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ばいめた!~楽師トールの物語(サガ)~  作者: 冴吹稔
AD9世紀のマイスタージンガー
26/102

スカベンジャー・ザン・ヴァイキング

 

 宿に戻るとそろそろ食事の準備が整いかけていた。思い返してみれば実のところ、皆と共に夕食をとるのは入港以来初めてだ。昨夜からいかに滅茶苦茶な状況の中で動いていたか実感できた。

 広間の中央にある炉には粥の大鍋がかけられ、奥まった台所のほうからは肉の焼ける匂いが漂ってくる。テーブルにはすでに何人かの男たちが思い思いに席を取り、早々と蜂蜜酒でのどを潤し、掠奪行での武勇談やあるいは商売の勘どころといった話に興じていた。


「お、帰ったかトール。あのハザール人とやら言う連中の剣な、いい値段で売れたぞ」

まだ亜麻布の包帯を痛々しく巻いたままの右手を振り上げて、ヴァジが俺に声をかけた。


「おお。幾らで?」

「シグルズの斧の破片を一緒に展示したのが効いた。鞘つきの奴で7エイリル、鞘なしでも3エイリルだ」

中々の値段だ。7エイリルといえば――あとで計算したのだが――ノミスマ金貨で3枚、ディルハム銀貨なら5~60枚ほどになる。やれやれ、戦闘が歓迎されるのはこういうことか。


 とするとダーマッドの佩用していたこの業物は――と左腰を見下ろす。ざっと考えて10エイリル位にはなるわけか。

「シグルズの斧を割ったのはこの剣なんだが……あとで文句が来たりしないかな」

「ああ、心配するな。他の剣もそれほど悪くない。俺も今後の修行のために一本貰った」


 あの戦いの後、突堤から海へ落とした死体も結局ボートを借りて回収している。剣から鎧から一切合財商品として手元に収めたのだ。たいしたハイエナぶりだった。

「俺も斧を新調した。今度の奴はさらに具合がいい」

シグルズがそう言いながら、以前と同様の巨大な片手斧を差し上げて見せた。


「デンマーク王の軍の奴らが主だったな。買い手は」

この町から少し離れたところには、デンマーク王シグルズ(シグフレズ)の王宮と軍事基地があるという。この数年彼らは北海からイングランドへかけての一帯へしきりに兵を送っては占領や入植を繰り返しているのだった。


「イングランドの南部でデーンの軍勢と戦ってるサクソンの王が、思いのほか手ごわいとかでな。生え抜きの戦士に持たせたいんだと」

「なるほど。だがそのサクソン王とやらが策略や詭計を得意としていたら、いい武器を恃んだ戦士はむしろ危険なんじゃないかな」

慢心や過信は戦場では命取りになる。少なくとも俺が子供のころに読みふけった戦記物ではそうだった。個人的武勇に重きを置くヴァイキングたちにこれぞと恃む武器があれば――まあ、策略や詭計を噛み破りそうでもあるが。


「そこから先は俺たちの知ったことじゃないからな。これからノルウェーを統一しようという王の傘下に加わるのであればなおの事だ」

ヴァジがそう言ったところでちょうど、フリーダたちが切り分けた羊肉の塊を皿に乗せて運んできた。


 今夜の見張りはハーコンとグンナルが夜中まで、そこから朝まではオーラブとアルノルの当番だった。ただ、昨日とは違って今日からは交代は宿で食事を取ってから、ということになったようだ。ちょうど配膳に来たフリーダがそう教えてくれる。


「食事を届けに行って桶を街中に放置したのは、流石にまずかったみたい」

苦笑しながら彼女は俺の前に肉の皿を置いた。

「シグリの事だけど……すごく喜んでたわ。あの子のこと、親身になってくれてありがとう。私からもお礼を言わせてね」

そう言いながらフリーダは小さな皮袋を俺に握らせた。中身の形が手に触れる――銀貨だ。

「少ないけど、これ。私の装身具を少し処分したの」

「待ってくれ。誰かの形見とかじゃないだろうな?」

 

