終章 この国で
旗を上げた日の夕方になっても、城の台所には鍋が一つしか戻らなかった。
傷ついた人は次々に運ばれてくる。水を沸かし、布を洗い、食事を作るには到底足りず、その後、城下へ借りに行った兵が、大小の鍋を抱えて戻ってきた。持ち主の名を記した紙が濡れて読めなくなり、クリマルはそれを乾かす場所まで探すことになった。
エレノアも人々の名を確かめていた。門を越えた隊の名簿には、戻った者を示す印よりも、確かめ直すための空欄のほうが多い箇所があった。日が暮れるまでに、戦死した兵は数十人に達した。まだ戻らぬ者もいる。
空欄を埋める手が止まった。もっと早く、あの道を作れていたら。書記に呼ばれ、同じ名を二度尋ねていたことに気づいた。
ユージンが帳面を受け取った。彼も椅子に腰掛けたまま手当てをしており、声はかすれていた。
「明日、続きを一緒に見よう。今夜は、間違えてしまう」
エレノアは手を離した。食事を運んできた兵へ礼を言い、食べ終えてから、最初に消えた先鋒の旗について尋ねた。
旗手は戻らなかった。旗だけが、部下の手で回収されていた。
彼女は翌朝、その部下の話を聞く時間を取った。
姉姫が公都へ着いたのは、奪還から二日後だった。
門で読み上げられた名は、マリエル=クレセント。姉も当面は、母方の姓を用いると決めていたようだ。
門へ迎えに出たエレノアを見ると、彼女は馬車の段を降りる途中で足を止めた。エレノアも駆け寄れず、互いに、あと数歩を残して立っていた。姉が先に手を伸ばしたので、ようやくその手を取ることができた。
「戻れたのね」
城のほうを向いて言ったのか、自分に言ったのか、エレノアには分からなかった。彼女は頷き、手を離さずに門をくぐった。
姉はまず名簿を見たいと言った。館で聞き取った名の横に、再会を示す印が増えている。まだ空欄の者もいた。彼女は椅子を頼み、荷も開かずに家族を待つ人々と話し始めた。
エレノアは母の部屋の前まで、一人で行った。
扉は開いていた。品物の多くが失われ、窓の近くに、運び出せなかった大きな椅子だけが残っている。彼女はその背へ触れた。帰れば叱られることも、褒めてもらえることもないと、ここへ来るまで知らなかったわけではない。けれど、椅子に手を置いたまま、なかなか離せなかった。
廊下で足音が止まった。ナイリューだと分かったが、振り向かなかった。彼も部屋へ入らず、エレノアが出てくるまで、扉の脇にいた。
クリマルは腕を吊ったまま書記へ口述し、スルトヴは杖を片手でついて城を回った。盾を持っていた腕は、治癒を受けても、剣の柄を握るほどには戻らなかった。
医師から、以前のように戦場で剣を振るうことは難しいと告げられていた。エレノアは、もうあの日と同じように、スルトヴに撫でられることはないのだと思った。
それでもスルトヴは、城の庭へ若い騎士たちを集めた。自分で剣を振れぬなら、次に剣を持つ者の足を見ればよい、と言って。
ジェラルドも遠乗りを禁じられ、リーゼに予定の書面を取り上げられていた。救護所では、ユージンが祈りをほかの神官へ引き継いだ。
エレノアが力を渡すのは、当面、救護所の三人までとした。額が痛み始めたら終える。空いた椅子へ、次の働き手が座った。
父と母、そして兄のために祈る日は、戦いで家族を失った人々とともに祈る日とは別に設けた。合同の祈りでは、遺族が亡くなった人の名を神官へ伝えた。城を取り戻しても、最期の場所へすぐに行ける者ばかりではない。名を読み上げる声が途切れるたび、ユージンが隣で紙を直した。家族のための祈りでは、エレノアは姉と並び、父母と兄の名を聞きながら、姉の手を握った。
役人が町々へ戻り、ヨンウォリから最初の帰郷の一団が出た。エレノアは道中の受け入れ先を確かめた。散った賊への備えと監獄島の調査は、なお続いていた。
