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ともし火をかかげたくて~ハルシといた日々

ハルシの犬種は現在のノルウェイジアン・ブーフントという牧羊犬に近いものです。


「もう少し強く風を送れ、ヴァジ」

 鍛冶師のヘジンが厳しい声で息子に命じた。ふいごから送られる風でオレンジ色に輝き燃え上がる炉の中に、ややほの暗く赤い光を放つ鉄の塊。それはすでにあらかた剣の形に作りこまれ、最後の仕上げを待つ段階にあるようだった。


 槌を振るっている鍛冶師に声をかける度胸は、流石に俺にはない。ただ、待つだけだ。


 それにしてもこの工房は暑い。そろそろ夏に差し掛かる季節に、小屋の中で一千度近い熱を発する炉を焚いているのだから、当然ではあるのだが。


 鍛冶師が程よい頃合に加熱された剣を金床の上で叩き、歪みを直し形を整える。ヴァジもふいごを離れ、相槌を執っていた。

「それ、ヴァジよ。仕上げはお前がやってみろ」

「お、おう」

 突然の宣言にヴァジが目をしばたく。だが腕はすばやく父親からやっとこを受け取り、精妙な力加減とリズムで槌を振るった。まだわずかに鉄からはじき出される不純物が火花となって飛び散り、やがて絶える。

「まだまだだが、これまででは一番良いな」

 言葉とは裏腹に、ヘジンの表情は満足そうだった。

 もう一度剣全体を均一に加熱し、摂氏100度よりはやや低いであろう温度の湯へとくぐらせる。どっと水蒸気が吹き上がり、視界が白く霞んだ。加熱した鉄を冷却することで組織を変性させ、刃物に適した硬度と粘りを与える――すなわち、焼入れである。


「今だ、上げろ!」

ヘジンが叫び、ヴァジが剣を湯から空中へと引き上げた。鈍い鉄色に変わった剣身からはまだ薄く蒸気が立ち上っていた。

「しばらくそのままで持っとれ。モノを真っ直ぐにするには吊るすのが一番じゃ、女どもが糸を紡ぐときと同じよ」


 鉛直線か、なるほど。


 経験的になんとなく根本原理を理解しないまま使っていることって、世の中にはどれくらいあるのだろうか。そんなことを考えながら俺はヴァジを眺め続けた。




 ようやく解放されたヴァジが、自分が顔を洗った桶を俺にも薦めた。

「裏の井戸の水だ。冷たいぞ」

鼻水とか浮いてないか気になったが、とりあえずきれいな水に見える。鍛冶工房の熱気であぶられた肌に冷水が気持ちいい。


「それでトール、今日は何だって?」

「ああ、前に聞いた錠前、見せてもらおうと思って」

「そんなことか。だがトールのことだ、何かまた妙なことを企んでるんだろう」


 最近この村での俺の評価はなんというか、ひどく胡散臭い人物めいてきた。


 異国渡りの楽器を奏でて、人の心をさまざまに操るある種の魔法使いであるとか、おかしな小道具で準備もなしに火を起こして敵船を燃やすまじない師であるとか、子供にぺたぺたと手を触れて怪しげな説教をする変なおじさんであるとか。やった事の結果だがいろいろとひどい。特に最後は抗議したい。


「妙なこととは心外だなあ。ほら、あの魔法の火口箱覚えてるか?」

「サムセー島沖で火矢を作ったあれか」

 照井の100円ライターはとうとうガスが尽きて、ただのガラクタになった。発火装置がまだ使えないこともないが、単にそれだけの用途なら、普通に火打ち石と火打ち金を使ったほうが早い。大きな火花が出る。


 だが使節団の航海に参加したメンバーの間では、ライターを欲する声がその後も根強かった。あの一件から相当に強い印象を与えてしまったようなのだ。

 そんな訳でたまたまヴァジとある日話していて、ヴァイキング式の錠前が薄い金属でできた箱状の構造だと知った。それで思い出したのが、21世紀でオイルライターの代名詞のようになっていた、某社の商品だったのである。頭文字がZで始まるあれだ。


