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ばいめた!~楽師トールの物語(サガ)~ 作者:冴吹稔

ミクラガルドの騎士

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新たなクナルが旅に発つ

 それから二日後の朝。ハラルド王の元へ派遣される使節団のメンバーは、桟橋に横付けされた新造のクナルの前で、村総出の見送りを受けていた。

 港のはずれには、防備を固めるために急遽切り出されてきた、マツ材の丸太が山積みされている。外敵の侵入を防ぐために櫓つきの水門を建造しようという算段だ。使節団が村に戻るころには堅牢な防壁と水門が出来上がっていることだろう。


「我らは祖父、曽祖父の代よりこの地を切り拓き、貧しくとも誇り高く暮らしてきた。 いまやノルウェーには新たに統一王が名のりを上げておるが、我らは先んじてこの地を王の足元に差し出すことに決めた」
 ホルガーがいつものように良く通る声で演説を始める。もし彼がバンドをやったら、MCに定評のあるフロントマンとして人気を博することだろう。

「だがこれは断じて怯懦ではない! 我らが整え育てた村の価値を王に見せつけ、懐に収めたいと決断させる、其れを以ってアンスヘイムの開拓は完成するのだ。代わりに我らが手にするものは平和と、更なる発展と繁栄だ。我らが長老の中で最も永らえた強かな狼、ゴルム翁はきっとうまくやって下さるだろう」

 柄に黄金を象嵌した見事な長剣を、ゴルム翁が居並ぶ村人たちの前で高く掲げ、歓声が上がった。「男伊達」の二つ名をもつ彼になんともふさわしい挙措である。


「そして、喜ばしくもこの船出は、アンスヘイムにもたらされた新しいクナルの初航海でもある。シグリよ、船に祝福を」

 あのセイウチ狩りの航海で救助されたときとは見違えるほどに華やかに着飾り、愛らしい表情を浮かべたシグリが、桟橋の上に歩み出る。大きな角杯になみなみと注がれたエールをクナルの船縁へと勢い良く振り撒いた。

「ここにお前を『大山羊号』と名づけよう」
皆の視線を浴びて、少女の頬は上気してバラ色に染まっている。
「私の命を吹雪の中で守ってくれた、古き船の竜骨よ。この村の皆の命と豊かさも同じく守っておくれ」
仄かに哀調を帯びた声でシグリが宣すると、桟橋を囲んだ人垣から再びの歓声と、彼女の村を襲った悲劇を想っての小さなすすり泣きの声が上がった。




 北東からの風を受け、新造のクナルは帆一杯に風を受けて南へ進む。オウッタルから譲られた新品の帆は優美な曲線を描いて堅く張り詰めていた。
 時折やむなく風の方向がぶれてばたつく以外は、まるで金属で出来たもののように見える。

 古いカーヴから受け継いだ竜骨に着想を得て、通常のクナルの4対より多い、5対10本のオールを装備する高速商船として作られた船。それがこの「大山羊号」だ。これからはじまる重要な航海を思えば、設計と造船を指揮したインゴルフの先見性は流石というべきだろう。

 乗り込んだメンバーは以下のとおり。

 使節団長兼船長として、ゴルム翁。ケントマント(水先案内人)として、アルノル。護衛の戦士としてヨルグと、「長腕の」オーラブ。それにゴルム翁の息子ハーコンと甥のグンナル――集会のときに睨みを利かせていた似た顔の二人組。弓の名手のスノッリに、力自慢の大男シグルズ。
 ヘーゼビューでの交易でさまざまな工芸品の目利きを担当するのは靴職人のロルフと、村鍛冶の跡取り息子であるヴァジ。 

 言うなればアンスヘイムで各分野の第一人者を集めた、オールスターチームだ。

 記録係として俺も加わる。この計画の言いだしっぺとして同行しないわけには行かないというのが一番の理由だが、あからさまに異国人らしい風貌や服装、時々披露する珍奇な知識といった要素で交渉相手を惑わす役割も期待されているらしい。複雑な気持ちになるがまあ頑張ってみよう。

それよりも、問題は――


「ええと……本当にこのままついてくるのか?」
俺は眉根を指で揉みながら、目の前の二人の少女に、出航以来三度目になる質問を繰り返した。

「無茶なのは分かってる。でもスネーフェルヴィクから持ち去られた宝を、賊はヘーゼビューで売ったかもしれない……手がかりを探したいの」
シグリの栗色の髪に縁取られた色白の顔の中で、とび色をした瞳が暗い輝きを湛えて見えた。
「呆れたな。復讐する気なのか」

「うちでも女房と一緒に散々説得したんだが、どうしてもといって聞かないんだ」
ロルフがあきらめの表情で首を横に振る。彼の妻の母の実家がスネーフェルヴィクにあった縁で、シグリはこの一ヶ月、ロルフの家に引き取られて暮らしていた。
 生まれて間もない彼の息子を本当の弟のように可愛がり、かいがいしく世話をする、とロルフの妻も喜んで受け入れているようであったのだが。

「今は無理でも……相手の名前さえ分かれば、何年かかっても追い詰める」
恐ろしいことを言っている。まあそのうち嬉しいことでもあれば忘れるかもしれない。今は納得行くようにさせて置くのがいいのだろう。
 なんと言っても、使節団長のゴルム翁が乗船を認めてしまっている。「復讐のために牙を研ぐ少女」というモチーフがヴァイキング的琴線に触れたらしい。異を唱えてももうどうにもならない。

