第86話:『紅き粛清と、共鳴する魂(バグ)』
第86話:『紅き粛清と、共鳴する魂』
ウゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
不快な警報音が鳴り響き、白亜の空間がドス黒い赤色へと塗り替えられた。
警告色。
それは、この領域が「管理」から「排除」へとシフトした合図だった。
『対象、脅威度レベルSに再設定。……全リミッター解除』
ガルドスの身体が宙に浮いた。
彼の背後にある阿修羅のような戦闘マシン『イレイザー・ロード』が、ガルドスの動きに合わせて六本の腕を広げる。その掌には、圧縮された黒い光球が生成されていた。
『消えろ。……塵一つ残さずにな』
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!!
ガルドスが指揮棒を振ると同時に、六つの光球が私たちめがけて射出された。
ただの弾丸じゃない。あれは触れた空間ごとデータを削り取る「虚無の球」だ。
「悠斗、避けて! 受けると消されるわ!」
「わかってるッ!」
悠斗が私の腰を抱えて横っ飛びに回避する。
直後、私たちがいた場所を光球が通過し、床を音もなく円形にえぐり取った。断面には何もない。ただの黒い穴が開いているだけだ。
『逃げ回るだけか? ……ならば、足場を奪おう』
ガルドスが指を鳴らす。
ズズズズズ……!
床が波打ち、鋭利な槍となって隆起し始めた。
安全地帯がない。全方位からの攻撃。
「くそっ、キリがねぇ!」
悠斗が大剣でスパイクを薙ぎ払うが、破壊した端から再生していく。
「梨花、どうする!? このままじゃジリ貧だ!」
「……待って、あいつの攻撃には『法則』があるはずよ」
私は杖で飛んでくる破片を弾きながら、ガルドスの動きを観察した。
彼は「管理者」だ。だからこそ、すべての攻撃はシステム上のリソースを使っている。
無限に見える攻撃も、必ずどこかでエネルギー供給が繋がっているはず。
『エララ! ガルドスのエネルギー供給源を特定できる!?』
インカム越しに叫ぶと、エララの悲鳴に近い声が返ってきた。
『やってるけど……ダメ! あいつ、この空間の「壁」そのものから魔力を吸い上げてるわ! この部屋自体が、あいつの胃袋の中みたいなものよ!』
部屋自体が敵。
勝ち目がないように聞こえる。でも、逆に言えば……。
「……なら、この部屋を『壊せば』いい」
私は閃いた。
ガルドスはこの空間を「完璧に管理」することで無敵を誇っている。
だったら、彼が管理しきれないほどの「混沌」をぶつければいい。
「悠斗! 私が合図したら、最大火力の剣技を撃って!」
「あ? どこを狙えばいいんだ?」
「『天井』よ!」
「天井!? ……正気か?」
「いいから信じて! ……私の『熱』で、この世界の蓋を吹き飛ばす!」
私は杖を両手で握りしめ、目を閉じた。
イメージするのは、閉鎖された空間での爆発的膨張。
密閉された部屋で火災が起きるとどうなるか。
バックドラフト。蒸気爆発。
熱エネルギーは、逃げ場を失うと凶暴な破壊力に変わる。
「『熱力学』……臨界点突破ッ!!」
カッ!!!!
私の身体から、紅蓮の魔力が噴き出した。
それは炎ではない。純粋な「熱量」の奔流。
部屋中の空気が一瞬でプラズマ化し、膨張を始める。
逃げ場のない熱が、壁を、床を、そして天井を内側から圧迫する。
『な……何をする気だ!? 自爆するつもりか!?』
ガルドスが狼狽する。
『室温上昇、危険域! ……冷却システム、フル稼働! バカな、追いつかない!?』
「今よ、悠斗ッ!!」
「おうよッ!!」
悠斗が跳んだ。
熱膨張による強烈な上昇気流に乗り、鳥のように高く舞い上がる。
彼の大剣が、私の熱を吸って赤熱化していく。
二人の力が重なる。
「うおおおおおおおッ! 『灼熱・流星剣』ッ!!」
ズバァァァァァァァンッ!!
悠斗の一撃が、天井の中央にある「空調管理ユニット」らしき部分を直撃した。
そこは、エララが解析した「エネルギーの吸入口」でもあった。
ドガガガガガッ!!
ピューーーーーッ!!
天井に亀裂が入り、そこから圧縮された熱気が一気に噴出した。
まるで風船が破裂したような衝撃波。
気圧のバランスが崩れ、空間全体が激しく揺れる。
『ぐああああああッ!? 制御が……空間座標がズレるッ!?』
ガルドスがバランスを崩し、空中に縫い留められていた身体が落下した。
背後のイレイザー・ロードも、供給ラインを断たれて動きが停止する。
管理者権限の消失。
ただの「個」に戻った瞬間だ。
「……落ちたな、神様」
着地した悠斗が、ふらつくガルドスの前に立つ。
その切っ先が、管理者の喉元に向けられる。
『……バカな。……たかがバグ如きが、システムの理を超えるなど……』
ガルドスは膝をつき、憎々しげに私たちを睨み上げた。
『あり得ない……計算できない……!』
私は悠斗の隣に立ち、杖を下ろした。
肩で息をする。魔力はすっからかんだ。でも、勝った。
「計算できないから『人間』なのよ」
私は彼を見下ろして言った。
「あなたの負けよ、ガルドス。……道を開けて」
ガルドスはしばらく震えていたが、やがて糸が切れたように脱力した。
そして、その口元が微かに歪んだ。
『……ククッ。……ハハハハハッ!!』
突然の狂ったような哄笑。
負け惜しみ? それとも壊れた?
『面白い。……実に面白いぞ、旧人類!』
ガルドスが顔を上げた。そのバイザーが砕け散り、下から現れた素顔には、狂気的な歓喜が浮かんでいた。
『認めよう! 君たちは「排除対象」ではない!』
彼はゆっくりと立ち上がり、背後の壁に手を触れた。
『君たちは……私が自らの手で解析し、喰らい尽くすべき「進化の糧」だ!!』
ズズズズズ……。
ガルドスの背後の壁が左右に割れ、その奥から「巨大な光の柱」が現れた。
それは、マザーブレインの本体へと続く、最後の光のエレベーター。
『行け。……マザーの元へ』
ガルドスは不気味な笑みを浮かべたまま、道を開けた。
『だが覚えておけ。……最深部で待つのは「真実」などという甘いものではない。……君たちの存在意義を問う、絶望の淵だ』
「……上等だ」
悠斗はガルドスを一瞥し、私に手を差し出した。
「行こう、梨花。……ここまで来たら、最後まで付き合うぜ」
「ええ。……行きましょう」
私たちはガルドスの横を通り過ぎ、光の中へと足を踏み入れた。
背後で、管理者の笑い声がいつまでも響いていた。
光に包まれる中、私たちの身体が浮き上がる。
次なる舞台は、塔の頂上。
ついに、この世界の創造主との対面が待っている。