アヴァルギンが自分の名を答えられるようになったのは、捕らえられて十日目だった。
その朝、彼は帳簿を持った元官吏を連れてくるよう、繰り返し求めた。二人を同じ場で取り調べることは、本来なら認められない。だが、帳簿についてだけは元官吏の前で話すと、アヴァルギンは譲らなかった。
エレノアは書記と護衛を置き、一度だけの面会としてこれを認めた。窓には格子がある。寝台の脇で、元官吏が擦り切れた冊子を抱えていた。
「ルダ村です」
アヴァルギンは彼女を見る前に言った。
「あのとき、言えなかった。最初に帳簿を持ってきたのは、ルダ村の男だった」
元官吏の腕が冊子を抱き締めた。エレノアは椅子を引かず、寝台の前に立った。
「ベルティネへ兵を向けたのは、誰ですか」
アヴァルギンは答えなかった。元官吏が抱えた冊子へ、一度だけ目を向ける。
「私だ」
「あなたの望む王国への直談判を、父が断れば、城を取ると?」
「……命じた」
エレノアは机へ手を置いた。膝が揺れるのを見せたくなかった。
「父は、あなた方の島での処遇を軽くしたと聞きました」
「あの方なら、話を聞くだろうと思った。兵を見れば、断らないとも」
そこで言葉が止まった。エレノアは続きを促さなかった。
「もう一度、断られるのが怖かった」
アヴァルギンは、ようやく彼女を見た。
「だが、それは、公国を攻めてよい理由にはならなかった」
「はい」
喉が痛んだ。それ以外の返事は出なかった。
元官吏が冊子を差し出した。タントンの穀物の数量が並び、末尾にアヴァルギンが伯爵だったころの署名がある。
「こちらも、調べていただけますか」
エレノアは受け取り、書記へ渡した。
「調べます。あなたの訴えも、父が亡くなった経緯も、別々に」
冊子が開かれた。アヴァルギンはその音へ顔を向けたが、礼を言いかけて口を閉じた。
エレノアは彼と元官吏の身柄を保ち、神殿の立会いのもとで調べを続けるよう命じた。裁きに必要な証言は、まだ揃っていない。
部屋を出ると、ナイリューがいた。エレノアは差し出された水を飲み、空になった器をしばらく返せなかった。
ナイリューは器を受け取ったが、すぐには手を下ろさなかった。
「復興がひと段落したら、監獄島や森の洞窟の調査に、俺も加わりたい」
エレノアは彼を見た。
「黒い石を島から運ばせた者や、牢を開けた晩を見た者がいるかもしれない。父さんが洞窟で何と戦ったのかも、このままにはしたくない」
監獄島や森の洞窟の調査は続いている。けれど、ナイリューが自らそこへ行くと言ったのは初めてだった。
「今すぐ、というわけではないよ。帰郷する人たちの受け入れが一段落するまでは、ここにいる。そのあと、島へ渡る調査船に乗るつもりだ」
「戻る時期は、分からないのですよね……」
「ああ。わからない」
公国を取り戻したばかりである。これから決めることは、山ほどある。
エレノアは、隣にいるナイリューを見た。
「私は、あなたにここにいてほしいです」
言うと、ナイリューは目を逸らさなかった。
「けれど、そのために、あなたの行く道まで決めたくありません」
彼は少しだけ息を吐いた。
「エレンに止められたから残るんじゃない。俺が、今はここにいると決めた。島へ行ける時期になったら、そのときの俺がまた決めるよ」
「分かりました……。それでは、あなたがいつまでもここにいたい、そしていつでも帰ってきたいと思える公国を、私が創ります」
ナイリューは器を持ったまま、わずかに笑った。
「それなら、帰る場所はもう決まってるな」
ロゼンは食事を取れるまでに回復した。ただ、魔力を使おうとすると指が震え、母と店へ戻れる見通しは立たなかった。
母親へ会ったとき、エレノアは彼の名を呼んだ。女は、覚えていたのですね、と答えた。
「手当てと、その間の暮らしを支える手配をします」
「お願いします」
