第71話:『交錯する剣戟』
第71話:『交錯する剣戟』
ズガァァァァンッ!!
紫色の閃光が、永遠の夜を切り裂いた。私が放った最大火力の『臨界爆砕』が、黒騎士の構えた大盾に直撃し、森全体を揺るがすほどの轟音を上げた。圧縮された魔力が炸裂し、爆風が木々をなぎ倒して地面を焦がす。これなら、いくらなんでも━━。
「……嘘」
土煙が晴れた後、私は絶句した。悠斗は、一歩も下がっていなかった。黒い鎧に煤がついている程度。彼のHPバーは1ミリも減っていなかった。彼の周囲には、六角形の光の障壁が淡く展開され、爆発の熱量を完全に遮断していた。
『……ダメだ、梨花。魔法が通じない』
レンの焦燥に満ちた声が響く。
『奴の固有スキル「聖域守護」がバグって常時発動してる。魔法防御力がカンスト(カウンターストップ)してるぞ。核ミサイルを撃ち込んでも無傷だ』
「そんな……どうすればいいのよ!」
私は杖を握りしめ、歯噛みした。かつて、強大なドラゴンブレスから私を守ってくれた、世界最強の盾。それが今、私自身の前に立ちはだかる「絶望の壁」となっていた。
『警告。……敵対行動ヲ確認。……排除スル』
悠斗が動いた。大剣を片手で振り上げ、不可視の衝撃波を飛ばしてくる。
ヒュンッ!!
「くっ、『転移』!」
私は短距離テレポートで回避する。一瞬前まで私がいた場所の地面が、鎌鼬に切られたように深く抉れる。息つく暇もない。転移先を読んでいるかのように、次の斬撃が迫る。
ガキンッ!
杖で受け止めるが、重い。腕の骨がきしむ。魔法使い(私)の筋力値と、騎士(彼)の筋力値では、大人と子供以上の差がある。
「悠斗! 目を覚まして!」
至近距離で叫ぶが、赤い瞳は私を映さない。ただ、背後のテントを守る障害物として処理しているだけだ。
ドゴォォッ!
強烈な蹴りが鳩尾に入った。私はボールのように吹き飛ばされ、泥だらけになって地面を転がった。
「がはっ……!」
肺の中の空気が強制排出される。痛覚遮断がないこの世界でのダメージは、現実の苦痛となって身体を蝕む。視界が明滅し、ノイズが走る。HPバーが赤色に突入した。
『梨花! 一旦離脱しろ! このままじゃジリ貧だ!』
「……嫌よ。置いていけない!」
私は震える足で立ち上がった。ポーションを飲み干し、荒い呼吸を整える。
悠斗は追撃してこなかった。彼は私を吹き飛ばした後、すぐに踵を返し、元の位置━━テントの前へと戻っていく。そして再び大剣を構え、彫像のように静止した。
[Task: Guarding...]
その背中は、あまりにも孤独で、そして悲しかった。
「……レン。気づいた?」
私は杖の先で地面に線を引きながら言った。
「彼は、あのテントから半径5メートル以上、離れようとしない」
『……ああ。迎撃範囲が極端に狭い。まるで鎖に繋がれた番犬だ』
「私が遠距離から攻撃すれば防御するだけ。近づけば排除しようとするけど、深追いはしない」
それは、彼に刻まれた「守る」という本能の残骸。テントの中で眠っている(と信じ込んでいる)私を、決して一人にしないという、優しすぎる呪い。
「……バカみたい」
涙が溢れた。こんなになってまで、まだ私を守ろうとしているなんて。私のために、私自身を傷つけてまで。
「力ずくじゃ、勝てないわ」
私は杖を下ろした。彼の防御は完璧だ。私の魔法では、あの鎧に傷一つつけられない。 そして何より、私は彼を傷つけたくない。
「なら……彼のルール(論理)を変えるしかない」
私はバックパックを探り、あるアイテムを取り出した。それは武器でも、回復薬でもない。地下水路の街で、ギルドマスターから譲り受けた「携帯用調理セット」と、道端で採取したバグった食材(ポリゴンの欠片のような野菜や肉)だった。
『おい、何をする気だ? まさか、この状況で飯を作る気か?』
レンが素っ頓狂な声を上げる。
「ええ、そうよ」
私は涙を拭い、ニヤリと笑ってみせた。
「彼は『夜番』をしてるんでしょう? ……なら、交代の時間が必要だわ」
かつて、私たちが旅をしていた頃のルール。夜番は交代制。そして、交代の合図はいつも━━温かい食事だった。
「見てて、レン。……私の最強魔法(手料理)を見せてあげるから」
私は戦闘領域のギリギリ外側に座り込み、鍋に水を張った。 悠斗はこちらを警戒しているが、攻撃範囲外なので動かない。この膠着状態を打破するのは、剣でも魔法でもない。二人の記憶に深く刻まれた、「日常」という名の鍵だ。
焚き火の紫色の炎が揺れる。終わらない夜の森で、私は静かに調理を開始した。