 分かった、仕方ない。

「で、フリーダはなぜに」
むしろこっちのほうが頭が痛い。男物のズボンにチュニック、袖の無いベスト状の鎖鎧で最低限の防御を確保し、ポニーテール風に結ってあった髪を下ろして肩の辺りで切りそろえ、毛皮の帽子をかぶっている。本気すぎる。

「男だらけの船にシグリを一人で乗せたら肩身が狭くて可哀想でしょ。女同士じゃないと話せないことだってあるし……それに私だって一回くらい、村を出て広い世界を見てみたかったのよ」

 何でそれをホルガーもインゴルフも許したのか。それはまあ、代官がよろしくない人物だった場合を考えれば、あらかじめ村を出ておくのは面倒が無いという考えもあるが。
「海賊にでも出くわしたらどうするんだよ……間違いなく代官に侍るより酷いことになるぞ」

「大丈夫だ! フリーダは、お、俺が守る!」
いつの間にかやってきたヨルグが激しく横で自己主張を始める。頭痛がしてきた。

 ヨルグはといえば、先日ようやく、去年の秋からホルガーとの間で棚上げになっていた新品の長剣を手にした。戦利品の剣も十本ほど吟味したが、どれももう一つ鍛えが足りなかったり、焼入れに失敗して曲がりやすくなったりした、残念なものだったらしい。 
 結局のところ、村鍛冶の工房で一冬かけて鍛えた、少々不釣合いなほどの業物がヨルグの腰に収まったのだ。
 というわけで桟橋に集まったときからこっち、のべつ幕なしに柄頭を撫で回したり少し鞘走らせて見たり、落ち着きの無い様子でみっともないことこの上ない。柄に象嵌された繊細な銀線の飾りが何かの弾みに取れてしまわないかと心配になる、といえば製作を手がけたヴァジの父親が憤慨するだろうか。
テンション上がる気持ちは他人事でなく、ものすごく理解できるのだが。

「羊とお爺様の世話は、大叔母様とホルガー兄様に任せるわ。案外旅先で申し分の無い婿が見つかるかもしれない、ってお爺様も言ってたし、トールに口出す権利は無いわよ」
「フリーダ……」
ヨルグが途端に捨て犬のような情けない顔になる。フリーダは気づいているのかいないのか、シグリを誘って船首のほうへ行ってしまった。

 口出す権利は無い、といわれればもういろんな意味で俺にはどうしようもない。翻意させ得たとしても、今から少女二人を村まで戻す手間はかけられないのだ。俺にとっては気苦労の耐えない話だが、ヨルグにはこの旅の間にそれなりにチャンスがあるだろう。
(まあ、頑張れよな)



 出航から五日ほどで船はいったんノルウェーの陸岸を離れた。それまでアルノルやスノッリなど、目の良いものが懸命に沿岸の村落を見渡してはきたが、ハラルド王の宿営地らしきものは結局影も見えなかった。
 入り組んだフィヨルドの奥までは、航路を大きく変更しない限り確認することが出来ないので仕方ないのだが、途中で見つかれば、という期待もあっただけに、スカゲラック海峡を横断する際の一行の落胆は大きなものだった。

「まあ、大丈夫さ」
アルノルが軽い調子で皆を引き立てる。
「ヘーゼビューでオウッタルさんに会えばきっと最新の情報が手に入るだろう。あれだけの大商人が王と取引してないはずが無い」

「それにしちゃ、前に話を聞いたときは『噂を聞いた』程度の言い方だったが」

「まああの時点ではそうだったんだろう。サーミの土地から来たんだから噂でも知ってるほうがたいしたもんだ。あれから一ヶ月、何も調べてないなら商人失格だぜ」
「なるほど」

そうであってほしいものだ。


 やがて、ユトランド半島らしき陸影が目の前に立ち上がってきた。

 ノルウェーの切り立った岩山とは対照的に、何かで削り取られたような広く平坦な大地。
その起伏の乏しい丘陵の裾に広がる、明るい色の葉をつけた森林と、豊かな牧草地。

 洋上には無数の島影が散らばり、うっすらと霧がかかった大気をすかして陽光が蜂蜜の色に溶けて広がる。ここはもうデーンの地なのだ。

「ノルウェーとはずいぶん違うな」

「土地が広いのが羨ましいな。このあたりはずっと昔から王がいて、南のフランク族と領土を争ってる。探せば良い剣も見つかるだろう」
一緒に転桁索(帆桁の向きを操作する索具)についていたヴァジが、そう言いながら目を輝かせた。彼はこの機会に出来るだけ多くの剣や斧、槍を市場で検分して目利きを鍛えたいらしい。

「ノースやデーンの名工につてがあれば別だが、そうでなければなんと言っても、剣はフランクのものに限る」
そういって微笑むと、彼は索の端を舷側の木栓に手早く絡めて固定した。

「あいつら、王や教会から禁止されててもこっち側に武器を売りに来るからなあ」
その武器がフランク人を殺すのだから世話は無い、とヴァジは笑うのだった。
おっかしーなー。まだヘーゼビューに入れないなんて。
いきなり時間飛ばして事件の渦中からホットスタートすべきだったかなー

6月27日追記。文面をちょっと整理
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