女は頭を下げたが、戸口からは退かなかった。
「助けていただいたことは、息子にも話します。でも、あの日お尋ねしたことまで、なかったことにはできません」
「はい」
エレノアはそれ以上言わなかった。遠征の報告書に、何を残すべきかは、もう決めていた。
黒い石は、人の魔力で魔族の欠片を保つ器だった。リーゼたちの調査でそう分かり、人々の印も薄れていった。森の巨石に新たな亀裂はなく、今も二人の半円を通る力が封印を支えている。エレノアは定期調査の費用を認め、報告へ署名した。
その日の仕事を終えてから、姉へ政務を続ける意思を伝えた。マリエルは数日考えたいと答えた。
数日後、姉の返事を聞いたのは、公都に設けた安否照会の部屋だった。
避難所と帰郷の一団から届いた名簿が机へ並び、壁には、まだ行方の分からぬ者の名を書いた紙が留められている。訪れた人々は自分の家族だけでなく、隣村の者や、避難の途中で別れた者についても、知る限りを役人へ伝えていた。
「あなたが決めてきたことを、まず聞かせて。私の知らない間に、ずいぶん遠くまで来たのだから」
エレノアは王都での神判から話した。メースンで待った理由まで聞き、姉は、その間に何人が食べられるようになったのかと尋ねた。
すぐには答えられなかった。
「戦いのさなか、公都で出会った人の中に、私に怒っている方がいます」
ロゼンと母親のことを話した。姉は妹を責めなかったが、慰めてもくれなかった。
「その方のお話は、私にも聞かせていただけるかしら。私もその方と話してみます。あなたに言いにくいこともあるでしょうから」
エレノアは名簿の端を押さえた。姉の返事を待っていたはずなのに、今度は自分が待たせていた。
「お願いします。お姉さまがお会いになりたいと、私からお伝えします」
マリエルは壁の紙へ目を向けた。
「名簿は、役人だけで閉じてしまっては駄目ね。間違いに気づいた方が、ここへ来て直せるようにしましょう。答えを受け取るだけの部屋にはしたくないの」
それから、机の上の紙を一枚取った。
「こちらの仕事は、私に任せてほしい。役人もつけて。私一人では、手紙だけで一日が終わるの」
必要な役人の数を決め、二人で名簿を分けた。夕食を呼ぶ声に、姉妹はそろって、もう少しだけ、と答えた。
翌日、ジェラルド立会いのもと、公都奪還の報告書へ署名することになった。
書記が、末尾に近い一行を指した。
「メースンで出立を遅らせた日数は、王都へ送る写しから外されますか。補給の事情として別紙へ移すこともできます」
クリマルが、机の上の紙へ目を落とした。
「継承の儀を前に、姫のご判断を疑う材料にはなりましょう」
エレノアは、その行を読んだ。
「そのままにしてください」
書記の筆が止まった。
「早く発てば、あの方の息子を救えたとは、私は言えません」
ロゼンの母の顔が浮かんだ。
「けれど、待っていた間に、公都へ連れていかれた方がいたことまで、勝利の報告から消すわけにはいきません。食べられるようになった町の者も、連れていかれた方も、同じ報告に残してください」
ジェラルドが紙を引き寄せた。
「副将として、補給を待たなければ町と軍の双方がどうなったかも、同じ頁に記します」
「お願いします。私が正しかったと証明したいのではありません。次に判断する方が、何を選び、何を失うのかを見落とさないように」
書記は新しい紙を取り、書き直し始めた。
エレノア=クレセント。ベルティネ公爵代理。
署名を終えると、書記が名と役職を読み上げた。スルトヴが深く頭を下げる。エレノアも、公国の紋章の下に並ぶ騎士と役人へ礼を返した。
王都への返書には、シェリル伯への招待も添えた。父の若い頃の話を、今度こそ聞きたかった。
王国軍の先発隊が帰途につく朝、城門の前は、出ていく荷車と入ってくる荷車で詰まった。