 もう一つ俺の意図が読めないまま、ヴァジがいくつか見本を持ってくる。俺は息を飲んだ。これは想像を絶する。やはりヴァイキングの技術水準はいろいろとおかしい。


 見かけは少し大きめの南京錠だ。だが外見に比して軽い。ヴァジが外殻の一部を切り取ったものを見せてくれた。

 銅か真鍮と思われる金属でできた箱の中で、弾力性のあるフラップを備えた掛け金が、普段は抜けないようにそのフラップで固定されている。


 鍵は薄い鉄の板に穴を開けたもので、鍵穴に差し込んで持ち上げることでフラップを両サイドから締め付け、掛け金が抜けるように変形させるのだ。この小さな機構の中に、高弾性のバネ鋼、おそらくは現物あわせとはいえ、掛け金と鍵の穴のサイズをそろえる加工技術、板金を加工して表面上継ぎ目のない箱を作る技術、と、ざっと三つもの優れた金属加工技術が織り込まれていた。


「これは……すごい。確か前に聞いた話では、これを作るのは鍛冶師の基本的な仕事だと聞いたが」

「ああ、旅先なんかでは自分の財産は自分で守るしかないからな。どの家でもこれや、もっと手の込んだ錠がいくつも使われてる」

「もうため息しか出ないな……まあいい。この技を応用して、こういうものを作りたい。あの火口箱のいわば代用品だが、意図どおりにできればあれより火力のある火を長時間燃やせるものができる」

 俺は久々に手帳を取り出し、これもそろそろインク残量が危ういボールペンで概念図を描いた。二重構造になった金属製の箱、内側の箱には円筒形になったヤスリと火打石の小片(具体的には石英やチャートなど珪素質の鉱物)を取り付け、ヤスリを指で回転させることで火打石を削って火花を出す。

「……俺はその『手帳』と『ペン』のほうが気になる。そのペンも作れるかな?」

「これは流石に無理だよ、ニシンの卵より小さな鋼の粒、それも完全な球を作れなきゃモノにならん。俺の国では修行を積んだ魔術師が精霊を使役して年に三本作るのがやっとだ」

 でまかせにそれらしい嘘をつく。ヴァジが畏怖に打たれた顔をした。


「この内側の箱には……そうだな、羊毛の細いところで作ったフェルトを詰め込もう。そこに揮発性の高い燃料油を――」

はたと言葉に詰まる。漠然とガソリンやナフサのようなものを考えていたが、この辺りで石油が取れるかどうかが分からない。タールがあるから、と漠然と考えていたが、石油とともに取れるのは実のところアスファルト、よくよく訊けば彼らが使っている『タール』は木材を加熱して得る物のようだ。完全に別物である。


 うろ覚えの知識ではたしか松脂か何かから揮発性の油が取れたはずだが――


「うん、蒸留器が必要だなこれは」

 またしても余計なガジェットをこの時代に持ち込んでしまう可能性に、俺は頭を抱えた。だが蒸留器があれば度数の高いアルコール飲料をはじめ、ほかにもいろいろと有用なものが手に入るだろう。


 ヘーゼビューで出会ったアラビアの楽器職人、ムスタファがニスの話をしていたのを思い出す。彼なら松脂の蒸留くらい、事も無げにやってのけるに違いない。ニスには揮発性の精油が使われる。俺は学生時代ギターに凝ったついでに仕入れた雑学で、そのことを何とか覚えていた。

 考えてみればこの時代、イスラム世界こそがギリシャ、ローマ文明の精華を受け継いで発展させる後継者にして保管者である――十字軍がその一部を持ち帰ってルネサンス萌芽の基礎とするまでは。科学の最先端は目下アラビアにあるのだ。


 そして、ギターに端を発してニス、揮発性油、ライター、蒸留装置、蒸留酒、アルコール消毒、と、人間の生存を容易にし生活を豊かにするアイデアが一本の線上につながる。学問の『生きた』姿を見る思いがした。


 学校の勉強など役に立たない、と人はよく賢しげに口にする。俺は声を大にしてそれに異を唱えたい。ふざけるな、と。


 ひとたび文明社会の庇護の下を離れ、生身で自然と向き合わなければならないその時、たとえ小学校理科レベルの科学知識でも、あるのとないのとでどれほどの違いが生じることか。それもそのはず、その知識こそは例えば今この時代にヴァイキングたちが命を賭して獲得し、子孫に伝えた知恵の先にあるものなのだ。

