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アルメルシア クロニクル ―『君と紡いだ偽りの物語は、やがて世界の真実になる』  作者: amya


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第74話:『透明な村人たち』

第74話:『透明な村人たち』


 ヒュォォォ……。


 風の音が、空虚に響く。私は、かつて「宿場村ラニア」と呼ばれていた場所のメインストリート━━だったはずの空間に足を踏み入れた。


 そこは、まるで巨大な設計図の中に迷い込んだような世界だった。


 地面は黒い虚空の上に引かれた、無機質な緑色のグリッド線。建ち並ぶ家々は、壁も屋根もテクスチャを失い、ネオン管のような光の枠組み(ワイヤーフレーム)だけで構成されている。家の中の家具も、暖炉も、テーブルも、すべてが透けて見えた。プライバシーも生活の匂いもない、ただの「座標データの集合体」。


「……酷い」


 私は杖を握りしめ、透き通った宿屋の前で立ち尽くした。かつて、私たちが泊めてもらった納屋も、今はただの四角い枠に過ぎない。思い出の場所が、デジタルのむくろに変わっている。


 その時、視界の端で何かが動いた。


「……!」


 ワイヤーフレームの家の前。半透明の「影」のような人影が、ゆっくりと動いていた。


 それは、初老の男性のNPCだった。けれど、彼の体には色彩がない。ガラス細工のように向こう側が透けており、顔のパーツさえもぼやけて判別できない。彼は、存在しない「クワ」のようなものを握り、グリッドだけの地面に向かって、黙々と農作業のモーションを繰り返していた。


 ブンッ……ブンッ……。


 クワが振り下ろされるたびに、空気が揺れるような音はするが、土を掘る音はしない。  そもそも、掘るべき土がないのだから。


「あの……」


 私は恐る恐る声をかけた。


「聞こえますか? ここはもう、危険です……!」


 私の声に、彼は反応しなかった。ただ、機械的にクワを振り上げ、振り下ろすだけ。  その動作のたびに、彼の腕や足から、キラキラと光の粒子がこぼれ落ちていく。動くたびにデータが磨耗し、消滅に向かっているのだ。


「やめて! 動かないで! 消えちゃう!」


 私は駆け寄り、彼の肩を掴んで止めようとした。


 スカッ。


 私の手は、彼の肩をすり抜けた。感触がない。まるで、蜃気楼を掴んだような虚無感。


「え……?」


 私は自分の手と、彼を見比べた。彼は何事もなかったかのように、またクワを構える。


 『……無駄だ、梨花。接触判定コリジョンが消失してる』


 レンの声が、ノイズ混じりに告げる。


 『そいつらはもう、サーバー上には「存在しない」扱いなんだ。……残っているのは、クライアント側に焼き付いた残像キャッシュだけだ』


 残像……。じゃあ、目の前にいるこの人は、もう死んでいるの? 自分が消滅したことにも気づかず、終わらない労働を続けているの?


 私は視線を巡らせた。村のあちこちに、同じような「透明な村人たち」がいた。


 井戸端会議をする二人の女性。道端で遊ぶ子供の影。荷車を引く行商人。


 彼らは皆、口を動かしていた。笑い合っているように見えた。けれど、そこから聞こえてくるのは言葉ではなかった。


 『……ザザッ……ザ……』  『……ピィー……ガガッ……』


 壊れたラジオのような、不快な電子ノイズ。音声データも破損し、彼らの言葉は永遠に失われてしまったのだ。


「うっ……」


 私は耳を塞ぎたくなった。怖い。モンスターに襲われるよりも、ずっと恐ろしい。日常が、音もなく蝕まれ、意味のない信号の羅列に変わっていく。これが「世界の終わり」の正体なのか。


 私は逃げるように視線を上げ、村の中央を見た。あそこだけが違った。


 村外れの丘の上にある、小さな教会。そこだけが、ワイヤーフレームではなく、本来の「石造り」の質感を保っていた。屋根があり、壁があり、ステンドグラスが色彩を放っている。


 そして、その建物を包み込むように、巨大なドーム状の結界が展開されていた。


 ブォォォォォン……。


 重低音を響かせる、紫色の光の壁。あれが、外側の「虚無」の侵食を食い止めているのだ。あの光の内側だけが、この世界で唯一、時がつなぎ止められている場所。


「悠斗……!」


 私は走り出した。グリッドの地面を蹴り、透明な村人たちをすり抜け、丘を目指す。


 近づくにつれて、結界の中心にいる「彼」の姿がはっきりと見えてきた。


 教会の前の石畳。そこに、黒騎士が片膝をついて座り込んでいた。大剣を杖のように地面に突き立て、その柄を両手で強く握りしめている。彼の身体から溢れ出した赤黒いオーラが、結界となって教会を覆っているのだ。


 けれど、その姿は痛々しかった。鎧はボロボロに錆びつき、所々から火花が散っている。兜の隙間から漏れる息遣いは荒く、肩で息をしているのが遠目にもわかった。


 彼は戦っているのではない。耐えているのだ。自分の命(HP)を削り、精神(MP)を燃やして、迫りくる「世界の消失」という絶対的な圧力に対して、たった一人で防波堤になろうとしている。


「どうして……そんなになるまで」


 私は丘を駆け上がった。結界のふちに辿り着く。紫色の壁の向こう。彼の背後の教会の扉が少しだけ開いていて、そこから数人の小さな影がこちらを覗いているのが見えた。


 子供たちだ。あの透明な村人たちとは違い、しっかりと「実体」を持った、色鮮やかな子供たち。彼らは震えながら、自分たちを守る黒騎士の背中を見つめていた。


 悠斗が守っているのは、教会という建物じゃない。あの子供たちの「命」そのものなんだ。


「悠斗!」


 私が叫ぶと、突き立てられた大剣が微かに震えた。黒騎士がゆっくりと、油切れの機械のように顔を上げる。


 ギギッ……。


 兜の奥。かつてのような強い光はなく、今にも消えそうなほど弱々しい赤い光が、私の方を向いた。


 『……来ル、ナ……』


 掠れた、ノイズ混じりの声。


 『……ココハ……最後ノ……砦ダ……』


 拒絶。けれど、それは敵意というよりも、これ以上何も失いたくないという、悲痛な懇願のように聞こえた。





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