第76話:『優しさの代償』
第76話:『優しさの代償』
ガガガガガッ……!!
絶え間ない衝撃音が、鼓膜を打ち震わせる。悠斗が放つ紫色の光弾が、私の展開した『障壁』に降り注ぐ雨のように突き刺さっていた。
一発一発が重い。それはただの魔力弾ではない。彼が自らの存在を削り、その苦痛と焦燥を物理的な破壊力に変換した「命の欠片」だ。
「くっ……うぅっ!」
私は歯を食い縛り、防御に徹していた。反撃はできない。彼が背にしている教会には、怯えた子供たちがいる。もし私が攻撃魔法を放ち、彼が展開している結界を吹き飛ばしてしまえば、その瞬間に子供たちは「データ消失」の波に飲み込まれてしまう。
『……警告。……侵入者、排除……』 『……ココハ、通サナイ……!!』
悠斗の絶叫が響く。彼はもう、立ち上がることさえできないようだった。片膝をつき、大剣にしがみつくようにして姿勢を保っている。その全身から、青白い火花のような光の粒子が、ボロボロとこぼれ落ちていく。
『梨花! 奴のバイタルが限界だ!』
レンの悲鳴に近い警告が脳内に響く。
『最大HP(上限値)が削れすぎてる! もうアバターの構成維持ができない! あと数分……いや、数秒で、あいつ自身が崩壊して消滅するぞ!』
「そんな……!」
私は息を呑んだ。彼は知っているのだ。このまま結界を維持し続ければ、自分が消えてしまうことを。それでも、彼は止まらない。背後の子供たちを守るためなら、自分の命なんて安いものだと思っている。
━━『騎士様、もういいよ!』 ━━『死んじゃうよ!』
結界の中から、子供たちの泣き声が聞こえる。彼らもまた、必死に止めているのだ。 けれど、悠斗は首を振るだけ。
『……大丈夫ダ。……俺ガ、守ル……』
その言葉は、プログラムされたセリフじゃない。彼の魂の底から湧き上がる、愚直なまでの優しさだ。
かつて、彼は言っていた。『俺は強くなんかない。ただ、目の前で誰かが泣いているのが嫌なだけだ』と。その優しさが今、彼自身を殺す刃になっている。
ズズズ……ッ!
悠斗の身体が大きく揺らいだ。限界が近い。結界の紫色が薄れ、外側のワイヤーフレームの虚無が、教会の壁を侵食し始める。
『……ウ、アァァァァッ!!』
彼は吠えた。最後の力を振り絞り、自分の腕をデータ変換して魔力に変え、結界を再構築しようとしている。右腕の装甲が砕け散り、中のワイヤーフレームが露出する。
「やめて、悠斗!!」
私は障壁を解き、走り出した。防御を捨てた私に、光弾が襲いかかる。
ドスッ!
「ぐっ……!」
肩を掠め、頬を切り裂く。熱い痛みが走る。でも、足は止めない。彼が命を削っているのに、私だけが無傷でいられるわけがない。
私は光弾の雨を潜り抜け、結界の目の前まで肉薄した。至近距離で見る彼の姿は、あまりにも悲惨だった。兜のバイザーは割れ、その奥の赤い瞳だけが、消え入りそうなロウソクのように揺らめいている。
彼の足元。踏ん張る鉄靴のすぐ横に、小さな白い輪が落ちていた。シロツメクサの花冠。泥にまみれ、枯れかけているけれど、彼が踏まないように必死に避けていた「宝物」。
あの子たちがくれたんだね。ありがとうの印として。だからあなたは、ここを動けなかったんだ。
「……バカよ、本当に」
涙が溢れて止まらない。世界最強の騎士が、こんな小さな花冠と約束のために、命を捨てようとしているなんて。
『……来ル、ナ……!!』
悠斗が私に向けて、大剣を突き出そうとする。けれど、その腕にはもう力が入っていない。剣先が震え、地面を擦る。
私は杖を捨てた。両手を広げ、彼と、彼が展開する結界に向かって歩み寄る。
「戦いに来たんじゃない」
私は言った。
「あなたを一人になんてさせない。……その痛み、私にも半分背負わせて」
『……ナニヲ……』
私は両手を、バチバチと音を立てる紫色の結界に押し当てた。
バヂヂヂヂッ!!
拒絶の電撃が全身を駆け巡る。皮膚が焼ける匂いがする。レンが「やめろ!」と叫んでいるのが遠くに聞こえる。構うものか。
━━同調開始。 ━━パス:魔力譲渡。 ━━対象:守護騎士の結界。
「受け取って、悠斗!」
私は体内の全魔力を解放した。攻撃のためではない。彼が維持している結界の「不足分」を、私の魔力で埋めるために。彼が自分の命を削らなくて済むように、私が代わりの燃料になる。
ゴォォォォォォォッ!!
私の身体から黄金色の光が噴き出し、紫色の結界に混ざり合う。毒々しかった光が、温かみのあるオレンジ色へと変わっていく。
『……ガ、ア……?』
悠斗の動きが止まった。身体を蝕んでいた負荷が消え、代わりに温かい力が流れ込んでくるのを感じたのだろう。赤い瞳が、驚愕に見開かれる。
「一人でカッコつけないでよ」
私は結界越しに、彼の手甲に自分の手を重ねた。焼けるように熱く、そして氷のように冷たい鉄の手。
「言ったでしょ。……私たちは二人で一つ(パーティ)だって」
二つの魔力が完全に混ざり合った瞬間。彼の足元に落ちていた花冠が、ふわりと宙に浮き上がり、眩い光を放ち始めた。