 ゆとり教育なんぞ考え付いた奴は、その結果尊い知の遺産から遠ざけられた世代に対して責任を取って、梁に吊るされれば良いと思う。


 さておき、俺はヴァジと更に蒸留器について検討を重ねた。何回か試行錯誤を繰り返すことだろうが、近い将来必ずヴァイキング式オイルライターはこの世に姿を現すだろう。よしんば数世代で跡形もなく消えうせ、元の火打石と火打ち金に戻るとしても。


 ヴァジ父子の工房をあとに家に戻ると、放牧から戻った羊の群れの中から犬の『ハルシ(Hvitur Halsi:白い喉)』が駆けてきて俺に跳びついた。このところだいぶ体重が増えていて、駆けてきたそのままの速度でのしかかられると押し倒されてしまう。


「うわっぷ! ハルシ、勘弁しろよ。お前洗ってない犬のにおいがするんだよ……洗ってない犬だから当たり前だけど」


「なんだかわけの分からないことを言ってるなぁ、トールは」

 羊の群れの後ろからスノッリが歩いてきた。今日はハルシの訓練の一環で、犬の扱いと訓練に長けた彼に放牧を頼んであったのだ。


「スノッリか。今日はありがとう。どうだった?」

狩人は駆け寄ってきてじゃれ付くハルシの、喉の辺りをもふもふとかき混ぜながら答えた。

「こいつはいい犬だ。頭がいいし、羊と上手くやる才能があるらしい」

 スノッリがもふった辺りには、そこだけ星のように白い毛の生えた部分がある。小学生のころ読んで多大な影響を受けた小説――ブリテン島の青銅器時代を舞台に、生まれつき片手の不自由な少年がハンデを克服して部族の戦士として成長していく話――に出てくる犬を思い出させた。それでまあ、こんな名前にしたのだが。


「普通は小屋の中に羊を詰め込んでやる訓練なんだが、こいつ野外で羊の背中に飛び乗って群れの上を駆け抜けやがったんだよ」

「なんだか凄いな」

「早いうちに雌をあてがって、子犬を産ませるのがいいかもしれないなあ」

優秀な犬の血を引く子犬は引く手数多だ。ハルシを貰ってくるのにも前の飼い主は相当に代価を吹っかけたと聞いていた。


「いいなあ、お前。優秀だと嫁の来手にも不自由しないのか」

 得意げに「わぉん」と一声吼えて舌を出したままヘッヘッと荒い息を繰り返すハルシを、俺はひたすら懇ろに撫で回した。洗ってない犬の匂いが手に染みつきそうだ。

「ん、トールはあれか、嫁とか貰いたいのか?」

 スノッリが答えにくいことを訊いてくる。

「ん、まあ……目下のところごく婉曲な表現で言えば、不自由と孤独をかこってる、というところだなあ」

「そうか、まあそうだよな。元気な盛りの男だし、それが長老と孫娘の住んでる家に居候で三人暮らしじゃあな」

 彼はどこか達観したような目で俺を見た。

「そういえばスノッリは独り身が長いんだっけな」

 スノッリは村の外れにある猟師小屋で一人で暮らしている。フリーダの両親が流行り病で亡くなった同じ年に、彼の妻も身ごもったまま同じ病で世を去ったのだ。彼の畑はいま妹の嫁ぎ先の家に貸し出され、この村には数の多くない奴隷が耕している。

「もうしばらく一人でいいと思ってるんだ。慣れれば気楽なもんだよ……だが渇く喉のある奴に枯れ木がこういうことを言うのは正しくはないな」


「枯れ木って……スノッリもまだ若いだろうに」

 彼はおおむね20代半ばから後半、ホルガーと大差ない年齢に見える。

「俺が根を下ろして枝葉を茂らすことのできる土は、あいつだった。あいつだけだったんだ。いやまあ、湿っぽい話はよそうか」

 スノッリの内心に抱える重苦しいものを垣間見て俺が途方に暮れかけたそのとき、インゴルフの家のドアが開いて、フリーダが俺たちを呼んだ。


「夕食の準備ができたわよ。スノッリさんも食べていってね」

「ああ、ご馳走になろう」


 足元にまつわりつくハルシを構いながら家に入る。今度そのうち、こいつをきれいに洗う方法でも工夫してみるか。



 食卓には怪しげなものが載っていた。凝乳らしきものをまぶされた魚の燻製だ。だがハラルド王の宴会で出された鮭の燻製ではなく、ニシンのそれだった。不吉な予感が背筋を走る。

