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アルメルシア クロニクル  ―魔法を鍛えてみんなで生き延びます  作者: amya


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第94話:『供物とバリケード、そして人間宣言』

第94話:『供物とバリケード、そして人間宣言』


 ガタガタガタッ……。


夜が明け、太陽が完全に昇った。廃倉庫の重厚な鉄扉が、外から叩かれている。それは攻撃的な衝撃ではない。もっと控えめで、しかし絶え間なく続くノックの嵐だ。


「……またかよ」


 レンが呆れたように立ち上がり、扉の覗き窓を確認した。彼女がロックを外し、扉を少しだけ開けると、隙間から物が次々と差し込まれた。コンビニの袋、毛布、カイロ、そして手書きの手紙の束。


『女神様に! どうか、これを!』

『寒くないですか!? 私のコートを使ってください!』


 必死な形相の信者たちが、我先にと供物を押し付けてくる。レンは「はいはい、どうも」と事務的に受け取り、すぐに扉を閉めた。振り返れば、倉庫の入り口付近は、すでに救援物資の山になっていた。水も食料も、発電機さえある。Am〇zonの配送センターも顔負けの物量だ。


「……すげぇな。数か月は食うに困らねぇぞ」


 悠斗は積み上げられたカップ麺の山を見て苦笑した。彼はリハビリがてら、モップを杖にしてゆっくりと倉庫内を歩いている。その足取りはまだ覚束ないが、瞳の光は力強いものとなっているので、大丈夫そうだ。


「笑い事じゃないわ。……このままじゃ、善意で圧死させられる」


 私は山積みの手紙の一つを手に取った。

 『リリア様、私の病気を治してください』

 『夫の借金がなくなりますように』

 『世界を浄化してください』


 そこにあるのは、純粋な応援だけじゃない。重いドロドロとした依存と願望。彼らは私を人間として見ていないようだ。魔法が使えるからって、何でも出来る訳では無いのに、藁にも縋る思いとはこういうものなのだろう。


「……マザーブレインと一緒だな」


 私の横から手紙を覗き込んだ悠斗が、ポツリと言った。


「あいつらは、お前を神かアイドルにしようとしてる。……勝手な理想を押し付けて、そこから外れることを許さないみたいに」


 ドキリとした。そうだ、これはマザーが作った硝子の箱庭と同じだ。崇拝という名の管理。保護という名の幽閉。ここで彼らに守られて生きることは、安全かもしれない。でもそれは、自由じゃない。


「……行かなきゃ」


 私は手紙を置き、鉄扉の方へと向き直った。


「出るの? 危険だぞ」

 レンが警告する。

「外には数万人の信者やマスコミがいる。興奮状態だ。もみくちゃにされて、暴動が起きるのがオチだぞ」


「それでも、言わなきゃいけないの」

 私は悠斗を見た。彼は黙って頷き、私の隣に並んだ。


「一人じゃ行かせねぇよ。……俺はお前の騎士だろ?」


「……うん。お願い、悠斗」


 私は深呼吸をし、レンに目配せをした。レンは肩をすくめ、鉄扉のロック解除ボタンに手をかけた。


 ガゴンッ……ギィィィィィ……。


 錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、巨大な扉がゆっくりと開いていく。その隙間から、強烈な冷気と共に、地鳴りのような声が雪崩れ込んできた。


『━━!!』

『お姿だ! リリア様がお姿を現されたぞ!!』

『オオオオオオオッ!!』


 視界を埋め尽くす人、人、人。雪原を埋める数万の群衆が、一斉にこちらを向き、波打つように押し寄せてきた。


『女神様!』 『奇跡を!』 『救いを!』


 バリケード代わりに張ったロープが決壊しそうになっている。最前列の人間が、狂信的な目で手を伸ばしてくる。怖い。銃口を向けられるよりも、この無数の手の方が恐ろしい。私を引きずり込み、身近に置こうとするような熱狂だった。


