040 純琴術律
夕焼け空が美しい碩大区であった。
築三十年のボロアパートから出た二人は、夕焼け空とは正反対の暗くジメジメとした路地裏に来ていた。恢飢は基本的に人から隠れた場所に潜伏しているのだ。
逆に言えば、こちらから攻撃しない限り無害とも言えるが、いざ暴走しよう物なら一気に手がつけられない。そうなる前に退治しないと恢飢現象になってしまうのだ。
「反応はこの辺りね」
いつものように、神代が恢飢探査機のルホンモリアを使っている。恢飢に近づくと、レーダーが赤く表示されるのだ。
「あれか?」
聖人が指を差した場所に恢飢が居た。しかし、聖人は疑問を感じていた。恢飢は、狭い道路の真ん中で一歩も動かずに佇んでいるのだ。
「よく見つけたわね」
神代からお褒めの言葉を戴く聖人であった。
「にしても……あいつ動かないな」
「きっと警戒してるのよ」
「ていうか、寝てるのか?」
「おーい馬鹿野郎」
聖人に呼びかけられても、恢飢は指一本動かない。まるで気絶している様だ。
「チャンスよ。退治しちゃいなさい」
「おう」
ポケットから熊ちゃんのキーホルダーを取り出した聖人は、キーホルダーを天高くかかげた。
「破鏡」
聖人がそう言うと、キーホルダーはあっという間に武器へ変形した。
「なんだこれ?」
武器を不思議そうに見回す聖人。キーホルダーはメイスに変わり、メイスの頭部に棘が生えているのだ。
「モーニングスターね」
神代が横から顔を出してきた。
「モーニングスター?」
それは聖人にとって、聞き覚えの無い名前だった。
「中世ヨーロッパで使われていた武器よ」
「知らないな」
「まぁ、日本だと釘バットの方が有名ね」
「ようするに、釘バットのメイスバージョンだと思えばいいんだろ?」
「そういう事」
聖人はモーニングスターに力を入れて恢飢に近づいていった。いつ襲われるか分からないので、忍び足で歩いている。
「今よ」
「わかってらあ!」
恢飢の頭蓋を思いっきり砕いた聖人。殴られた恢飢は、直立に倒れて爆発四散した。
「ごほごほ」
爆発した恢飢から煙が溢れる。二人は煙を吸わないように服で鼻を隠した。
「罠だ!」
神代は危険を感じながら叫んだ。
「罠ァ?」
しかし、聖人は訳が分からないといった様子である。
「ダミーホー……プ」
神代は何かをいいかけながら、地面に倒れた。
「横文字並べられても分から……ねぇ」
聖人も倒れる。この煙は催涙ガスで、二人は気を失ってしまったのだ。
「上手くいったね」
「本当だ。引っ掛かってやんの」
すると、ガスマスクを被った二人組が現れた。二人は男と女である。
二人は神代と聖人の身体をまさぐる。何かを探している様子だ。
「あったよ姉ちゃん」
男が、聖人のポケットからMASATO☆ヅラッカーを取り出した。
「やったね。任務完了」
喜んだのも束の間、突如にして大風が吹き荒れて、催涙ガスが風で飛んでいってしまう。
「なんだよ、これ?」
「アタチに言われても知らないわよぉ」
戸惑う二人の目の前に一匹の猫が、尻尾を向けていた。その尻尾は扇風機の様に回り、やがて止まった。
「危険を感じて戻ってきたが……やはりであるか」
「猫が喋った!?」
「馬鹿者が、吾輩はただの猫では無いぞ」
「じゃあ何よ」
「吾輩は使い魔である」
アッシュの尻尾から闇のエネルギーが集束された。そう、あの技を使う気なのだ。
「ヤバイヤバイヤバイ。姉ちゃん逃げるぞ」
「う、うん」
マスクとMASATO☆ヅラッカーを投げ捨てて、足早に駆け出す二人。
「純琴術律・濁」
全てが遅かったのだ。まもなく、盗人二人の叫び声が路地裏に木霊した。
「うわあああああ!」
攻撃魔法が直撃し、天高く舞い上がる二人。そのまま二人は何処か遠くまで弾き飛ばされてしまったのだ。
「お主ら、大丈夫かの?」
前足で顔をポンポンと叩くアッシュ。あくまで優しく、爪を立てずに。
「うん……?」
神代がモゾモゾと身体を動かしながら起き上がった。
「ちょっと、聖人」
イビキをかきながら、だらしない顔で寝ている聖人に呼びかけた。
「神代ぉ……ムニャムニャ」
「何?」
「お前さぁ、以外と乳小さいんだな……ムニャムニャ」
「ちょっと! どんな夢見ているのよ」
夢を見ながら寝言をほざいている聖人にブチ切れた神代であった。