「フリーダ……いやフリーダお嬢様、この見慣れない取り合わせの料理は何ですか」

「あなた、言いにくいことを言うときには必ず私を様付けで呼ぶわねぇ」

 だってそんなの、当たり前じゃないですか! 言いにくいことを呼び捨てで言えるものか。


「宴会で出された料理をもとに、私なりに手近の材料で工夫してみたのよ」

「げえっ! アレンジ!」

「何語?」

スノッリも顔色が悪くなった。

「あわわわわ」とかなんとか口の中でつぶやいている。

「スノッリ、お前だけでも逃げてくれ。俺はもうだめだ助からぬ」


「あなたたち、凄い失礼なこと考えてるわよね!?」

 なんてことだ、1000年も時をさかのぼった挙句こんな恐ろしい災難にあうとは!

「フリーダ、一つだけ訊くが……味見はしたのか?」

 もはや様付けの余裕もなし。

「え、夕食よこれ。宴会の贅沢料理じゃないのよ。毎日の食材のやりくりをする立場で、余計な味見する分なんか作れるわけなんかないじゃない。スノッリさんの分はともかく」

 ひいぃ、これはたまらん。まずい飯を作る奴は大抵、味見をしないことについて一見完璧な論理でおのれの正当性を武装するのだ。


 無駄とは分かっているが言わずには居れない、俺はフリーダに対し説諭を試みた。

「いいか、ああいう宴会で出るような料理ってのはな、専門の料理人が材料一つ一つの相性まで吟味して、しかるのちにちゃんと味見をして出すものなんだ。それを素人が目分量と味見なしで真似るのは、一つに料理人への冒涜、一つに食材への侮辱、一つに食べさせる相手への暴虐だ」


「せめて一口でも食べてから言ってくれないかしら」

どうして自分の敗北が目に見えてる局面でそんな自信ありげな物言いができるのか。

「分かった、ただしフリーダも一緒に食べるんだぞ」

「わ、わかったわよ」


 鮭とは全く性質の異なる、燻製ニシン(red herring)の赤い輝き。凝乳はちゃんとしたスキールのようだが、それゆえにあの濃厚さが裏目に出た場合が怖い。散らしてあるハーブもあの時とは違う、別種のものだ。

 万に一つでも俺の悪い予想が外れてくれればと祈りつつ、手製の箸で一片を摘み取り、恐る恐る口に運んだ。


 ひどかった。


 まずニシンの塩がきつすぎる。ニシンは塩で処理したあと燻製にするから、もともと塩気はかなり多い。それがスキールの独特の甘酸っぱさと合わさって一層際立ち、青魚特有の脂の匂いが強調されている。もう少しスキールの味が薄ければ、ニシンの塩気が少なければ、違った結果だったかもしれない。


 だが、この皿の上ではニシンとスキールが殺し合いどころかゾンビ同士のつかみ合いとでも言ったものを演じていた。腕をちぎり腸を引きずり出してあらぬ方向へ投げ捨て、地にまみれた肝脳がそのまま再生をもくろんで離合集散を繰り返す、そんな幻影。


