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第77話 ラストソング・アンド・アンコール

「姉上、ご無事でしたか!」

 アルフレッドが一瞬よろめきかけながら叫んだ。王としての立場も矜持もかなぐり捨て、ただ一心に姉を慕う、弟の姿。

「アルフレッド。久しぶりですね」

 エセルスリスの穏やかな声が響く。

 修道院長と聞いてとっさに連想するような、しわがれた老婦人のものなどであろう筈もなく、その声には意外なほどの若さがあった。

「ミルドレッドに預けた伝言は、届きましたか?」


「聞きましたが……馬鹿げている! どうかお心を確かに。ウェアハムの修道女たちにはあなたが必要です、戻ってきてください!」


 エセルスリスが肩を落とし、わずかに俯いた。漏らしたであろう小さなため息が、俺の耳にまで届いた気がした。

「私は正気ですし本気ですよ、アルフレッド。彼らデーン人たちにこそ、主の御教えが必要なのです。無慈悲で冷徹な習慣に染まってはいますが、彼らはウェセックスの農民と同じく、土地を求め耕すことを志すアダムの末裔です。そこに本質的な違いは何もないわ」


 正論だ。だが俺にはなぜか、彼女の言葉がどこか空虚な色を帯びたものに感じられた。


「姉上のおっしゃることは分ります。ですが、だからといって姉上が……」

 アルフレッドの言葉は語尾を濁した歯切れの悪いものになった。それはそうだ。幾らなんでもこの両軍の将兵全てが見守る中で、『王の異母姉が敵の首領に嫁ごうとしている』などと明かすことは出来まい――

「アルフレッド……私は庶出とはいえ王の娘。王国のために嫁ごうと心を決めることに、何の不都合がありましょうか。それに、グソルムは歴としたデーン人の王です。釣り合いが取れないことは無いでしょう?」

 あろうことか、エセルスリスは一言のもとに弟の苦慮をぶった切った。


「姉上!」

 王の叫びを合図にしたように、エセルスリスはついと踵を返して城門の上から奥へ下がり、姿を消した。デーン人たちの哄笑が彼女の立ち去ったあとの空間を塗りつぶす。

「はっ、まるで寝取られた亭主だな!」

「見たか、あの泣き出しそうな顔を」


 あんまりといえばあんまりだ。姉の安否を気遣って、彼が内心ではどれほど悶え苦しんでいたか、どれほどの努力でそれを押し隠して気丈に振舞ってきたか。アルフレッドの近くにいた俺たちには、それは言葉にせずともひしひしと胸に迫って感じられていたのに。


「そういう問題ではありません……姉上。そういう問題では……!」

 姿の見えなくなった姉に向かって、アルフレッドはなおも空しく繰り返した。


「良くわからんが、なんだかずるい女だなぁ」

 ヴァジが呟くのが聞こえる。


(ずるい、と言うか逞しいというべきか……)

 エセルスリスには、継承権争いの火種になることを懸念して、本人の意思に関わりなく修道院に送られたという過去がある。

 その意趣返しに、と見るのはあまりに皮相的なものの見方だろう。だが王国のために自らの身を捧げるとか、伝道のためにあえて苦難の道を選ぶ、といった名目のほかに、同時に彼女が手にするものを期してはいない、とも思えない。


 フリースラントで出会ったザラのことが頭に浮かぶ。彼女は家族を失った悲劇の中から、新しい生活を始めるという希望を拾い上げ、ブレーメンを目指した。エセルスリスもデーン人たちとの出会いや俺の歌から、自分の人生と運命を変える希望を見出したのかもしれない。

 だがそのために、アルフレッドの体面や彼が近親者へ向ける情愛といったものに目をつぶれるのだとしたら、彼女は確かにずるくも逞しい人物だと言える。

 エセルスリスがその意志を押し通したとしても、彼女の行動はキリスト教社会から、あるいはこの時代の男社会から見て実際のところ何の問題もない。彼女はそこまで計算している――おそらくは。


 何か言葉に尽くしがたい感情が俺の中にあふれた。アルフレッドとエセルスリス――血を分けた二人の間であっても、男と女の違いは氷河に口を開いたクレヴァスのように、隔絶の深い闇をたたえている。その奥からほの暗い瞬きを見せる、なにか星のようなもの。



