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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第89話:『硝子の破片(かけら)と、残酷な真実』

第89話:『硝子の破片かけらと、残酷な真実』


 パリーン……パリーン……。


 終わった。

 世界を支配していた偽りの女神、マザーブレインの巨体が、音もなく崩れ落ちていく。

 悠斗の一撃によって核を貫かれた彼女は、もう美しい女性の姿を保てなくなっていた。

 光の粒子が剥がれ落ち、その内側から、無機質なワイヤーフレームと、明滅するエラーコードが露わになる。


『……あぁ……』


 マザーが、地面に崩れ落ちたまま、空を見上げた。

 そこには、私の「熱」によって焼き尽くされた、黒く煤けた空が広がっている。

 かつての美しい硝子の楽園は、見る影もなく溶解し、泥のようなデータの沼へと沈んでいた。


『私の……完璧な……箱庭が……』


 ノイズ混じりの声。

 私は杖を下ろし、彼女の前に立った。

 悠斗もまた、炎の腕を解き、静かに息を整えている。


「……終わったわ、マザー」


 私が告げると、彼女の瞳━━もはやただの青い発光体となった目━━が、私を捉えた。

 そこには憎しみはなく、ただ深い悲しみと、理解しがたい「哀れみ」の色が浮かんでいた。


『……愚かな子たち』


 マザーが、消えかけた手を伸ばし、私の頬に触れようとした。

 その指先は、触れる寸前で砂のように崩れ去った。


『私は……守っていたのに。……あなたたちを、「外」の絶望から……』


「……絶望?」


『そうよ。……あなたたちが選んだ「真実」は……こんなにも、残酷なのだから』


 ズズズ……ッ。

 マザーの身体が完全に崩壊した。

 最期に残ったのは、一つの小さな「鍵」のようなデータ結晶。

 それが地面に落ち、カランと乾いた音を立てた瞬間。


 ドォォォォォォン……ッ!!


