第8話:『解析不能の黒い箱と、謎の少女』
第8話:『解析不能の黒い箱と、謎の少女』
地下水道の悪臭を少し引きずりながら、私たちは冒険者ギルドに戻ってきた。外はすっかり日が暮れて、酒場は昼間以上の熱気に包まれている。
「依頼完了の報告だ。……それと、これを査定してほしい」
ユリオがカウンターに『黒い箱』をドスンと置いた。ズシリと重い金属音。受付のお姉さんは、笑顔を少し引きつらせながらその物体を覗き込んだ。
「これは……? 魔獣の素材、でしょうか?」
「地下水道にいた『機械のワニ』から回収した。……心臓部分だと思われる」
「機械のワニ? はぁ……。少々お待ちください。鑑定士を呼びますね」
しばらくして、奥から白ひげを蓄えたローブ姿の老人が現れた。ギルド専属の鑑定魔導士だ。彼は鼻眼鏡の位置を直し、片手に持ったルーペのような魔道具で箱を観察し始めた。
「ふむ……。魔力反応は極めて微弱。材質は……強化鋼鉄か? いや、もっと軽い」
老人は眉間に深い皺を寄せ、杖でコツコツと箱を叩いた。
「構造が理解不能じゃ。魔石も使わずに、どうやって動力を生み出しておる? 表面の文字も、古代語の一種かもしれんが……読めんな」
【Product of Northgard】
私にははっきりと読めるその文字が、この世界のエリート魔導士には「古代語」に見える。その事実に、私は言いようのない孤独を感じた。この世界で、私だけが「異物」なのだと突きつけられた気がして。
「……結論として、これは『ガラクタ』じゃな。珍しい金属かもしれんが、使い道がない」
老人は興味を失ったように手を振った。
「買い取り価格は、鉄屑として銀貨三枚。それでどうじゃ?」
「そんな……!」
私は思わず声を上げた。これはただの鉄屑じゃない。中には高度なCPUとメモリが詰まっている。もし解析できれば、北の国の技術レベルや、彼らの目的がわかるかもしれないのに。
「待ってください! これはもっと重要な……!」
「お嬢ちゃん。わしら魔導士がわからんものを、子供がわかるはずもなかろう」
老人は冷たく言い放ち、背を向けた。周囲の冒険者たちも、「なんだガラクタか」と嘲笑の目を向けてくる。悔しい。でも、私が「これはコンピュータです」と言ったところで、誰が信じてくれるだろう。
「……行こう、リリア。銀貨三枚でも、今日の宿代にはなる」
ユリオが諦めたように箱を手に取ろうとした、その時だった。
「━━その鑑定、待ったほうがいいわよ」
凛とした、涼やかな声が響いた。喧騒に満ちた酒場の空気を、一瞬で切り裂くような知的な響き。
振り返ると、酒場の隅、本が山積みにされたテーブルに、一人の少女が座っていた。 年齢は一五、六歳くらいだろうか。蜂蜜色の髪を三つ編みにし、少し大きめの丸眼鏡をかけている。着ているのは冒険者の鎧ではなく、アカデミックなローブだ。
彼女は読みかけの分厚い本を閉じ、コツコツとヒールの音を立ててこちらへ歩み寄ってきた。
「見せて」
彼女はユリオの手から箱をひったくると、眼鏡の奥の瞳を鋭く細めた。その視線は、箱の表面だけでなく、内部構造まで見通そうとしているかのようだった。
「……やっぱり。『魔導回路』じゃないわね。これは『論理演算機』……いいえ、もっと異質な……」
彼女はブツブツと呟き、それから指先で表面の文字をなぞった。
「『ノース……ガルド』。……北の果て、氷に閉ざされた未開の地」
読めるの? 私が驚いて顔を見上げると、彼女と目が合った。薄い緑色の瞳。そこには、探究心と、微かな警戒色が宿っていた。
「あなたたち、これをどこで?」
「地下水道だ。……襲ってきた機械の化け物を倒して手に入れた」
ユリオが警戒しながら答える。少女は「ふうん」と鼻を鳴らし、興味深そうに私とユリオを交互に見た。
「面白いわね。王都の地下に、こんな『オーパーツ』が紛れ込んでいるなんて」
彼女はギルドの受付に向き直った。
「この箱、私が買い取るわ。……金貨五枚でどう?」
「き、金貨五枚!?」
受付のお姉さんも、鑑定士の老人も目を剥いた。鉄屑が、いきなり大金に化けたのだ。
「エララ様、しかしそれは……」
「私の研究費から出すわ。文句ある?」
エララ。それが彼女の名前だった。彼女は金貨をチャリンとカウンターに置くと、重いはずの箱を小脇に抱え、私たちに向かってニヤリと笑った。
「商談成立ね。……でも、お金だけじゃ足りないわ」
「え?」
「あなたたち、この箱を持っていた『機械』について、もっと詳しく聞かせなさい。……それと」
彼女は眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げ、私の顔を覗き込んだ。
「そこの小さいの。……あなた、この箱の文字が『読めた』顔をしてたわね?」
ドキリとした。見透かされている。
「さあ、私の研究室へいらっしゃい。……美味しい紅茶と、とびきりの『秘密の話』をご馳走してあげる」
彼女は有無を言わせぬ迫力で踵を返した。ユリオが「どうする?」という目で私を見る。私は頷いた。この人は、知っている。私が言葉にできない「この世界の違和感」を、共有できるかもしれない唯一の相手だ。
「……行こう、ユリオ」
私たちは謎の少女、エララの後を追って、ギルドを出た。王都の夜風が、少しだけ冷たく、そして謎めいた匂いを運んできていた。これが、運命の三人目の仲間との出会いだった。




