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ばいめた!~楽師トールの物語(サガ)~  作者: 冴吹稔
AD9世紀のマイスタージンガー

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27/102

デンマーク沿岸、竜船との死闘 (前編)

 書いててかなりテンションあがりました。初の同サブタイ前後編となります。こういうのを書きたかった。


 その後三日ほどは取り立てて何事も起こらず、一行は売り払うべき物を売り、その金で貢納にふさわしいものを見繕っては買い集めて過ごした。

 俺はその間、購入品を含めた財物の目録を作ったり、リンベルトの教会を訪問してついでにイレーネを見舞ったりした。


 一度、リンベルトが俺たちのテントを訪れたことがある。売らずにハラルド王への貢納に使われることが早々と決まっていた、ノーサンブリアの修道院にあったという聖体器を見て、彼は心底恨めしそうに嘆息した。

「地上の財宝にこうも心が動く我が身を恥じるばかりだが、これは流石に嘆かわしい。教会にあって福音を告げ洗礼を施す、その拠り所となるべき祭器が、かくも無造作に単なる金銀の細工物として扱われておるとは……」


 こうまで落ち込まれると、及ばずながらも何か心の引き立つことを言ってやりたくなる。

「リンベルト師、確かキリスト教の説くところでは、すべての物事は主の思し召しではなかったですか」

「ああ、うむ、確かにそのとおりだが……」

「ならばこう考えてはどうでしょう。蛮人の手に教会の祭器があるということは、いずれかならず彼らが教えに帰依する、その事をあらかじめ告げているのだと」

 実際ヴァイキングたちはいずれ改宗するのである。未来から来ている俺にとってはこいつはもう厳然たる事実だ。


「……君は実に、小憎らしいまでに我々の教理や寓意、表象を逆手にとって、もっともらしいことを言ってくるなあ。だが確かに君の言うとおりだ」

まあ自分でも、小癪な男であることは自覚しておりますよ。


 そのあと、彼は俺を短い散歩に誘った。ヴァイキングたちに直接聞かれるには少々まずい話を持ちかけてきたのである。

「もしも頼めるものなら、だが……異教徒たちに奪い去られた教会の祭器や祈祷書、寄進目録などを見かけたら、私や最寄のキリスト教君主まで知らせてくれまいか」

「またそんな無茶を。俺はその異教徒に寄食して暮らす、寄る辺ない根無し草の男なんですがね」

「そういわれるとどうにも仕方がないが、イングランドで異教徒からの教会財産の買戻しを王が奨励、支援しているという話を聞くと羨ましくてね」

「教会の本質は屋根や壁の形、祭壇や祭器の所在に左右されぬ形なきもの、と分かってはいても、なかなかすっぱり思い切れませんよねえ」

言っていることは清らかそうだが、意味するところはわりと身もふたもない二人であった。


「清貧の誓いは別として、そこに神の家があれば荘厳しょうごんしたいものなのだよ」

 木造の質素な教会、だがそれでも平屋の多いヘーゼビューの町並みの中ではひときわぬきんでて目立つ鐘楼を、リンベルトはしんみりと見上げた。



 まあ情報くらいはなんとかなるのだが、結局俺はリンベルトに対して即答を避けた。所詮俺も異教徒なのだ。後の歴史を知る故にキリスト教に対して点が辛くなる部分もある。といってもこれは現在のリンベルトたちにとってはまったくアンフェアな、言いがかりに等しいものでもあるのだが。

 俺にとってはキリスト教はイスラム教や北方人の多神教と同じく、同じ世界に生きる人間の精神文化の一つでしかない。敬意は払うが、それはあくまでも他の宗教と等価までであり、一方的に肩入れする対象ではないのだった。

 そして今のところ帰属している北方人の社会に対して、リンベルトの願いを忠実に果たすことはある種、不実でもあった。語れば語るほど弁解がましいが、そういう事だ。




 町の西門、デーネヴィーケの突端でイレーネを見送った翌日。ようやく俺たちはヘーゼビューを後にした。


 積荷は若干増え、船足は遅くなる。ゴルム翁やアルノル、ロルフなど航海の経験豊富な年長の男たちが交わす会話の内容からは、ヘーゼビューまでの航路とは大きく異なるものになることが窺われた。


「マアスホルム島を掠めてシュライフィヨルドを出た後は、一旦東へ向かう。前に通った小ベルト海峡沿いのルートは、狭隘で見通しが悪く、危険だ」

出航してしばらく後、シュライフィヨルドの「河口」へと向かう途上で、アルノルが全員にこれからの航路について説明を始めた。


 フィヨルドを出た東には、後にコペンハーゲンが築かれる巨大な島、シェラン島と、その南にロラン島と呼ばれるやや小さい島が横たわっている。


 その西、ユトランド半島により近い場所にはフュン島があり、小ベルト海峡と言うのはフュン島と半島の間に幾つかの小島が点在する海峡だ。俺も来るときに見たが、フュン島の北端に近い場所で半島に接している。