 モノに込められた想いに敏感な日本人としては、その辺が気になる。シグリの件につい深入りするのもその所為だと、今頃になって自覚した俺だった。

「それは大丈夫。髪を長くしてたとき使ってた、髪留めの飾り物よ。もともと非常時の換金用に持たされてるようなものだし、女の心得ってところね」


ありがたく借りる、と答えると少し憤慨した表情を見せた。

「あげるわよ。返す必要はないわ。あのお姫様だって貸してくれたわけじゃないでしょ」

どうやら、イレーネに絡んでの嫉妬も若干働いているらしかった。やれやれ、可愛いところを見せてくれるじゃないか。


「分かりましたフリーダお嬢様。このトールめ、より一層の忠誠を」

「よろしい」

どちらからともなく噴出して笑う俺たちを、ヨルグがじっとりとした目でにらんでいるのに気がついて、俺はまた笑いを押さえるのに必死だった。

 そのヨルグの傍らで、今日は配膳の手伝いを免除されたシグリがあのモルダウ石の杯を幸せそうに抱え込んでいる。


 ひとまずは、めでたしめでたし。


 これで復讐なんて事はある程度忘れて、子供らしい幸せを享受してくれればと思う。そのためにもこの先に待つ謁見を成功させ、村の平和を確かなものにしなくては。



 食事のあと、壁際の個人用スペースで休息を取る俺のところにロルフがやってきた。

「やあトール。シグリが世話になったな、ありがとう」

「ああ、いや……値切りに失敗したし、あんたに思わぬ負担をかけたんじゃないかと思っていたところだ。俺からも少し出すつもりだがどうしようか」

「ああ、そのことはいいんだ。あんたに貰った絵図を参考に、冬の間に作った靴――底に樫の心材と鉄の板を三枚重ねに使った重い奴だ、五足ほど持ってきてたんだがな。もう四足売れた。礼をしなきゃならん位だ。だから、これで貸し借りなしにしよう」

「そうか。済まない」


 アンスヘイムについて翌日の朝ロルフに現代風の靴の模式図を渡した後、俺は何度か彼の訪問を受けていた。

 調子に乗って、足の甲を大きく露出させる女物のエロティックな靴や、バンド活動で何度か目にした底の高いロンドンブーツといった奇異なものまで描いて見せたのだが、その中に安全靴のアイデアを敷衍したものもあった。どうやらその靴が実用性もあいまって、人気商品になりつつあるらしい。


「話の本題はそこじゃなくてな。オウッタルの長館を見つけた」

「本当か!」

「ああ。朝の交代のあと、埠頭から宿へ帰る途中であの女を見たんだ」

「あの女?」マチルダかアストリッドのことだろうか。


「オウッタルの船にいた奴隷の女戦士、黒髪のほうだ。アス…何とかいったな」

「アストリッド」

「そうそう、よく覚えているもんだな。其のアストリッドが、商人の奥方風の格好で、武装した戦士四人を従えて歩いてた。ちょいと声をかけづらい気がしてな、それとなく後をつけたんだが」

「ああ、続けてくれ」

「港の北東側のはずれにある、大きな長館に入っていった。船型に少し壁の膨らんだ、側棟のある豪勢な館だ。行けば分かるだろう」

「ふむ……明日にでも行って見るか。誰か連れて行ったほうがよさそうだな、俺じゃまだノルド語の細かい機微が分からん」

「フリーダでいいんじゃないか? トールに言葉を教えるくらいだ、村じゃ一番『言葉』について堪能かも知れん」


「うむ……確かに彼女は言語学者のように――」

「何だって?」

「ああ、いや。彼女は言葉を扱うことを専門にしてる『職人』のような才能を持っている、と言おうとしたのさ。ついまた俺の国の言葉を混ぜてしまったようだ。――だが、彼女には実生活や大人の社会での経験がいろいろ足りてない。できれば大人を連れて行きたい」


「じゃあ、ゴルム翁を連れて行くのが一番だな。船の番をする当番もないし、何よりこの使節団の筆頭だ。ハラルド王の情報を聞きに行くならそれが筋ってもんだろう」

「なるほど」


 ゴルム翁は正直苦手だが、ロルフの言うことは至極もっともだ。

「よし、これで方針が決まった。昨晩は教会の床でごろ寝だったしいささか疲れた。俺はもう寝るよ。ありがとうロルフ」

「なに、トールが村のために頑張ってくれてることはみんな分かってる。ゆっくり休んでくれ」

「ああ――だがしかし、その前にちょっとだけ」

ソフトケースからウード「コメット」を引き出し、ぱらぱらとかき鳴らした。炉の周りでそろそろ酔い心地になった男たちがかすかにざわめいて俺を見る。


「今日買った『楽器』というのはそれか。何か聴かせてくれるのか?」

「あの山羊を数える歌を聴かせろ。気に入った」

口々に勝手なことを言いながら集まって来る。


「待った待った。俺の国で使ってた楽器とは少々按配が違うし、当分は楽器になれるために練習だ。まともに曲をやるには時間がかかる」

「構わん。珍しいものはいつ見ても値打ちがある、好きなようにやってみろ。俺たちはそれを肴に蜂蜜酒をやる」

「いい気なもんだな」

 苦笑しつつ、スケールの確認から始める。基本的に隣の弦とのピッチは4度くらいだが、今の弦のセッティングはどうも低音部と高音部を明確に分けてあるらしい。低音部の二本は伴奏用、と考えるのがよさそうだ。