 俺は皮袋の口を開けて、コメットを取り出した。


 城門の方から武具のがちゃつく音が聞こえてくる。一見場違いな姉弟の愁嘆場に痺れを切らせ、デーンの戦士たち百人ほどが武器を手に、浅瀬を渡ろうとし始めていた。それを視界の端に認めつつ、俺は弦をかき鳴らした。




 マリアは息子の亡骸を十字架から下ろす


 髑髏の丘(ゴルゴダ)にそびえる三本の十字架――


 逃れ歩み去った男もまた 義の人として死んだ



 女よ あなたの悲しみは


 いつまでも苦い涙のままなのか?



 シギュンは夫のために滴る毒を桶に受け続ける


 炎と煙の中で古い世界が消える――


 戒めを解かれたロキは敵と相抱いて果てる



 女よ あなたの嘆きに満ちた日々は


 未来を育み待ち望むものに変わるだろうか?




 地に落ち泥にまみれて後 


 初めて麦の粒が芽吹くように


 傷つき汚れても あなたは笑顔を失わず


 輝きと驚きをこの世に呼び戻そうとする

 



 女よ


 どうぞ笑って送り出してくれ


 我ら愚かな男たちを 


 どこまでも続く長い列――


 傷つけあい争うことが あなた方を守ることだと


 信じることをやめられない 男たちの列を




 周囲の視線が、俺に集まった。『これは何なのだ?』ともの問いたげな顔、顔――


「あー、えへん」

 歌詞の続きが思い浮かばなかったのもあって、俺は演奏を打ち切り、わざとらしい咳払いでMCに繋いだ。

「……どうやらエセルスリス様は女人なりのやり方で、この争いに終止符を打とうとなさって居られる。俺はそのお心に寄せて歌ったまでだ……だが見てくれ。デーン人たちはそんなことにはお構いなし、まだ戦いたいらしいぜ! あの通り、挑戦の叫びを上げてこちらへやってくる」


 男たちの顔に不敵な笑みが浮かんだ。

「はッ! 出番というわけか」

 盾壁が誰からともなく形成される。その最右翼には驚いたことにハーコンが立っていた。

「俺はまだ戦えるぜ。つぶれたのは右目じゃないからな、俺を隻眼と侮って左に廻ろうとする奴は――グンナル、お前が片付けろ」

「解った。流石だぜ従兄者」


 全く、戦いが避けられないと判った時のこの二人と来たら。ハーコンは村に戻っても畑になど専念しそうにない。

 オーラブが槍を、ホルガーがスルズモルズを手にその左に連なった。アースグリムが自信たっぷりに最左翼の、これも重責とされる位置につく。


 ロルフが列の中ほどにいる――あの使い込まれた古い剣を手にして。

「殺し合いにはうんざりだが、この旅が終わるまでの間は……皆のために剣を振るおう」

 彼の呟きが聞こえた。


 ブレーメンでも同じようなことを聞いた気がする。あの時は確か、『皆と合流するまで』だった。少しずつ延ばされていく期限――なにやら21世紀でよく耳にしたいやなニュースの類が思い出によみがえるが、彼が折り合いをつけられるのなら何よりだ。


 ああ。俺にとっても21世紀の平和な文明社会はもう遠くなった。

「……ホルガーが以前、俺に言った通りなんだろうな。挑戦を受けたならば、俺たち男のとるべき途は結局一つしかない。傍目にどれほど愚かであろうと、残酷であろうと」


 女たちは悲しむだろう。それでも戦わなければならないときはある。

「悲しい現実だが、俺たちの心には今もウェアハムであの日見た希望がある! それを忘れずに、今は戦おう」


 男達がばらばらにうなずいた。

「なあに、やるってんなら叩き潰すだけだぜ」

 ヨルグの素朴で明快な気焔が、今は大船のマストのように頼もしい。


 一呼吸の後、俺は腰に吊った曲刀――ここしばらくの間に『ダーマッドの左腕』と呼び慣わすようになったその剣を抜き放ち叫んだ。

「ゴートカウンター! ゴートカウンター・ソング!」


 ゴートカウンター・ソング! ゴートカウンター・ソング! 