ジェラルドは行列を見て、帰り道まで姫に待たされるとは思わなかった、と言った。エレノアが謝りかけると、彼は馬の手綱を従者へ渡し、預けていた書状を取り出した。王都へ送る報告の写しだった。
公都の門を開いたこと、内庭へ入り、術具を断ったこと。その中に、同心連環を使った術士たちの名もあった。エレノアが庭へ出て子供を助けた者の名を探すと、ジェラルドはその行を指した。
「持ち場を離れたことも、書きました」
「はい」
「次は配置を変えるべきです。目の前で人が倒れても動かぬ者ばかりを、集められるわけではない」
エレノアは写しを畳んだ。彼の報告には、メースンでの遅れも記されていた。先ほど署名した自らの報告にも、同じ日付を残したばかりだった。
ジェラルドは、今度はナイリューへ向き直った。
「王都へ来ることがあれば、知らせてくれ。今度は王家の宝剣を借りず、自分の剣で君と戦いたい」
「こちらは、少し鈍るかもしれません。しばらく剣より、荷物を持つことになりそうなので」
ナイリューが城門の荷車を見た。ジェラルドは笑い、痛む脚をかばって従者の手を借り、馬へ乗った。リーゼはすでに馬上にいたが、エレノアへ小さく巻いた紙を渡した。
安全に魔力の道を閉じるため、試作の板に、余った力をいったん受け止める石を加える仕組みの図だった。
「毎回、あの人数に集まってもらうわけにはいきません。普段は道具で補えるようにしましょう。次に試すなら、私にも知らせて」
エレノアが礼を言うと、リーゼは返事の代わりに手袋を直し、ジェラルドの隣へ馬を寄せた。二人を先頭に王国兵の列が動き始め、門の前に、ようやく人が通れる隙間ができた。
そこへ、イーファが帳簿を抱えて入ってきた。
「よかった。まだいた。荷車のことなんだけど」
修繕費の書面を見て、エレノアは聞き返した。予想より少ない。イーファは、使える板まで新品にする必要はない、と紙の端を叩いた。
支払いの係を呼ぶ間、イーファは二人へ城下の倉を指した。
「昼から人手を借りるよ。騎士様も、お姫様も、働ける分だけ」
「分かりました。午前中は、少し出てきます」
エレノアが答えると、イーファはナイリューを見てから、友人へ目を戻した。
「二人で?」
「はい」
「じゃあ、お昼まで。荷物は逃げないけど、私の我慢には限りがあるからね」
イーファは笑い、受領の紙を係へ渡した。エレノアがそれを受け取ろうとすると、もう済んだと追い払うように手を振った。
エレノアはそのあと、ナイリューと城下へ出た。
クリマルには昼までに戻るよう言われていた。積み上げた書類を先に見せられたので、約束を忘れることはできそうになかった。ユージンは救護所へ寄ると言い、途中まで一緒に歩いた。門の上から呼び止める者があり、彼は足を止めず、昼に来るよう大きな声で返した。
菓子屋の戸が開いていた。
並んでいるのは菓子ではなく、小さな丸いパンだった。エレノアは王都の机へ残した包み紙を思い出した。奥から主人の妻が現れ、二つですか、と尋ねてから、慌てて手を拭いた。
「そのままで。二つ、いただけますか」
主人は郊外の親類のところへ逃れていたが、戻る途中で足を傷めたという。奥から大丈夫だと声がして、女は今朝も同じことを言った、と小声でこぼした。エレノアはパンを受け取り、代金を置いた。菓子を作るには、まだ足りない材料があるらしかった。
「また来ます」
店を出ると、ナイリューが片方の包みを受け取った。城へ戻る坂へ向かいかけた彼を、エレノアは呼び止めた。
「少し、川のほうへ行きませんか」
「昼までに戻れって、二人から言われたぞ」
「まだ朝です」
彼は笑って、道を曲がった。
川沿いの石段には日が当たっていた。二人は腰を下ろし、包みを開いた。流れてくる水音に、城の騒ぎが遠くなる。