 幅1kmほどまで狭まる上に大きくSの字に曲がりくねっていて、主に帆走に頼るクナルでは、途中何度も速度を大きく落とすことになるのだ。


「そこで俺たちは、ランゲラン島の東岸沖合いまで出てたあと、島の少ないルートを北上してカテガット海峡へ抜け、そこから一気にノルウェーのヴェストフォルを目指す。異議はあるか?」



「異議なし! 『鷹の目』アルノルに間違いはあるまい」

一同が口々に同意を表明した。おのおのが強い自負心をもつ集団の中で、これだけの信頼と承認を勝ち得ているこの男に、俺は心底尊敬を覚えた。


 今回の航路は沿岸航行の範疇からはやや離れ、しばしば周囲に海面以外は見えない、大きな水域の中央を突っ切る形になる。慣れない者にはかなり不安を感じさせる航法だが、恐ろしいことに彼らは何の躊躇もなくやってのけた。


 沿岸の陸地から餌をあさりに洋上へ飛び出してくる海鳥の動向や、船の周りを漂う海藻の屑。それに単純な体感による時間経過と、ソルブレットと呼ばれる日時計のような道具の組み合わせで、かなり正確に船の現在地を推測しているらしい。これに加えて曇天のときは、ホルガーが使っていた太陽石サン・ストーンが威力を発揮するわけだ。


(ヴァイキング、マジすげえ)

 彼らの航海技術は数百年にわたる試行錯誤の蓄積と尊い犠牲の上に築かれ、その世代ごとの男たちの経験を積み上げて更に高められた上で、広範な交易活動でもたらされた異国の知恵や文明の利器を貪欲に取り込んで完成されている。

 コロンブスに500年先行して北米に到達した、というのもある意味当然の結果に思えてくるのだった。




「前方に陸地が見える。多分サムセー島だ」


 出航して4日目の午前中、マストで見張りをしていたスノッリから甲板へ報告があった。

 カテガット海峡へ向かうルートの、重要な中間点だ。風が弱くやや逆風気味で苦労した航路だったが、この島が視認できたということは、アルノルのナヴィゲーションが完璧だったということの証左だった。


 甲板のそこらじゅうから歓声があがり、賞賛する声に応えてアルノルが叫んだ。

「エギル神のご加護に感謝しよう、後はノルウェーまで見通しのいい海を行くだけだ!」


 再び上がる歓声。この数日、空は良く晴れて帆は白く輝き、水線より上の船材はどこも気持ちよく乾燥していた。4月の半ば過ぎ、気温はまだそれほど高くない。

 皆がうきうきした気持ちでエールの角杯でも回そうかという、丁度その時。マストの上からスノッリが新たな状況を知らせた。

「甲板ー!左舷後ぉー方、ロングシップだ!」


 ざわ、と船上の空気が一瞬に変化した。こんなところでふらりと現れるロングシップ。おそらく海賊なのだろう。

「ロングシップだと?」

「フュン島のどこかから這い出して来おったか?」


 俺も洋上に目を凝らした。陽光の照り返しでよく見えないが、確かに左舷後方、かなり遠くに船らしき影がある。よくも見つけるものだ。


 そのうちに若干距離が詰まったらしく、船体のシルエットがやや明確に見えるようになった。と、ほぼ同時に長く伸びていたその形がぐっと寸詰まりに変化し、船体の長軸方向にほぼ平行に開かれていた黒い帆が、するすると畳まれて消えた。


「進路を変えたか……こっちに気づいたな。櫂走で追って来る気だ」

俺の横にいたヴァジが引きつった声でつぶやく。


「海賊だ。こりゃあ、まずいな」

 アルノルが表面上は楽しそうに、片方の口髭をピンと引っ張ったまま手を止めた。だがこの男が髭をこんな風に弄ぶのは、内心に大きな葛藤や焦りを抱え、頭をフル回転させる必要に迫られたときだ。