 そうと分かってしまえばさほど難しくはない。練習向きのゆったりした曲をややたどたどしく弾くこと一時間。長いこと楽器から離れてなまった指もいくらか調子を取り戻し、仕上げにはリクエストに応えてゴートカウンターの歌。男たちがノリノリで円盾を持ち出し、スキャルドボルグを組み上げて前後に歩くように踊りだす。


 俺はいい気分で眠りに就いた。ただ、かなり遅い時間まで、調子はずれの胴間声でゴートカウンターの歌を歌う声が聞こえてきたのには閉口させられた。


早く寝ろよ、ヴァイキングども。



 

「起きるのじゃ、楽師のトール。オウッタルの館まで参るぞ」

翌朝、俺はあろうことかゴルム翁にたたき起こされた。眠い目をこすりながら見上げると翁はすでに身支度を整え、王侯の様に着飾って立っている。


「うへえ……ゴルム様、食事はお済みなので?」

「ああ、粥の残りを一椀と蜂蜜酒、それに魚の燻製で済ませた」

「それはご健啖なことで。俺は平焼きパンの一枚とエールくらいで手早く済ませてきましょう、少しお待ちを」

 まったく、老人の朝が早いのは古今東西万国共通というわけだ。それに俺はとても朝からそんなには食えない。昨晩の羊もまだ少しもたれている感じだ。


 ロルフに道を聞いてあるらしく飛ぶように歩き出すゴルム翁を追いかけて、俺は小走りに木道を駆けて行った。なんとなくコメットをケースごと背負っていた。



 オウッタルの商館だと言う長館は、歩いていってみればなんと言うことはなく、バルディネスがハザール人たちを率いて起居していた館からそう遠くなかった。

 港に入る船をすぐに迎えに出られる海に面した場所で、ロルフが説明したとおりの外観だった。あちこちに磨き上げられた銅細工の彫板が飾られているのが目を引く。上端を尖らせた丸太を並べて塀を築き、櫓のついた門を構えた奥に母屋がある。


 門の前で歩哨に立っていた戦士には見覚えがあった。

「やあ、あんたは確か川獺号の……」

流氷に囲まれたときオールについていた船員の一人だった。

「ああ、あんたはあのときの客人か。オウッタル様が時々思い出しておられた」

「覚えていてくれてありがたい。オウッタルさんは?」

「うむ……今は不在だ。留守中はアストリッド様がこの館を取り仕切っておられる」


 いないのか。


 考えてみれば毎年この町に交易で本格的にヴァイキングが集まるのはもう少し夏に差し掛かった季節だし、オウッタルもその時期をさして再会を約したのかも知れない、といまさらながら思いつく。


「少し聞きたいことがあったんだが……ハラルド王の所在とか、オウッタルさんの行き先とか何か分からないかな」

「しばらく待っていてくれ。アストリッド様に聞いて参ろう。そちらのご老人は?」

「アンスヘイムの長老が一人、『男伊達』のゴルム翁だ」


 戦士はきびきびとゴルム翁に向かって片膝礼をとり、立ち上がって早足に奥へ向かった。

「なかなか良く訓練された戦士だ。オウッタルという男、ただの商人とも思えんのう」

満足そうに翁はかぶりを振った。片膝を立てて跪く礼は、領主などに対する物だそうだ。

それにしても、主人の奴隷とはいえアストリッドに様付けとは?