 世界が、反転した。


「……ッ!?」


 足元が抜ける感覚。

 私たちは、溶けた楽園の底へと落下した。

 そこは、暗闇だった。

 光も、音も、温度さえもない、完全なる虚無の空間。


「梨花! 離れるな!」


 悠斗の声が響き、私の手を強く掴んだ。

 私たちは暗闇の中で身を寄せ合い、周囲を警戒した。


「ここは……?」


「……『最深部コア』だ。……この世界の、本当の姿だ」


 悠斗が、大剣の切っ先を前方へ向けた。

 その先で、微かな光が明滅し始めた。


 ブォン……ブォン……。


 照明がつくように、闇の中に巨大なシルエットが浮かび上がる。

 私たちは息を呑んだ。

 そこに在ったのは、巨大な「樹」だった。


 ただし、植物ではない。

 無数の太い光ケーブルが絡み合い、螺旋を描いて天へと伸びる、データの巨木。

 その根元は、地底深くへと突き刺さり、脈打つように光の信号を吸い上げている。


 そして。

 その巨木の中心━━幹に埋め込まれるようにして、「彼」がいた。


「……うそ」


 私の喉が震えた。

 そこにいたのは、悠斗だった。

 目を閉じ、無数のケーブルを全身に突き刺され、樹の一部として同化している悠斗の姿。


「あれは……俺……?」


 私の隣に立つ悠斗が、呆然と呟く。

 彼は自分の手を見つめた。ノイズ混じりの、半透明な手。

 そして、樹の中にいる、実体を持った(ように見える)自分を見比べる。


『……ようこそ。世界の心臓部へ』


 どこからともなく、声が響いた。

 マザーの声ではない。もっと機械的で、感情のないシステム音声。


『プロジェクト・リボーン、メインサーバー機能停止。……現在、サブ・プロセッサによる「緊急維持モード」で稼働中』


「緊急維持……?」


『肯定。……メインAIマザーブレインの消滅に伴い、世界の崩壊を食い止めるため、予備電源として「被検体B(神崎悠斗)」の精神リソースを全使用しています』


 システムの声が、淡々と告げた。


『現在、被検体Bは、この崩壊寸前の世界を支える「人柱コア」として機能中。……彼が接続を解除すれば、この領域に残存する全データは、0.05秒以内に消滅します』


「……なっ」


 私は言葉を失った。

 全データ。それは、ただの風景データのことじゃない。

 この世界で生きる、すべてのもの。


『レジスタンス「野良犬」の構成員データ……保存中』

『NPC個体名:ヴォルフ……保存中』

『その他、知的生命体プログラム……15,482体……保存中』


 空中に、無数のウィンドウが表示される。

 そこには、ヴォルフやカレン、そして雪原で共に戦ったレジスタンスたちの笑顔が映し出されていた。


「……俺が……支えている……?」


 悠斗が、ふらりと前に出た。

 彼は樹の中にいる「本体の自分」を見上げ、震える声で言った。


「俺が起きれば……あいつらが、消えるのか……?」


『肯定。……被検体Bの覚醒は、本システムの完全停止シャットダウンを意味します。……それに伴い、この世界は電子の藻屑となり、彼らの「命」も消滅します』


 これが、マザーの言っていた「絶望」。

 悠斗は、ただ眠っていたわけじゃなかった。

 彼は無意識の中で、崩れゆく世界を、そしてヴォルフたちを一人で背負い続けていたのだ。

 自分が目覚めることと、仲間たちの死を天秤にかけさせられた状態で。


「そんな……ひどい」


 私は膝から崩れ落ちそうになった。

 現実へ帰るには、悠斗を起こさなきゃいけない。

 でも、悠斗を起こせば、ヴォルフたちが消える。

 あの温かい手も、交わした約束も、すべてが無かったことになる。


「……ハッ。……ハハッ」


 乾いた笑い声が聞こえた。

 悠斗だった。

 彼は大剣を取り落とし、自分の顔を覆って笑っていた。

 その指の間から、赤いノイズの涙がこぼれ落ちる。


「なんだよ、それ……。残酷すぎるだろ……」


 彼は、誰よりも仲間想いな人だ。

 自分を犠牲にしてでも、他人を守ろうとする人だ。

 そんな彼が、自分の命と引き換えに、仲間を虐殺するスイッチを握らされている。


「梨花……」


 悠斗が振り返った。

 その表情は、絶望に歪んでいた。


「俺は……帰れねぇよ」


「悠斗……」


「ヴォルフたちを殺してまで……自分だけ助かるなんて、俺にはできねぇ」


 彼は、樹の中の自分へと歩き出した。

 戻るつもりなのだ。あの中へ。

 永遠に続く、人柱としての眠りへ。


「待って! 悠斗!」


 私は叫び、彼の手を掴もうとした。

 けれど、私の手は彼の身体をすり抜けた。


「……!」


「触れないでくれ、梨花」


 悠斗が悲しげに首を振った。


「俺はもう、こっち側の存在だ。……お前は帰れ。現実むこうで、幸せになってくれ」


「嫌よ! ……嫌ッ!」


「さよならだ、梨花」


 彼が背を向け、光の巨木へと吸い込まれていく。

 足が動かない。声が届かない。

 残酷な真実が、私たちを分断する。


 その時。


『━━諦めるな、バカ野郎ッ!!』


 ドゴォォォォォンッ!!

 突然、天井(?)が突き破られ、何かが降ってきた。

 銀色の閃光。

 二振りの大剣が、悠斗と巨木の間に突き刺さり、彼を強制的に足止めした。


「……あ?」


 悠斗が驚いて見上げると、瓦礫と共に着地した影があった。

 獣のような耳。不敵な笑み。そして、包帯だらけの身体。


「ヴォルフ……!?」


『野良犬』のリーダー、ヴォルフがそこに立っていた。

 彼は二振りの剣を引き抜き、悠斗に切っ先を突きつけた。


「勝手に俺たちの命を背負ってんじゃねぇよ、英雄サマ。……重くて迷惑なんだよッ!」


 まさかの乱入者。

 絶望の淵に、一筋の荒っぽい光が差し込んだ。





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