068 精神世界への鍵
カップラーメン。あの味は大人になっても忘れられない味なのに、子供ならば尚更忘れられないだろう。
(嗚呼……カップラーメン)
聖人は嘆いていた。神代月波が同居人になってからというもの、カップラーメンはおろか、コンビニ弁当すら口にしていない。
神代月波と出会うまでは毎日の様にカップラーメンとコンビニ弁当にお世話になっていたため、聖人はあの味を忘れないでいた。
(腹減ったぜ)
聖人は朝早くに目が覚めた。時計を見ると、まだ朝の四時だ。朝食まで四時間近く時間があった。
(仕方ねぇ)
そう思った聖人は再び煎餅布団に身をくるめた。
(………………)
寝れない。聖人は鬼の様に目が覚めてしまった。
「畜生っ」
聖人は布団からこっそり抜け出して、タンスからへそくりを取り出した。財布や貯金などは全て神代が管理しているので、聖人は自由に使える金が限られている。
「悲しいぜ」
封筒だ。科学が発展した日本で、お金に封筒を入れているのは聖人ぐらいであろう。
「よし」
聖人は覚悟を決めて、アパートから飛び出した。目指すは近所のコンビニ。
「暗いな」
碩大区は眠らない街と比喩されているが、どうしても自然には勝てない人達はいるものだ。明らかに人通りが少なかった。
「Benvenuto」
コンビニの自動ドアが開くと、大学生の兄ちゃんらしい男が聖人に挨拶をした。勿論、営業スマイルだ。
聖人は、コンビニ弁当とカップラーメンのチャンポン味を買い物かごに入れた。
「おっと……飲み物もいるな」
聖人と浪太の中で、ひそかに流行っているブドウ味のジュースも買い物かごに入れ、レジに持っていった。
「Benvenuto」
店員はにこやかな表情でレジ打ちを始めた。その時である。
コンビニの自動ドアが開いて、聖人に見覚えのある男が入ってきた。
「てめぇ……!」
男の正体は威吹だった。全身和服姿で、コンビニに買い物に来ている姿は、少し滑稽じみていると思った聖人。
「やあ、こんばんは」
「零界堂家の当主様が、こんな所で何を?」
「バイトですよ」
威吹の変わりに店員が答えた。
「そうなのか?」
てっきり、冷やかしで来たのかと勘違いしていた聖人。
「妹はまだ中学生だからね。妹の分も僕が養ってあげているのさ」
威吹はそう言って、バックヤードの中に消えていった。
「合計3点で699円です」
「あ、はい」
封筒の中から千円札を抜き取った聖人。
「311円のお返しです」
店員は計算をする事も無く、レジからお釣りを取り出した。まるで、当たり前の様に。
「お弁当温めましょうか?」
「あ、はい」
「灼熱の業火」
店員は弁当に手をかざした。その瞬間に弁当が温まった。
「お箸入れておきますね」
「メーチ」
聖人は買い物袋を受け取った。
「Grazie peril vostro acquisto(お買い上げありがとうございました)」
「Di niente(また来るよ)」
そう言って、聖人はコンビニから出た。今にも跳ね上がって喜びの舞いを踊ろうとする衝動を押さえながら。




