第6話:『王都グランドリアと、冒険者ギルド』
第6話:『王都グランドリアと、冒険者ギルド』
その巨大な都市が姿を現したとき、私は思わず息を呑んで立ち尽くした。
「うわぁ……! おっきい……!」
街道の丘の上から見下ろす先。広大な平原の中心に、それはあった。二〇四〇年の東京ドームが何個入るかわからないほどの広さを、白亜の城壁がぐるりと囲んでいる。その内側には、煉瓦造りの建物が隙間なく並び、中央の小高い丘には、青い尖塔を持つ巨大な王城がそびえ立っていた。
王都グランドリア。この大陸で最も栄える、人種のるつぼ。空には飛竜便が飛び交い、城門には長蛇の列ができている。
「すごい人だ。……リリア、はぐれるなよ」
ユリオが自然に手を差し出してくれた。私は「はい!」と元気よく返事をして、その大きく温かい手をギュッと握り返した。これなら絶対に迷子にならない。それに、デートみたいでちょっと嬉しい。
長い行列に並び、門番によるチェック(魔石を見せたらすぐに通してくれた)を抜けて、私たちは王都の中へと足を踏み入れた。
ザワザワ……カンカンッ! いらっしゃい!
活気が、音の塊となって押し寄せてくる。市場には見たことのない果物や魔獣の素材が並び、鍛冶屋からはハンマーの音が響く。猫耳の獣人や、背の低いドワーフ、長い耳のエルフたちが当たり前のように歩いている光景は、ここが本当に異世界なのだと再認識させてくれた。
「まずは情報の拠点を探そう。……長老の話だと、『冒険者ギルド』に行けばいいらしい」
ユリオが通りがかりの商人に道を尋ね、私たちは中央広場に面した大きな建物へと向かった。剣と盾が交差した看板が掲げられた、重厚な石造りの建物。重い扉を開けると━━。
ガヤガヤガヤガヤッ!!
そこは、熱気と酒と汗の匂いが充満する、男たちの園だった。昼間だというのにジョッキを傾ける戦士たち。依頼書の張り紙を見て議論する魔法使いたち。
「うっ……なんか、ガラ悪いかも」
私が思わずユリオの背中に隠れると、入り口付近にいた強面の男たちが私たちに気づいた。
「あぁ? なんだぁ、見ねえ顔だな」
「おいおい、子供の遊び場じゃねぇぞ。お嬢ちゃん、ママのおっぱいは吸ってきたか?」
下卑た笑い声が起きる。ベタだ。異世界転生モノでよく見る「ギルドの洗礼」だ! 実際に遭遇すると、やっぱり怖い。
スキンヘッドの大男が、ニヤニヤしながら私の頭に手を伸ばしてきた。
「可愛い顔してんじゃねぇか。俺たちがたっぷりと可愛がって……」
ガシッ。
その手が、私の頭に触れる寸前で止まった。ユリオが、男の手首を掴んでいたのだ。
「……連れが怯えている。触るな」
ユリオの声は低く、静かだった。でも、その碧眼には絶対零度の冷徹な光が宿っている。
「あぁ!? 離せよガキ、へし折るぞ!」
大男が顔を真っ赤にして腕を振りほどこうとする。けれど、ユリオの手は万力のようにピクリとも動かない。それどころか、ミシミシと骨が軋む音が聞こえ始めた。
「い、痛ってぇぇぇっ!? おま、何だこの馬鹿力……!」
「失せろ」
ユリオが軽く腕を振ると、大男は独楽のように回転しながら仲間たちのテーブルへと吹っ飛んだ。
ガシャァァァン!!
店内が一瞬で静まり返る。全員の視線が、涼しい顔をして手袋を直すユリオに集中した。
「……行くぞ、リリア」
「は、はいっ!」
かっこよすぎる。私は心の中でスタンディングオベーションを送りながら、彼についてカウンターへと向かった。
「いらっしゃいませ。登録希望ですか?」
受付のお姉さんは、騒ぎなど日常茶飯事といった様子で、にこやかに対応してくれた。 さすがプロだ。
「ああ。二人分頼みたい」
「かしこまりました。では、こちらの『魔力水晶』に手を触れてください。魔力量と適正クラスを測定します」
カウンターの上に、バレーボールくらいの大きさの透明な水晶玉が置かれた。
「まずは私からだ」
ユリオが水晶に手を乗せる。水晶が青く輝き、中に文字が浮かび上がった。
【名前:ユリオ クラス:剣士 魔力ランク:C 身体能力:S】
「ほぅ……身体能力Sランクですか。これは即戦力ですね」
「記憶がないんだが、問題ないか?」
「ええ、実力さえあれば過去は問いません」
受付のお姉さんが微笑み、次は私の方を見た。
「では、お嬢ちゃんもどうぞ」
「は、はい……」
私は緊張しながら、水晶の前に立った。ユリオみたいにかっこいい結果が出るかな。長老には「太陽」って言われたけど……。私は恐る恐る、小さな手を水晶に乗せた。
その瞬間。
カッ!!!!
水晶の内部で、閃光弾が炸裂したような強烈な光が弾けた。ギルド内が真昼の太陽に照らされたように白く染まる。
「きゃあっ!?」
「うおっ、なんだ!?」
ざわめく冒険者たち。光は収まるどころか、ますます輝きを増し、水晶自体がブルブルと震え始めた。
ピキッ、ピキキッ……。
「ちょ、ちょっと待ってください! 計測不能!? 数値が止まりません!」
受付のお姉さんが慌てて叫ぶ。そして。
パリィィィィィィィンッ!!!!
水晶玉が、内側からのエネルギーに耐えきれず、粉々に砕け散った。キラキラと舞い散る破片の中、私は呆然と自分の手を見つめていた。
「……あ」
シーン……と、再び静まり返るギルド。さっきの大男たちも、口をあんぐりと開けてこちらを見ている。
「も、申し訳ありません……予備の水晶を持ってきます……!」
受付のお姉さんが震える声で奥へ引っ込んだ後、ユリオが私の肩に手を置き、小声で囁いた。
「……おい。小さく、と言っただろう?」
「ち、違いますよぉ! 普通に触っただけですぅ!」
私は涙目で訴えた。どうやら私の魔力は、この世界の常識を少しばかり超えてしまっているらしい。
こうして、私たちは冒険者ギルドへの登録を果たした。「水晶クラッシャーの幼女」と「怪力美少年の剣士」。そんな変な二つ名が、翌日から王都中に広まることになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかった。