 周りの男たちに確認したことはないが、俺は少なくともこの数ヶ月でアルノルの髭いじりと感情の動きについて法則性を見出していた。


「スノッリ!ちょっと代われ、俺もマストから直接見る」

後世の帆船のような段索(縄梯子様のアレ)もない横静索をましらの様にするすると伝って、アルノルはマストのてっぺんに陣取った。


 数秒、左舷後方の船影をにらんだと思うと、吐き捨てるように叫んだ。

「くそ、最悪だ。オールが20対もある。小ぶりだが完全な軍船スケイドだ。接舷されたら一巻の終わりだぞ」

押し殺したどよめきが甲板に走る。余裕をかなぐり捨てた彼を見るのは初めてだった。


「オールを用意しろ! 手の空いてるものは漕ぎ座につけ! この船は普通のクナルとは違う、死力を尽くせば振りきれるかも知れん。あきらめてはならん!」

すばやくゴルム翁が指示を下し、男たちを鼓舞した。俺もオールについて船首に背中を向け、丁度後方から迫る敵船をにらむ形で漕ぎ始めた。


 こいつは視覚的に言って、はなはだ心臓に悪い。


 向こうの船の船首に取り付けられた、おどろおどろしい竜頭の飾りが目に入る。黒く塗られたそれは目の部分に赤い塗料を施し、瞳には何か金属の小片を埋め込まれてぎらぎらと輝いていた。


「ゴルム爺様、サムセー島の西岸沖へ進路を取ってくれ!風向きを少しこちらに有利にできるし、あそこには確か大きな砂州が隠れてる場所がある」

「心得た!」

ゴルム翁が舵柄を握り、アルノルは舳先に立って海面に目を凝らした。人数が足りないので5対のオールすべてに人員をまわす事ができていないが、その分シグルズとオーラブの大男コンビを中心に、全員が力の限り漕いでいる。

 フリーダとシグリ、少女二人は後甲板の中央に気丈に直立して、オールを漕ぐ男たちに声援を送り続けていた。


「潮の干満の周期が思い出せん……いい具合に砂州が隠れてくれているといいが」

 アルノルがざりざりと口髭を噛む。舳先に立っては進路をにらみ、時折風を確かめては帆の開きを微調整、と忙しく飛び回る彼は目下、大山羊号とその乗組員13名の運命を一身に背負っていた。


 かなり長い距離を走ったが、敵船の速度が落ちる気配はない。どうやら彼らは人数に物を言わせ、オールにつく漕ぎ手に交代制を取らせているらしい。人員の調整のためオールのうち何対かを「間引いて」使う、といったこともしているらしかった。


「余裕こきやがって」

誰かが苦々しげに吐き捨てた。オールを間引いたところで、鈍重なクナルには難なく追いつける、そういう計算をされている。

 次第に膨れ上がる軍船のシルエットに、いい加減俺の心臓が口から飛び出しそうになるころ、ようやくアルノルが皆に檄を飛ばした。


「よし! 野郎ども、俺たちは賭けに勝ったぞ! 砂州はいい具合に隠れてる。ゴルム爺様、舵を一点だけ右舷へ……よし、戻して! 皆オールを引っ込める用意をしろ!ぎりぎりまで敵に悟らせるな。合図をしたらすぐにやるんだぜ!」


 砂州の切れ目、かろうじてクナルが通れる場所を潜り抜け、知らずに斜め後ろをついてきた追跡者の船を座礁させようと言う作戦だった。


 しかし、ふと俺は北方人の船の特徴について思い返した。ロングシップの竜骨は水中への突出がごく少ない。座礁でダメージを与えることはできるのだろうか。


「其のまま、真っ直ぐ! よし、皆オールを引っ込めろ! 3……2……1、今だ!」

号令と同時にオールが引き込まれ、ぎりぎりの幅の水路を大山羊号はすり抜けた。



 20秒ほど遅れて、巨大な軍船が砂州の上に差し掛かる。ず、と明らかに船底が水中の何かにこすった気配があり、船が急激に減速する。


 帆船ならここで推進力を作り出していた帆とマストに対して、船体との間に速度差が生じ、マストが応力に耐えかねて破砕していたことだろう。だが敵船は逆風を嫌って帆を畳み、櫂走していた。

 砂州に気づかずだらしなく展開したままだったオールが砕け、その半数ほどを失ったようだが、船体自体にはさしたる損傷もない。砂州の上に降りた乗組員たちが上陸時の要領で船を押し、海賊船は再びこちらを追って航行を再開した。


 駄目か。落胆する俺だったが、ふと見ると、アルノルは今度こそ本当に楽しそうに、顎鬚をひねりながら笑っていた。 




 サブタイ、元ネタは70年代ジャズ・ロックのあの名曲。アル・ディメオラとパコ・デ・ルシアのツインギターが色あせぬ感動を呼び起こす。アルバム「エレガント・ジプシー」から「スペイン高速悪魔との死闘」でした。メタルもいいけどジャズもいいよね。


 実は海洋冒険大好き、家の本棚はホーンブロワーとかその手の作品の文庫本でいっぱいです。砂州に誘い込んでもつぶせない!どう考えてもつぶせないロングシップ!コワイ!


 次回、スペイン……違った(マジで打ち間違えた)デンマーク沿岸竜船との死闘(後編)


アンスヘイムヴァイキングとトールのワザマエにご期待ください。

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