第85話:『エラーなる感情と、崩れる完全性』
第85話:『エラーなる感情と、崩れる完全性』
ドガガガガガッ!!
無機質な白亜の空間に、破壊音が連鎖する。
ガルドスの背後に浮かぶ阿修羅のような戦闘マシン━━『イレイザー・ロード』の六本の腕が、暴風雨のような連撃を繰り出していた。
「くっ……! 速いッ!」
悠斗が大剣を盾にして防ぐが、そのたびに衝撃で身体が後方へと弾かれる。
重い。一撃一撃が、先ほどの氷の巨人とは比較にならない質量を持っている。しかも、その攻撃軌道は精密機械のように正確で、悠斗の回避ルートを完全に封鎖していた。
『どうした、ナンバー01。……演算速度が落ちているぞ?』
ガルドスは優雅にレイピアを指揮棒のように振りながら、冷笑を浮かべる。彼自身は一歩も動いていない。すべては背後のマシンと、床から放たれるレーザーの檻が自動的に敵を追い詰めていく。
「悠斗! 『氷壁』ッ!」
私は杖を振り上げ、悠斗の死角をカバーするように氷の壁を出現させた。
しかし、イレイザー・ロードの一撃がそれに触れた瞬間。
ジュッ……!
氷壁は砕ける音すらせず、瞬時に蒸発した。
物理的な破壊ではない。「存在」そのものをデータの海へと還元する、分解攻撃だ。
「嘘……魔法が効かない!?」
『無駄だ。この領域における物理法則は、すべて私が定義している。……君たちのささやかな魔法など、数行のコード修正で無効化できる』
ガルドスが指を鳴らす。
すると、私の足元の床が液状化し、泥沼のように足首を掴んだ。
「きゃっ!?」
「梨花!」
悠斗が私を助けようと振り返った隙に、機械の拳が彼の横腹を直撃した。
ズドォォォォンッ!!
「がはっ……!」
悠斗がボールのように吹き飛ばされ、白い壁に激突する。鎧がひしゃげ、口元から赤いノイズが散る。
『学習しないな。……「仲間」などという重りを抱えているから、動作にラグが生じるのだ』
ガルドスは倒れた悠斗には目もくれず、拘束された私へとゆっくり歩み寄ってきた。
その銀色の瞳には、憐れみすら浮かんでいる。
『君さえいなければ、彼は優秀な兵士でいられた。……君というノイズが、彼の回路を狂わせたのだよ』
レイピアの切っ先が、私の喉元に向けられる。
冷たい。死の感触。
でも、私は睨み返した。
「……狂わせたんじゃない。彼が自分で選んだの」
『選ぶ? プログラムに選択の自由などない』
「あるわ! ……だって、今の彼は、あなたの計算通りに動いてないでしょ!?」
その時。
私のインカムに、懐かしい声が飛び込んできた。
『━━その通りよ、リリア!』
エララだ!
ハッキングによる電子戦を仕掛けていた彼女の声には、焦りではなく、確信めいた響きがあった。
『解析完了! ……ガルドスの動き、一見完璧に見えるけど「穴」があるわ!』
「穴……!?」
『あいつの予測アルゴリズムは、あくまで「論理的・効率的」な行動しか計算してないの。……つまり、「非効率でバカな行動」は予測できない!』
非効率で、バカな行動。
私はハッとして、壁際の悠斗を見た。
彼はボロボロになりながらも、大剣を杖代わりにして立ち上がろうとしていた。
HPは残りわずか。撤退するのが論理的な正解。
でも、彼は笑っていた。
「……へっ、あいつの言う通りだ」
悠斗が口元の血を拭う。
その瞳に、かつて地下書庫で見せた『限界突破』の碧い炎が灯る。
「効率だの確率だの……知ったことかよ。俺は、俺のやり方で梨花を守る!」
『何……?』
ガルドスが怪訝そうに眉をひそめた瞬間、悠斗が突っ込んできた。
防御行動を一切捨てた、捨て身の特攻。
ガルドスの計算では「あり得ない」タイミング。
「ウオオオオオオッ!!」
『バカな。自壊する気か!?』
イレイザー・ロードの腕が一斉に悠斗を襲う。
回避不能の飽和攻撃。
だが、私は叫んだ。
「今よ! ……計算外の『熱』を食らいなさいッ!!」
私は杖を床に突き刺した。
狙うのはガルドスじゃない。この「完璧に空調管理された」空間そのものだ。
「『環境制御』……暴走ッ!!」
カッ!!
私の魔力が、部屋中の空気分子を激しく振動させた。
局所的な急激な温度上昇。
冷え切っていた管理領域に、摂氏一〇〇度を超える熱波と、それに伴う強烈な上昇気流(乱気流)が発生する。
『ぬぅ!? センサーにノイズが……!?』
ガルドスの周囲に浮かぶホログラムが、熱ゆらぎで歪み、激しく明滅した。
完璧だった視界が遮られ、イレイザー・ロードの照準が一瞬だけブレる。
その一瞬の隙間。
「論理」の狭間に生まれた、コンマ一秒の「バグ」。
悠斗はそれを見逃さなかった。
「そこだァァァァァッ!!」
ズバァァァァァンッ!!
悠斗の大剣が、ガルドスの防御障壁ごとレイピアを弾き飛ばした。
そして、その刃がガルドスの左肩を深々と切り裂く。
『ぐ……あぁッ!?』
ガルドスが初めて苦悶の声を上げ、後退した。
白いコートに、青い血(冷却液)が飛び散る。
彼は信じられないものを見るように、傷口を押さえて私たちを睨んだ。
『……なぜだ。……私の計算は完璧だったはず。……なぜ、この私が被弾する……?』
「計算なんて関係ない」
私は拘束が解けた足で立ち上がり、悠斗の隣に並んだ。
熱波で揺らめく空気の中、私たちは二人で一人のように息を合わせていた。
「これが『感情』の力よ。……誰かを守りたいって想いは、あなたの論理なんかじゃ計れない!」
「……そういうことだ!」
悠斗が大剣を突きつける。
「さあ、ラウンド2だ。……その澄ました仮面、全部剥がしてやるよ」
ガルドスの顔から、表情が消えた。
代わりに浮かび上がったのは、底知れぬ殺意と、システム管理者としての冷徹な本気。
『……いいだろう。イレギュラーども』
ゴゴゴゴゴゴ……。
空間全体が赤く染まり始める。
『認めてやろう。君たちは排除すべきバグではなく……殲滅すべき「敵」だと』
崩れた「完全性」の先で、本当の死闘が始まろうとしていた。




