける姿は、働く者たちから何事かと視線を集めるはめになりましたが、なんとか裏門までたどり着きました。
しっかりと閉ざされている裏門。
念のため、数名を正門の方に向かわせます。
「開けてください」
同僚の一人が、門に施された魔法と対となる魔法を発動させて、手を止めました。
「……魔法が重ねがけされている」
対になる魔法は、短くて十日ほど、長くてもひと月ちょっとで変更されますし、一部の魔法師にしか知らされないものです。
本体の魔法も、この国の魔法師が編み出し、長い年月をかけ改良したもので、正直、僕ですら無効化するには時間がかかります。
その魔法の上に、別の魔法をかけることによって、門が閉まらないようにしたのでしょうが……。
「少しは使える魔法師がいるようですね。みなさん、油断しないでください」
同僚たちは力強く頷き、そっと門の扉を押し開きます。
神域の森に足を踏み入れると、ある臭いに気づきました。
「エリセイ様、穢れが……」
どこの誰だか知りませんが、神域で血をながすとは……。
「これ以上、穢れを広めるわけにはいきません。殺さないようにしてください」
少し進むと血の臭いは濃くなり、人が倒れていました。
二人は知らない男性でしたが、残る一人は魔法省の魔法師です。
血で染まった地面には、黒い靄や発生していました。
これが穢れです。
そのままにしていると、神域の森全体に広がり、王宮をも飲み込むと、国中を蝕んでいくことでしょう。
「ノーランとマルクはここに残り、浄化を行ってください。残りの者は、奥に向かいますよ」
森の奥に向かうと、今度は剣戟の音と叫び声が聞こえてきました。
全員、魔力を高めつつ、音のする方へ。
そこで目にしたのは、みけねこ様と共に戦う男の子と、殺意をまとって彼らを害しようとする小汚い男たち。
我が国を守護してくださっているねこ様に対して剣を向けるとは、なんという狼藉。
生け捕りにしたのち、しっかりと償ってもらわないといけませんね。
さて、みけねこ様がいらっしゃるということは、ゆき様もいらっしゃるはずです。
そして、ゆき様の側にティレニア様も。
「あの者たちを捕縛しなさい」
魔法師たちから複数の魔法が放たれます。
土が盛り上がり男の足を固め、草が伸び身体中にまとわりつき、水が顔に張りつき悶える。
「くそっ!なんだ!?」
「なめやがって!!」
敵の魔法師のものと思われる魔法が放たれましたが、そうはさせません。
風の魔法は刃となって無差別に人を襲おうとしていますが、より強い魔力を込めて風を上から押さえ込みます。
他の敵たちにも上からの強い力がかかり、膝を折る者もいましたが、ついでに手足を地面に縛りつけておきましょう。
土魔法を使えば確実に拘束できるので、動きを止めた者たちから、石でできた拘束具を装着させます。
というか、どれだけの人数がいるんですかね?
「んに゛ゃぁぁぁぁーー!!」
みけねこ様……らい様も払っても払っても湧いて出る輩に苛立ったのか、大きな体のまま飛び上がると、敵陣の真ん中で着地し、数名を足で押し潰しました。
ねこ様ですので、神域で血を流すようなことはしないと思いますが、着地と同時に威圧のような魔力ではない力を放たれました。
目に見えない力の威力は凄まじく、僕たち魔法師も一緒に吹き飛ばされるほど。
吹き飛ばされたにもかかわらず、どこにも痛みを感じないのは……。
「なぁーうぅぅ」
ゆき様のおかげだったようです。
どうだと言わんばかりに鼻を鳴らすらい様を、ゆき様が呆れた様子なのは気のせい、ではありませんね。
「さすがねこ様です!」
剣を交えていた男の子は、素直にらい様を褒め称えているので、ゆき様の冷たい視線が際立ちます。
らい様の力に当てられた男たちは、皆、意識を失っており、今のうちにと全員を拘束することができました。
しかし、最初からその力を使っていれば、戦う必要はなかったのでは?
……まさか、らい様が遊びたいがために使わなかったのかと、勘ぐってしまいそうになりました。
そんなわけ、ないですよね?
「エリセイ様っ!」
ゆき様の影から、ティレニア様が飛び出してきました。
おそらく、戦いの足手まといになるまいと、ゆき様のお側で大人しくしていたのでしょう。
「ティレニア様、ご無事で」
教え子の無事な姿を見て、一安心です。
「ゆき様が守ってくださいましたから」
すると、ゆき様は当然だと言うように、ティレニア様へ頭を擦りつけました。
本当に、仲がよろしくて微笑ましいですね。
「それに、エリセイ様なら気づいてくださると信じておりました」
短い期間でしたが、ティレニア様は魔法の基礎をしっかりと身につけてくださいました。
そのおかげで、僕たちが気づくことができたのです。
小さな魔法では、管理の職に就いている魔法師が使ったのだろうと、見落としていたことでしょう。
それに、神域の中で放たれた魔法を感知できたかもわかりませんし。
「いえいえ。ティレニア様のおかげで、被害は最小限に抑えられました。ところで、裏門の近くで男性が二人殺されていたのですが、何かご存知ではありませんか?」
死人が出たことが衝撃的だったのか、青ざめてしまわれました。
「すみません。もう少し言葉を選ぶべきでした」
「いえ、私の護衛も血の臭いがすると言っていたので、薄々は感じていました」
「護衛?」
ティレニア様が、彼が私の護衛ですと示した先には、先ほどらい様と共闘していた男の子がいました。
なるほど。ティレニア様の護衛ということは、ライフィック侯爵が認めるほどの腕前を持っているということですか。
だから、誰も傷つけずに戦闘不能にできたと。
それに、らい様が気に入られている様子からして、善良な子なのでしょう。
「ひとまず、王宮に戻った方がよさそうですね」
僕がそう告げると、ゆき様とらい様が揃って否を唱えるように鳴きました。
「なぁーん」
「にゃーん」
そして、一際大きな声で鳴き始め、普段と違う様子にティレニア様と顔を見合わせます。
「誰かを呼んでいるようにも聞こえますが……」
「まだ、誰かが神域にいると?」
「えぇ。そして、その者は神域を害する者ではないのでしょう」
あの輩たちを相手していたねこ様たちの態度と、今誰かを呼んでいるねこ様たちの様子は確かに違っています。
「あの輩たちが誰かをさらってきており、隙をついて逃げたとしたら……」
一つの可能性を口にすると、ティレニア様がゆき様に尋ねてくださいました。
「助けが必要な方が、まだこの神域にいらっしゃるのですか?」
「なぁん」
らい様は周囲の匂いを嗅ぐ素ぶりをすると、こっちだと歩き始めました。
僕は数人を連れて、らい様のあとを追います。
「私も一緒に行きます」
ティレニア様が動けば、彼女の護衛君も動き、最後にゆき様がティレニア様を守るように付き添っています。
「では、急ぎましょう」
ペシッペシッダンッ!
ペシッバシッバチンッ!
(……なんか飽きてきたなぁ。ゆきぃ、面倒くさいから代わって〜)
(あなたが遊ぶからでしょう。自分でどうにかしなさい)
(けちぃ。もう一気にやっちゃうか……えいっ!)
なんて、ねこ様たちのやり取りがあったとかなかったとか(笑)