「これから会うアストリッドという女奴隷も、どうやらただの奴隷ではなさそうです。貴婦人に拝謁する心積もりでいるほうがいいかもしれない」

「だのう」


 背筋にいやな汗が伝うのを感じた。あのセイウチ狩りの道中で、アストリッドやマチルダに無体な要求をしなかったのは、きわめて賢明な判断だった可能性があるという事か。


 やがて戻ってきた戦士が俺たちを敷地の奥へといざなった。

「アストリッド様がお会いになるそうだ。歓待の用意を整えたのでぜひゆっくりしていって欲しいと」

「かたじけない」

「うむ、恐れ入る」


 広間の奥には族長が座るような高座が設けられ、その一段下をソファーのようにクッションや布で整えて、アストリッドは足を伸ばしてゆったりと座っていた。


 立ち上がって俺たちのほうへ会釈する。


「ようこそ、トール様。お久しぶりです。そしてゴルム様、初めまして。アストリッドと申します。卑賤な奴隷の身ではございますが主オウッタルの留守の間、この館の女主人代わりを努めるよう、言い付かっておりますゆえ、何なりとご用向きを」


 髪の色に合わせた黒いドレスの上に、おそらくは絹と思われる光沢のある薄いケープ。随所にあしらわれた装飾品の金銀の輝き。どう考えても奴隷が身に着けるようなものではなかった。

 やれやれ、イレーネのこともそうだが、とかく俺の周りでは出会う相手がことごとくなにかまやかしの皮をかぶっているとでも言うわけか。



 運ばれてきた蜜漬けの果物――アンズか何か――を口に運び、アストリッドが微笑んだ。

「オウッタル様はただいま、フリースラントへお出かけです。マチルダを共に連れて」

少し眉をひそめ、同輩への嫉妬を見え隠れさせる。

「彼女のほうがあちらの言葉に明るいもので、仕方がないのですけれどもね。あなた方の村との協力で得た、セイウチの長い牙を売りに」

「フリースラント?」

たしかオランダのほうか。ユトランド半島の西側。ここからは反対側だ。

「船で往かれたのか?」

「いいえ、この町からずっと西へ伸びる城壁と、それに沿った街道があります。デーネヴィーケ(デーン人の仕事)と呼ばれていますよ」


「もしかして……そこから北海へ出られるのかな」

「はい。終端部のホリングシュテットという町のすぐそばに、川が流れています。そこから流れに沿って下ると北海側の港町に」

「なるほど、すごいな」

「船を担いでホリングシュテットまでいく商人もいますね」

なんというかもう、言葉が出ない。

 銀のゴブレットに注がれたワインをあおって息をつく。


「20年ほど前にデンマークを出奔した王子が、いまフリースラントで王国を築いているとかで、その辺りへ売りに行ったようです。夏には戻られるでしょう」

「分かった。オウッタルさんとの再会はそれまで待とう。だが今はむしろ」

「うむ、われわれは蓬髪のハラルド王に拝謁したい。現在の在所は分からぬかの」


 ああ、とアストリッドは手を打った。

「オウッタル様が仰せでした。アンスヘイムの人たちがおそらく、ハラルド王の消息を求めてくるだろうと」

「なんと」ゴルム翁が目をむいた。

今日こんにちの事態を予測しておられたか」


「ええ。ノルウェーのヴェストフォル地方、トンスベルクと呼ばれる古い町がハラルド王の本拠地だと聞きます。一年のうちでもこの時期は、必ずそこに戻られると伺いました」

 顔の前で白い指を組み合わせ、艶かしさを際立たせた仕草を披露しながらアストリッドは俺たちにオウッタルの言伝を伝え、さらにワインや軽い料理を勧めるのだった。


「トンスベルクなら若い時分に行ったことがあるわい。女王がなくなったとかで、盛大な船葬をやっておった」

「じゃあ、場所はすぐ分かりますね」

「任せておけ、そもそも分かりやすい場所だ」


 ゴルム翁は情報を得るとすぐ戻ったが、俺は昨日の奔走に免じてゆっくりしてこいと言われた。少々申し訳なかったが、アストリッドの歓待は俺にとって坑し難い魅力で、結局午後遅くまで彼女の話と酒食に付き合い、コメットの演奏を披露したりして親睦を深めたのだった。 


 ヘーゼビュー編はこれにて終わり。長かったなあ。いろんな情報や物の出入りを処理した回でした。TRPGのマスターやってると良くやるよね。買い物や戦利品の処分で1セッション終えるあの感じのアレですわ。


次回は海です。本格海洋冒険パートをご覧に入れよう!フゥーッハハハ-!

ヴァイキング船って特殊だからセオリーを外れるのが容易。面白いです。


あ、ゴルム爺様連れてった割りにあんま役に立ってないわ。あとで加筆しようそうしよう……でも、何を?

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