 私は足がすくみそうになった。その時。


 グイッ。


 私の前に痩せた背中が割り込んだ。悠斗だ。彼はモップを捨て、震える両足で踏ん張り、群衆に向かって両手を広げた。


「……下がれッ!!」


 掠れた、けれど腹の底から絞り出した一喝。その声には、あの世界で数多の戦場を潜り抜けてきた黒騎士の覇気が宿っているようだった。


「彼女に……触ろうとするな」


 最前列の男たちが、気圧されてたじろぐ。病み上がりの少年が一人、立っているだけだ。力で押せば簡単に潰せる。けれど、悠斗の瞳にある覚悟が、彼らを物理的に押し留めていた。


「悠斗……」


 私は彼の背中に手を添え、そして一歩前に出た。彼と肩を並べる。守られるだけじゃない。私たちは、二人で一つだ。


 私は群衆を見渡した。

 カメラを向ける若者、数珠を握りしめる老人、涙を流す女性。彼らの期待を、裏切らなければならない。


「……聞いてください」


 私の声は、静まり返った雪原によく響いた。拡声器はいらない。だって魔法が使えるから。夏フェスの音楽が遠くまで聞こえるのと同じ様に、私は魔法で再現する。


「物資をありがとうございます。……でも、もう持ってこないでください。私たちは、これで充分生きていけます」


『なぜですか!? 私たちの気持ちです!』

『もっと良い服を! 温かい寝床を! あなたは女神なのですよ!』


 反論が上がる。私は首を振った。


「私は女神じゃありません」


 ざわめきが広がる。私は自分の汚れた作業服と、あかぎれだらけの手を見せた。


「私は、あなたたちと同じ人間です。……お腹も空くし、寒ければ震える。トイレにだって行くし、機嫌が悪い日だってあります」


 私は隣の悠斗の手を握りしめ、高く掲げた。


「そして、私は恋もします。……この人は、私の大切なパートナーです。私の全ては、世界のためじゃなく、この人のためにあります」


『……なっ』

 信者たちの顔に、困惑と失望の色が浮かぶ。神聖なアイドルが、生々しい女としての顔を見せた瞬間だからね。でもこれでいい。幻滅させなきゃいけない。


「奇跡なんて起こせません。……代々木公園で見せた力は、私が必死に生き延びるために使った、ただの技術です」


 私は彼らの目を真っ直ぐに見つめた。


「だから、私を拝まないでください。……跪かないでください」


 冷たい風が吹き抜ける。沈黙。怒り出す人がいるかもしれない。石を投げる人がいるかもしれない。私は身構えた。


 けれど。群衆の中から、一人の少女の声が聞こえた。


「……でも、助けてくれた」


 最前列にいた、高校生くらいの女の子。彼女は涙を拭いながら叫んだ。


「人間でも、女神でも、どっちでもいい! ……あの日、私が鉄骨に潰されそうになった時、助けてくれたのはあなただった!」


「……!」


「私もだ!」

 今度は、中年の男性が拳を上げた。

「俺たちは、あんたが政府に盾突いて、自分の意思を貫く姿に惚れたんだ! ……神様だからここに来たんじゃねぇ! あんたがスゲェ人間だから、守りてぇと思ったんだよ!」


『そうだ!』 『その通りだ!』 『人間上等じゃねぇか!』


 歓声が上がった。それはさっきまでの、粘着質な祈りとは違う。もっとカラッとした、仲間を応援するような熱狂だ。光の理の団体に教義があるのかは知らないが、純粋に、彼らは私という個を認めてくれたのだと思った。


「……ふっ」

 悠斗が肩の力を抜き、笑った。

「やるな、梨花。……信者をファンに変えちまった」


「……もう。茶化さないでよ。同じようなものよ」


 私も力が抜けて、その場に座り込みそうになった。でも、心地よい疲労感だった。


「皆さん、ありがとうございます。私たちにも休息が必要です。ここの敷地には勝手に入ってこないでください。お願いします」



 ロープで作ったバリケードの向こうで、人々が再び隊列を組み直していく。今度は聖域を守る壁としてではない。理不尽な権力に立ち向かう、仲間の休息のために。


「……さあ、戻ろうぜ」

 悠斗が私に手を差し伸べた。

「俺たちの城へ。……これからの作戦会議だ」


「ええ」


 私は彼の手を取り、大きく上に掲げてから倉庫へと戻った。背中には、数万人の頼もしい味方の声援、私たちはもう、孤独な逃亡者ではなかった。





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