 皆の歓声が上がった。演奏を再開するため、俺は剣を傍らの地面に突き立てる。一人アースグリムだけが一瞬怪訝な顔になるが、すぐに状況を飲み込んだらしい。

「ははあ、これがあんたらの流儀と言うわけか。悪くないな!」


 盾の金物を剣の腹で打ち鳴らし、男たちは衝突の瞬間を待ち受ける。ウェセックスの兵士たちも、槍と盾を構えて体勢を整えた。

 そして、川を渡りきったデーンの戦士たちが、土手の斜面を駆け上がる不利をものともせずに殺到してくる。重量のある肉体を盾が受け止める、鈍い音が響く。両軍の接触した場所で絶叫と血飛沫がほとばしった。

「俺の名はオスヴァルド! アンスヘイムの衆よ、貴様らが倒したオスムンドは俺の従兄弟だ。仇を討たせてもらうぞ!」

 敵の先頭に立った赤毛の男が、スルズモルズに匹敵するほどの巨剣をかかげて挑戦の叫びを上げる。

「相手にとって不足なし! オスヴァルドとやら、『膝砕き』ホルガーが相手だ!」

 二つの隊列が真っ向からぶつかり、両雄はその望むところに従って互いの刃を噛み合せた。


「こいつを頼む」

 俺は数歩駆け戻って、イレーネに押し付けるようにウードを手渡し、声を張り上げ歌いながら、剣を手に仲間のところへ走った。ロルフが再び剣をとったその同じ戦場で、俺だけがただ歌うことは何やら引け目に感じられる。


 後ろでイレーネが何か叫んだが、もう聞こえなかった。





 ……俺達は集まり仲間を数える


 知った顔は消え失せても 明日生まれる希望がある!



 さあ俺の角を見ろ! 俺の蹄を見ろ!


 並べろ肩を 突き出せ角を――



 

 おそらくは、後世にダマスカス鋼として知られるようになった物と同じか、類似の材質なのだろう。『ダーマッドの左腕』は非力な俺がふるってなお、ヘーゼビューでの戦いでシグルズの斧を割った時と遜色ない切れ味を発揮した。

 ヨルグの攻撃をかわしたデーン戦士が体勢を崩して俺の前へ踏み込んで来る。斬りつけた俺の剣は盾で受け止められたが、そのまま中心の金属部分に食い込んで気味の悪い音を立てた。接合部の鋲がはじけ飛んで木材が盾から脱落すると、そこをウェセックス兵の槍が襲った。

 

 どのくらい戦闘が続いたかは覚えていない――脳が記憶を拒否していたのかもしれない。ひたすら斬りつけ、突きこみ、返り血を浴びて俺たちは戦った。

 ホルガーとオスヴァルドの対決は、スルズモルズの一閃で盾ごと相手を切り裂いた、ホルガーの勝利で決した。概ね仲間の盾に守られ通しだったが、俺自身も二人ほどまぐれ気味に殺した。


「結局、殺しは避けられないんだな」

 ため息とともに漏らす俺に、ヨルグが顔の半分を敵の血で真っ赤に染めながら苦笑いを向けた。

「好きこのんでやるわけじゃないさ。生き延びなきゃ選択の余地すら与えられない」

 悔しいが、そういうことだ。明日三人を助けるために、今日一人を殺す。人生も歴史もそんなことの繰り返しだ。人間はそんなに簡単に、今よりましにはなれない。

 殺されたくなかった人間の無念を記憶し、忘れずにいることが生き延びた者の責務――それに耐えられなくなった時に、戦士は死ぬのだろう。

「おい、また来たぜ」

 新たな一団が城門から現れる。

「さて、どこまでやれるかな」

 ヴァジが額の切り傷から血を滴らせながら首をひねった。赤い液体は彼の右目に流れ込み、視界を妨げているようだ。

「俺は正直、そろそろ逃げ出したいよ」

「そうは言ってもトール、後ろまで囲まれ始めたぜ」

「やるしかないか」

 剣を振り続けた腕が重い。力尽きて切り刻まれる自分の姿を思い浮かべ、頭の中が暗い闇に塗りつぶされかけたそのとき――北東から角笛と太鼓の音が近づいてくるのが聞こえた。



