第4話:『旅立ちの朝と、最初のモンスター退治』
第4話:『旅立ちの朝と、最初のモンスター退治』
翌朝。村の入り口には、朝靄の中、見送りに来てくれた長老ガンダルさんの姿があった。
「よいか、リリア。その杖はあくまで『器』じゃ。中身を注ぐのは、お主自身の心だということを忘れるでないぞ」
「はい! 大事にします!」
私は新しい相棒である『聖樹の杖』をギュッと握りしめ、深くお辞儀をした。昨日の今日で、こんな素敵なプレゼントをもらえるなんて。RPGなら序盤のチュートリアル終了といったところだろうか。隣では、ユリオも長老と握手を交わしている。
「世話になった。……この恩は、いつか必ず」
「気にするな。若者が旅立つ背中を見るのは、年寄りの特権じゃよ。……達者でな」
私たちは長老に見送られ、村を後にした。目指すは南、王都グランドリア。舗装されていない土の街道を、朝日を背に受けて歩き出す。
「いい天気だな。絶好の旅日和だ」
ユリオが空を見上げて目を細める。本当に、嘘みたいに綺麗な空だ。二〇四〇年の東京では、空はいつも高層ビルとドローンの編隊に切り取られていた。こんな風に、地平線の端まで続く青空を見るのは初めてかもしれない。
「ねえ、ユリオ。王都までは歩いて三日だっけ?」
「ああ。長老の地図によればな。……まあ、俺たちの足なら、もう少し早く着くかもしれないが」
ユリオは歩くのが速い。身長差があるから当然なんだけど、一二歳の私の短い足では、彼の二歩が一歩分だ。私は小走りで彼についていきながら、チラチラと彼の横顔を盗み見た。
(やっぱり、かっこいいなぁ……)
剣を背負って歩く姿が様になりすぎている。もしこれが現実の学校だったら、一緒に登校するなんて絶対にありえないシチュエーションだ。異世界転生、バンザイ。
「……なんだ? さっきからニヤニヤして」
「へっ!? い、いや! なんでもないです! 景色が綺麗だなって!」
私は慌てて誤魔化し、杖をブンブンと振った。
━━その時だった。
ガサッ……!!
街道脇の茂みが激しく揺れた。ユリオの目が瞬時に鋭くなる。
「リリア、下がれ!」
彼が私を背後に庇い、流れるような動作で背中の大剣『星斬り』を抜いた。同時に、茂みから飛び出してきたのは、巨大な影だった。
ブモォォォォォォッ!!
現れたのは、軽自動車くらいの大きさがある野猪だった。ただのイノシシじゃない。その皮膚は岩のようにゴツゴツとした甲殻に覆われ、額からは槍のように鋭い角が突き出している。
「『岩甲猪』か……! 硬いぞ!」
ユリオが警告するのと同時に、イノシシが猛突進を開始した。ドスッドスッという地響きと共に、生きた戦車が迫ってくる。
「速いっ!?」
ユリオは正面からの激突を避け、サイドステップで躱しながら剣を振るった。
ガギィィィン!!
硬質な金属音。『星斬り』の一撃が、イノシシの背中の甲殻に弾かれ、火花を散らした。浅い。甲殻が分厚すぎて、刃が通らないのだ。
「チッ、石でも斬ってるみたいだ!」
イノシシが急停止し、巨体を反転させて再びユリオに狙いを定める。物理攻撃が効きにくい相手。なら、どうする?
「リリア! 魔法だ!」
ユリオが叫んだ。
「あいつの装甲を剥がしてくれ! お前の火力ならいけるはずだ!」
「えっ、私!?」
急な指名に心臓が跳ねる。でも、迷っている暇はない。イノシシが再び突進の構えを見せている。私は杖を構えた。昨日のような暴発はダメだ。ユリオを巻き込んでしまう。 必要なのは「爆発」じゃなく、「貫通」あるいは「熱」。
(イメージして……。長老は言ってた。溢れる力を、器に流し込むって)
私は目を閉じた。思い浮かべるのは、二〇四〇年の理科の実験。ガスバーナーの青い炎。一点に集中し、鉄さえも溶かす高熱の刃。私の中にある熱いマグマを、杖というノズルを通して、細く、鋭く噴出させるイメージ。
「……いける!」
目を開ける。イノシシが走り出した。ユリオが囮になって引きつけてくれている。
「そこだ、リリア! 撃て!!」
ユリオがギリギリで飛び退き、射線を開けた。私は杖を突き出し、叫んだ。
「貫け! 『炎の槍』!!」
ドシュッ!!
杖の先端から放たれたのは、拡散する爆風ではなく、収束された紅蓮の光線だった。 それは空気を焼き焦がす音と共に一直線に飛び――。
ジュワァァァァッ!!
イノシシの自慢の甲殻に直撃した。高熱が岩の皮膚を一瞬で融解させ、赤熱した穴を穿つ。
「ブギィィィィッ!?」
イノシシが悲鳴を上げ、動きが止まった。装甲が溶け、柔らかい肉が露出している。
「ナイスだ、リリア! これで通る!」
ユリオが好機を逃さず踏み込んだ。大上段からの全力の一撃。
「はぁぁぁぁっ!!」
ズバァァァァン!!
今度は弾かれなかった。私が魔法でこじ開けた傷口に、ユリオの大剣が深々と突き刺さり、そのまま巨体を両断した。イノシシは光の粒子となって崩れ落ち、あとには魔石とドロップアイテムの牙だけが残った。
「やった……!」
私はへなへなと座り込んだ。魔力を使った疲労感はあるけれど、昨日みたいな脱力感はない。ちゃんと、制御できた。
「大丈夫か、リリア?」
ユリオが剣を納め、手を差し伸べてくれる。
「うん! ……私、役に立った?」
「ああ。最高の援護だったよ。……お前がいなきゃ、手こずってた」
ユリオがニッと笑い、大きな手で私の頭をワシャワシャと撫でた。
「えへへ……」
褒められた。先輩に褒められた。それだけで、疲れなんて全部吹き飛んでしまう。
「さあ、先を急ごう。この牙は王都でいい金になるはずだ」
ユリオがイノシシの牙を拾い上げる。私たちは再び歩き出した。まだ一匹倒しただけ。王都までは遠い。でも、私の足取りは羽が生えたように軽かった。
この世界で、私は戦える。大好きな人の隣で、背中を任せてもらえる存在になれる。 その実感が、何よりの魔法だった。
「……あ、ユリオ! お腹すいた!」
「……お前、さっき食べたばかりだろうが」
呆れるユリオと、笑う私。街道に二人の影が長く伸びていく。私たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。