エレノアはパンを持ったまま、彼の外套を見た。自分の縫った箇所が残っている。繕い直す話なら、いくらでもできる。今も、その話を選びそうになった。
「公国を取り戻せました」
「ああ」
「神判へ出るために、あなたの婦人になると申し出ました。あのときは、それが必要だからだと、皆さんに説明しました」
ナイリューは包みを膝へ置いた。
「必要だっただろ」
「はい。でも、それだけのように言ったままなのは、嫌です」
川を見れば、言わずに済みそうだった。だから、彼を見た。
「公国のために選んだのは、本当です。私があなたを好きだから選んだのも、本当です」
言い切ると、耳まで熱くなった。彼の返事を助ける言葉も、引っ込める言葉も、足せなかった。
ナイリューはしばらく動かなかった。
「今、聞き違えたら困ることを言ったよな」
「二度は、すぐには言えません」
「じゃあ、俺から言う」
彼は包みを石段へ置き直した。片手で済ませず、両手を空けてから、エレノアへ向き直る。
「俺もエレンが好きだ。昔、門で引き留めてくれたから、ここまでついてきたんじゃない。今、一緒にいたいからいる」
エレノアは唇を開いたが、声が出なかった。国王へ軍を求めたときには、あれほど言えたのに。
ようやく出た言葉は、ひどく頼りなかった。
「これからも?」
「これからも。ただ、何でも言うとおりにはしないぞ」
「知っています」
笑うと、涙まで出そうになった。
ナイリューが手を差し出した。誓約の印を重ねるためではなかった。エレノアも杖を脇へ置き、その手を取った。魔力は流さずにいた。
城の鐘が鳴り始めた。時を知らせる鐘だった。
「戻らないと」
ナイリューが言ったのに、先には立たなかった。エレノアは包みを持ち、もう片方の手を握ったまま立ち上がった。
坂へ戻ると、木を積んだ荷車が通りかかった。二人は軒の下へ寄った。荷車の後ろで、子どもが落ちた小枝を拾い、母親に呼ばれて走っていく。
エレノアはパンを一口かじった。少し塩が強い。次はお菓子があるでしょうか、と言うと、ナイリューは店を振り返った。
「ここのも書いておこう。あの紙に」
「覚えていたのですか」
「おいしかった店だけなんだろ。大事な書類だ」
「王都へ置いてきてしまいました」
「じゃあ、こっちでもう一枚だな」
彼女は笑って、つないだ手を引いた。
城へ戻る坂を、二人は手をつないで上った。
昼前、王都からの早馬が城門へ着いた。
届けられたのは、正式な継承の儀に関する照会だった。その末尾に、王立魔法院からの要求が添えられていた。
同心連環の術式、その使い手、誓約を持たぬ領民が関与した経緯、それに魔族の存在について、王都での説明を求める。
エレノアは最後まで読み、机へ置いた。術式と魔族の説明を求める行を、もう一度読み返す。
クリマルは返書用の紙を用意した。ナイリューが向かいへ座る。
「行くのか」
「説明はします。ただ、同心連環の術式だけを渡すことはできません」
クリマルは机の脇から、一枚の写しを取り出した。人を通す道を初めて試した日に記した、〈人を通す道の定め〉である。
「術式図には、こちらを添えます。魔力の道を結ぶかどうかは本人が選ぶこと。道を結ばぬ者と、途中で手を離す者の理由は問わず、咎めないこと。送る側は道が閉じた理由を探らず、余った力は送り手へ返し、別の者へ押しつけないこと」
エレノアは写しを受け取り、返書の脇へ置いた。
「試作の板が壊れたことも、隠さず記してください」
クリマルは頷き、筆を取った。
「では、王立魔法院へは」
「公都で説明の場を設けます。ここで術を使った術士と、話すことを望む領民の声も聞いていただきます」
窓の外では、倉へ荷を運ぶ者たちが声をかけ合っていた。
エレノアは返書へ、公都で説明の場を設けたいと記した。
今度は、この国で、王都の者たちを迎える。
2026/09/27 大幅な加筆・修正