 戦いは不意に終わった。新たにウェセックス軍の増援が出現し、デーン人たちが不利を悟ってエクセターに退いたのだ。俺たちは何とか、誰も失わずに立っていることが出来た。

 サウサンプトンからウェセックス軍の後続部隊が、ハムワーから離反組のデーン戦士たちが到着したのだということは後で知った。



 二日後。デーン軍とウェセックス軍の間には再び和議が結ばれた。今度は腕輪の贈答はなく、デーン側から複数の人質をとる厳しい条件になった。

 エセルスリスは和議の席に同行していた。終始顔を伏せ無言で、だが女王の風格を感じさせる誇り高い様子で、グソルムの傍らに座していた。


「姉上。聖座には私から事後報告をしましょう。お心のままになされよ、願わくばお二人の前途が、双方の民にとって輝かしいものであらんことを」

 王はそれだけを姉に告げた。彼女はいずれ略式の手続きで還俗し、グソルムの妃として送り出されるのだろう。

 

 ウェアハムの包囲が破られた際に殺されたウェセックスの貴人たちのために、デーン人たちは重い賠償金を課された。修道院から運び込まれ、あるいはエクセターでかき集められた財物が、ウェセックス軍に引き渡されたうえで一部は俺たちのものとされた。



「望んだとおりの結果にはなりませんでしたが、あなた方は十分に良くやってくれた――約束の報酬です」

 アルフレッドが俺たちの前に財宝の山を積み上げた。上限額一杯と言うわけには行かなかったが、一人あたり銀80ポンド分はあっただろう。

 精緻な細工を施された金銀の器、宝石をちりばめた菓子入れ風のもの。綴れ織りの壁掛けに、象牙を貼り合わせた書見台。各種の決済に使われ貯えられた、発行者も意匠もさまざまな銀貨。夢多き時代の冒険家が思い描く一攫千金のイメージそのままの、鈍く光る堆積物だ。

 余人の目を灼く財宝の輝きを覆い隠すために設けられた、薄暗いテントの中。俺たちはアルフレッドとその数人の部下、それにミルドレッドを交えて静かに祝杯を干した。


「彼らが今後おとなしくこの地で暮らす、と言う保証はありません。だが少なくとも、しばらくの間の平和と、時間を手に入れることは出来ました……これをそう呼ぶことが適切ならば――ありがとう、勝利をもたらしてくれたのはやはりあなた方だ」

「ではもう一度乾杯しよう。勝利に」

 ホルガーが角杯を掲げて、満足げに微笑んだ。

 

「どうする、アースグリム。あんたの取り分は予定外だ、用意して無いみたいだぜ」

「おいおい、本気かよ。俺ぁあの艦隊をつぶした功労者だろうが」

「はッ、そりゃああんたじゃなくて嵐の手柄だろう」

 新参の戦士はすっかり、鎖蛇号の面々と打ち解けているようだ。

「そのくらいにしておけ。アースグリムには俺から少し金子きんすを出そう。お主の腕は俺が買ったのだからな」

 ホルガーが鷹揚に話題を引き取り、アースグリムもそれに従った。彼は豪胆で機転の効く、経験豊富な男だ。これからきっと頼りになる仲間になってくれることだろう。


 ミルドレッドは結局、エセルスリスの元には戻ることなく再びウェアハムへ向かった。エセルスリスもそれを望んだ。

 彼女には仲間の修道女たちとともに修道院を再建し、ウェセックスに帰属することを選んだデーン人たちやこの戦いで傷ついた兵士たちの療養を助ける日々が待っている。

 年来の忠勤に対し、何か求めるものはあるかと問うアルフレッドに、彼女は「エセルスリス様に代わって私たちをまとめ、修道会への参入と退出に承認をお出しくださる方をお遣わしください」と、ただそれだけを答えた。