 そしてとどめに、何か匂いのきついハーブが彼らのために施餓鬼陀羅尼を唱えて地獄の門を開く。皿の上の一切を、もろともに奈落の底へ叩き落すのだ。


 ワハハハハハハ

 ワハハハハハハハハハ


 雷神トールと馬頭観音が習合した全く新しい神仏が、哄笑を上げつつ高速で回転し続けた。

「あとはここに新しい施餓鬼寺――」


「おいトール、帰って来い」

 スノッリに呼び戻されて俺はようやく白昼夢から復帰し、そして口の中のおぞましい物に気がついた。


「おえええ」

 これを口の中に入れたままというのもいやだが、正直復帰しとうはなかった。


 フリーダもあまりのひどい味に顔をしかめている。

「ごめんなさい。トールのいう通りみたい」

「普段の料理はちゃんと作れるんだから、変な試みをしなければいいと思うよ。あと、最低限味見は欠かさないでくれ」


「分かった……どうしようこれ。ハルシにあげたら食べるかしら」

 おいやめろ。そりゃあ動物虐待だ。

「止したほうがいいな。犬の腎臓は人間ほど大量の塩分を処理できない。そんなものを食わせたら腎障害を起こして具合が悪くなる」


 フリーダが、ふっと眉根を寄せて表情を暗くした。

「……分かった。もったいないけど捨てるわね」

「次に作るときは塩気の集中してる皮の部分を取り除いて、凝乳よりはチーズ、ハーブはむしろもっと匂いの強いものを使ってみたらどうかな」

 少女はしょげ返ってうなずいた。


 スノッリは冷や汗をたらしながら帰っていった。

「う、うちにはちょうどエンドウ豆の粥の残りがあるから」

 などと物寂しいことを口走っていたが、彼の食卓には何よりも美味なるもの、すなわち平穏があることだろう。



 たまねぎとキャベツのスープを主体に食事を終えた後、フリーダがなにやら真剣な顔で、俺の前に立った。

「ねえ、トール。あなたがフィンの公子だって話はもとより信じてないんだけど……一体どこから――いえ、『いつから』来たの?」


「え」

 突然、とんでもない話題を振られて俺はその場で固まった。


「あなた、よく『俺のじだ――俺の国では』って、言い間違えて直すわよね」

「ああ、うん」

 いやな汗が止まらない。

「もしかしてそういう概念がないって思われてるかもしれないけど――私たちにも過去とか、未来とか、そういう『時』の概念はあるのよ。例えば神話に語られるラグナロクの予言のように、『今ではないいつか』。大叔母様はスパーコナ(予言を行う巫女)の教育を受けてるから、『時の向こう岸』を見る話を時々してくれたわ」

 フリーダの目が炉の明かりを反射して、鋭い輝きと奇妙な陰影を宿した。


「あなたは『どこか』ではなくそういう『いつか』、たぶんずっと未来から来たんじゃないの? あの魔法の火口箱や、聴いたこともないような入り組んだ抑揚の音楽。犬の体が人間と違うことは分かっても、どう違うのかなんて事まで知ってる人はいない。塩の取りすぎの事も。アルノルさんだってそんなことは知らないはずよ」


 フリーダは一呼吸区切って、更に言葉を継いだ。

「それにハラルド王の宴会を見ても、驚くよりはどこかの普通にあるような宴席と比較しているみたいだった。きっと、あなたの元いたところは私たちが想像できないほど豊かなのね」

「君は、本当に頭がいいな。そうさ、俺はずっとずっと先――明日の、来年の、そのまたずっと遥かな先の時から来た。鎖蛇号は一度、俺の『時』に迷い込んだんだ」


「やっぱり、そうだったのね……」

「びっくりしたかい?」

「ううん。むしろなんだか安心したわ。変ね、上手く説明できない」

推測だが、たぶん彼女にとって俺が別の『時』から来た、というのが理解の及ぶぎりぎりの限界だったのだろう。


「もし知っていたら教えて。私たちの村はこの先――」


 ああ、俺がそこまで全能かも知れないと疑っていたのか。だとしたらさぞ恐ろしかったことだろう。俺はフリーダの肩を両手でつかみ、気がつくとずうずうしくも抱き寄せていた。炉の火が燃えているのに、彼女の肩はかすかに震えている。

「残念だが、俺は君たちと大した違いはないんだ。目で見て耳で聞いた範囲のことしか分からないし、俺たちの時代の学問は、到底君たちの一つ一つの村、一人一人の人間の運命まで教えてはくれない」

「そういうものなのね」


 俺はふと、三角屋根にあいた煙出しの穴から見える星を見上げた。一つ一つの星は小さく遠すぎて、すべてを数えることも手を届かせることもできない。だが、空全体を見れば、そこには幾つもの星座が神話の一幕を映して輝いている。

「ノースがどうなるかは知ってる。少しだけ教えてやろう」

「怖い話になるのかしら」

フリーダが腕の中で不安そうに身じろぎして、俺の顔を見上げた。

「怖くはないさ。いずれノースはアイスランドからさらに西へ、あるいは南へと手を延ばして移り住むんだ。どこまでも遠くへ。そして――」

 そして、騎士やあるいは王となり国を建てて、物語と歴史の中に永遠に語り継がれるのだ。



 しばらくそうしていたあと、金髪の少女は俺の腕からそっと脱け出し、台所の片付けに向かった。876年のヴァイキング行、その一週間前の夜のことだった。



 なんだか逆飯テロとでも言うようなひどいものになってしまいました。

あと何気に重要な会話。日常とかほのぼのとか私には無理なのか。



次回からいよいよ新章開始です。


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