第48話:『拡散する偶像(アイドル)』
第48話:『拡散する偶像』
目が覚めると、そこは低温に保たれた機械の森だった。
「……んぅ……」
私は簡易ベッドの上で身じろぎした。毛布からは、どこか懐かしい埃っぽさと、電子機器の熱した匂いがする。耳を澄ませば、ブゥゥゥン……という無数の冷却ファンが唸る重低音が、子守唄のように響いていた。
「お目覚めか、眠り姫」
回転椅子が軋む音と共に、レンの声が降ってきた。彼女(彼?)は、六枚の巨大モニターに囲まれたコクピットで、スナック菓子を齧りながらキーボードを叩いていた。
「……レン? 今、何時?」
「午後二時。お前、丸一日寝てたぞ」
「えっ!?」
私は慌てて上半身を起こそうとしたが、背中の筋肉が悲鳴を上げ、また枕に沈んだ。 体中が鉛のように重い。魔力の欠乏だ。
「無理するな。そこにある羊羹でも食っとけ。脳への糖分補給にはそれが一番だ」
レンが顎で指したサイドテーブルには、コンビニの羊羹とスポーツドリンクが置かれていた。私は震える手でパッケージを破り、黒い塊を口に押し込んだ。強烈な甘みが脳髄に染み渡り、視界の霧が晴れていく。
「……ありがとう。生き返った」
「そりゃよかった。……じゃあ、現実を見てもらうとするか」
レンがニヤリと笑い、キーボードのエンターキーを叩いた。
パッ。
正面の大型モニターの一つが切り替わり、現在の東京の風景が映し出された。それは、渋谷のスクランブル交差点のライブカメラ映像だった。
「……な、なにこれ?」
私は羊羹を喉に詰まらせそうになった。
交差点は、白一色に埋め尽くされていた。行き交う人々が、白いローブのような服を着ている。そして、その多くが、安っぽい金髪のウィッグを被り、手には杖のような棒を持っていた。
━━私の、コスプレだ。
『リリア様を解放せよ!』 『政府は神を隠すな!』 『光あれ! 光あれ!』
映像から音声は聞こえないはずなのに、画面越しに熱狂的なシュプレヒコールが聞こえてくるようだった。巨大な街頭ビジョンには、あの病室で私が光を放った瞬間の静止画が、デカデカと映し出されている。
「新興宗教『光の理』。……お前の動画が拡散されてから、わずか三日で信者数万人を突破したカルト集団だ」
レンが冷淡な声で解説する。
「彼らにとって、お前は『腐敗した現代社会を浄化するために降臨した救世主』らしいぜ。……どうだ? 崇められる気分は」
「……気持ち悪い」
私は両腕を抱き、身震いした。吐き気がする。画面の中の彼らは、「瀬戸梨花」なんて見ていない。彼らが見ているのは、勝手に作り上げた都合の良い「神様」だ。
「ネットも似たようなもんだ。見ろ」
別のモニターには、SNSのタイムラインが滝のように流れていた。
『リリアちゃん、今日も尊い』 『政府の陰謀だ。彼女は人体実験の被害者だ』 『いや、自作自演だろ。CGだよこんなの』 『彼女の居場所を特定したら懸賞金1000万』
罵詈雑言、崇拝、好奇心、殺意。無数の人間の欲望が、ドロドロとした黒い泥になって、私という存在を飲み込もうとしている。
「私は……こんなのじゃない」
私は頭を抱えた。
「私はただの高校生で……足も動かないし、トイレだって一人じゃ大変で……。なのに、どうしてこんな……!」
世界が勝手に私を膨らませていく。本当の私は、こんな薄暗い倉庫で怯えているだけのちっぽけな存在なのに。そのギャップに押し潰されそうで、涙が滲んだ。
「……そうだな。お前は無力だ」
レンが椅子を回転させ、私の方を向いた。その瞳は、冷徹なまでに理知的だった。
「だが、この『虚像』は使える」
「え?」
「いいか、リリア。……政府がお前に手を出せないのは、この『狂信者たち』がいるからだ」
レンはモニターの群衆を指差した。
「もし政府がお前を殺せば、こいつらは暴徒化する。国家転覆レベルの暴動が起きる。……だから黒田たちも、お前を慎重に扱わざるを得ない」
レンは私のベッドの端に座り、私の目を見据えた。
「利用しろ。……お前が『本物の神』になれば、誰も手出しできなくなる」
「神に……なれって言うの?」
「演技でいい。ハッタリでいい。……世界が『最強の魔法少女』を求めているなら、それを演じてやれ」
レンは不敵に笑い、私の手元のスポーツドリンクを指差した。
「ただし、そのためには『燃費』が悪すぎる。……一発撃って気絶するような神様じゃ、信者はついてこないぞ」
「っ……」
「特訓だ、リリア。……その貧弱な体と脳みそで、効率よく奇跡を起こすための『最適化』をしてやる」
私はモニターの中の、白い狂気を見た。そして、自分の動かない足を見た。逃げ場はない。隠れていても、いつかは見つかる。なら、この巨大な「虚像」という名の着ぐるみを、逆に乗っ取ってやるしかない。
「……わかった」
私は羊羹の残りを飲み込み、涙を拭った。
「やってやるわ。……世界中を騙して、悠斗を助け出すための『嘘』を、本当にしてみせる」
「いい目だ。……さあ、朝飯の後は勉強の時間だぜ、魔法使い」
レンがパチンと指を鳴らすと、モニターが切り替わり、複雑な熱力学の数式と、人体の代謝グラフが表示された。偶像は、もう歌わない。これからは、戦う時間だ。