 数日後、鎖蛇号は甲板の下に財宝を詰め込んでブリテン島を後にした。目指すはブリュッヘ。そして、ドーレスタットだ。

 イレーネとフォカスを越冬のためブリュッヘに下ろし、ドーレスタットで報酬の一部を冬の間の生活物資や貴重品に換える。長い遠回りをしたが、どうやらこの冬は皆で豊かに過ごせるだろう。そして、俺はイレーネと暮らす準備を冬の間に整えるのだ。



 ブリュッヘ外港の桟橋で別れるとき、イレーネはなにやらひどく物思いにふける様子だった。その事を指摘すると、彼女は眉を曇らせてブリテン島の方角を見つめた。


「トール。僕はイングランドからの船旅の間ずっと、エセルスリスさんのことを考えてた。色々な見方が出来ると思うけれど、一つ確かなことは、彼女は自分の身分と出自がなければ出来ないことをしたんだって事だ」

「それは」

 違う、とも言えなかった。

「僕はどうなんだろう? 果たして、自分の身分から、それに伴う因縁と責務から逃げ出してきたのは、正しかったんだろうか? それが気になって仕方ないよ……ねえトール。僕はいずれそいつと対決しなきゃならない時が来る、そんな気がするんだ」

「イレーネ……」

 俺はあの嵐の中でそうしたように、彼女の肩をきつく抱きしめた。

「そのときは、俺がきっとそばにいてやる――いさせてくれ」

 考えてみれば、あのバルディネスやハザールの騎兵達は、まだこの北西ヨーロッパのどこかにいるに違いないのだ。


 だが、彼らの思うようにさせはしない。

「君は俺の妻になって、アンスヘイムで暮らすんだ。誰が何と言おうともな。だから、ちょっと待ってろ。とりあえず買い物を済ませてくるさ」

「うん……秋の収穫祭には、フランドル伯の城で婚礼だね」」

 イレーネの眼差しがふっと力をぬいた柔らかなものになった。今手にしている幸せを確かめるように、俺の腰にまわした腕に力がこもる。

「待ってるからね」

 抱擁を解いた後、彼女はこちらが見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。




 海は晴れわたり、鎖蛇号はドーレスタットへ向かってひた走る。北西から吹きつける風が良好なのでオールは引き上げられ、皆は思い思いに作業にいそしみ、何人かはくつろいだ様子で休憩している。


 左舷の船尾近くで、船の後ろへと流れ去る白い泡をぼんやり眺めていた俺に、アルノルが声をかけた。

「辛いことや苦しいこともいろいろあったが、いいヴァイキング行だったな」

 そういって笑うアルノルに、俺も微笑を返した。

(いいヴァイキング行、か)

 出発前に案じたとおり、単純で小規模な掠奪を成功させる機会は、これからますます少なくなっていくに違いない。軍団に組み込まれての血なまぐさい戦場働きや、身一つを売り物に遠国まで稼ぎに行く傭兵稼業が、それに取って代わるようになるだろう。

 だが、俺にとってはこの夏は有意義なものだった。イレーネと再会し、深い絆を結ぶことになった。

 様々な人々と出会い、憧れの地ブリテンでは曲がりなりにも、音楽をもって人の心に変わるきっかけを蒔くことさえ出来た。アルノルは自分たちの苦難は棚に上げて、それを祝福してくれているのだ。


「そうだな。素晴らしい、いいツアーだった」


 俺はそう答えると、後は無言のまま、再び船の後ろに流れ去る白い航跡を見つめ続けた。 


 長々と続きましたイングランド編、これにて幕でございます。ウェセックス王国がこの後どのような歴史を辿るかは、それぞれにアングロサクソン年代記やアルフレッド大王伝などでお確かめください(無茶振り)。


 ペヴリル・ポイントに程近いスウォニジ湾には後日、世にも貴重な宝物が流れ着き、それはアルフレッドの宮廷に届けられて後世に伝えられる――そんなエピソードを考えたりもしましたが、それはどうあがいてもトールのあずかり知るところとはならないので、書くことを断念しました。


 さて、次回からしばらく、のんびりした日常パートを書き綴っていく予定です。NAISEIとかもあるかもしれません。無いかもしれませんw せいぜいだれないように、興味深いエピソードをちりばめ語っていく予定です。

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