054 人間と呼ばれていた者
無音の深夜を駆け抜ける者がいた。
名はラストラッシュ。盗賊ギルド第六世代東京都碩大区支部の支部長だ。何故、彼は夜中に碩大区中を飛び回っているのか。
彼はここ三日で使い魔を二体失った。
一体目は、鈍腕暴狂熊だ。鈍腕暴狂熊とは、聖人達を誘き寄せるために使い魔契約した恢飢である。
物を破壊し続けるという特徴があるため攻撃力は高いのだが、とにかく頭が悪い。死角から下級魔法を連射するだけで倒せるだろう。ランクはFで、個体差はあるが、約8~10万の賞金額だ。
二体目は、戒律黒翼死烏。戒律黒翼烏とは、新井マンションで恢飢現象を引き起こしていた所を偶然発見したラストラッシュが、使い魔契約した恢飢である。
ところが、獅子浪太とヴォルフガングの手によって抹殺されてしまったのだ。
そして、ラストラッシュが夜中に碩大区中を飛び回っている理由に繋がる。
理由は新しい使い魔を見つけるためだ。
今までに、ラストラッシュが契約した程度のレベルでは直ぐに滅せられるだろう。そう考えていたラストラッシュは、次なる大物を狙っていた。
そう、警察官二名を粉砕した恢飢である。
「この辺りですか」
森に繋がる道は強力な魔法障壁で封じられていた。
「フフフ」
一般警察が張った魔法障壁なぞ、ラストラッシュにとって赤子も同然だった。
ラストラッシュはあろう事か、魔法障壁を破壊するのではなく、通り抜けた。
魔法障壁が発動しないタイミングを見計らったのだ。所謂、魔法障壁に存在する隙の時間は、0.003秒である。それを目で見て判断したのだ。
人並み外れた動体視力とSPEEDを持つラストラッシュならではの技であった。
「恢飢の脈を感じますね」
ラストラッシュは満を持して森の中に侵入した。
「これは素晴らしい光景だ」
既に森の中は敵の手に落ちていた。無数の恢飢が招かれざる客を監視しているのだ。
(攻撃……しませんね)
誰かに命令されているのか、恢飢達はラストラッシュを襲わないのだ。
恢飢達は基本的に魔法収容力の数値が高い者を狙って食す。
特にラストラッシュは絶好の餌であるはずだ。
(成程、ハイエナですか)
周りの恢飢達はラストラッシュの亡骸を狙おうとしているのだ。
それは即ち、他に強大な恢飢が潜伏している事を表している。
ラストラッシュは望む所だと、森の奥へと進んでいった。
「居ましたね」
全長10mはあろう巨大な恢飢と対峙した。そして、両者共に一歩も動かない展開に。
恢飢は感じているのであろう。ラストラッシュから溢れる魔法収容力の波動を。
見定めているのだ。森の番人である自分と戦える器かどうかを。
「グオオオオオオ!」
数分間の沈黙が流れ、その沈黙を破ったのは恢飢だった。大木の太さはあろう右腕を振り降ろしたのだ。
まもなく、森は地響きを立てて揺れた。
鉄槌が下った。その場にいる恢飢は口を揃えてそう思っただろう。
「……?」
右腕に違和感があった。というより動かない。
土煙が舞い始め、じょじょにラストラッシュの姿が見えた。
「最高の一撃でした」
「……!」
ラストラッシュは、人差し指一本で制止した。警察官二名を瞬殺した恢飢の一撃をだ。
躱す事も出来たが、森の番人に敬意を表し、躱さなかったのだ……敢えて。
「雀羅」
そう言うと、暇を持て余していたラストラッシュの右腕が赤く輝いた。
「裂き躯の鉤爪」
ラストラッシュは右腕を軽く振った。それだけで、恢飢は血飛沫を上げたのだ。
「ヌ・オ・オ・オ・オ!」
瞬間、恢飢の右腕が弾き飛んだ。
大量の血が、ラストラッシュに降りかかる。
「フフフ」
血の雨を全身に浴びても微動だにせず、むしろ満足気な顔をしているラストラッシュであった。
「私の手足となり、存分に働いてもらいますよ」
赤色のカードを使用し、恢飢を封印。
やがて森は静寂に包まれた。
「かつて人間と呼ばれていた者――レマルゴス」
恢飢の封印カードにはそう書かれていたのだ。




