第33話:『崩れゆく塔、そして――』
第33話:『崩れゆく塔、そして――』
ガガガガガガッ……!!
マザー・ブレインの崩壊と共に、第零区画を支えていた制御システムが暴走を始めた。 白亜の壁に亀裂が走り、天井が崩れ落ちてくる。「神の居城」は今、単なる瓦礫の山へと還ろうとしていた。
「走れ! 振り返るな!」
ユリオの怒号が飛ぶ。私たちは揺れる床を蹴り、階段を駆け下りる。だが、衝撃で『硝子の階段』が粉々に砕け散った。
「道が……!」
「構わん、飛ぶぞ!」
ユリオは私とエララを両脇に抱えると、迷わず吹き抜けの空間へと身を躍らせた。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
「ちょっと、高さ三〇〇メートルよ!? 死ぬわよ!」
「死なない! リリア、クッションだ!」
落下しながらユリオが叫ぶ。私は強風に煽られながら、杖を下に向けた。恐怖を押し殺し、物理演算に集中する。
「空気よ……固まれ! 『圧縮空気』!!」
バシュゥゥゥン!!
床に叩きつけられる寸前、高密度の空気の層が展開される。私たちはボヨンと弾み、その反動を利用してエントランスの扉へと滑り込んだ。
ズズズズズ……ドォォォォォンッ!!
背後で凄まじい轟音が響く。最上階のフロアが落下し、私たちがさっきまでいた場所を押し潰したのだ。
「出口は目の前だ! 突っ切れッ!」
ユリオが最後の加速をする。崩れ落ちる巨大な瓦礫。迫りくる爆炎。その僅かな隙間、一点の光に向かって━━!
ザザザザァァァッ!!
私たちは雪煙を上げながら、外の世界へと転がり出た。そのまま雪の上を数メートル滑り、ようやく止まる。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
心臓が破裂しそうだ。私たちは雪に埋もれたまま、後ろを振り返った。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
黒き巨塔━━第零区画が、ゆっくりと内側に折れ曲がり、崩落していく。巻き上がる粉塵がキノコ雲のように空へと昇る。圧倒的な質量と、歴史の終わりを告げる音。
やがて、音は止んだ。後に残ったのは、白い雪原に横たわる、巨大な鉄屑の墓標だけ。
「……終わった」
エララが眼鏡のズレを直し、空を見上げた。
「見て。……空が」
マザーの消滅により、都市を覆っていた電磁シールドが消失していた。常に分厚い雲に覆われていた北の空が割れ、そこから差し込んだのは━━眩いばかりの「朝日」だった。
「きれい……」
私が呟いた、その時。
カシャン。
遠くから、小さく、しかし澄んだ音が聞こえた。それは一つではない。カシャン、カシャン、カシャン……。無数の音が、雪原の向こうから響いてくる。
「おい、あれを見ろ」
ユリオが指差す先。レジスタンス『野良犬』の子供たち、そして戦いを見守っていた市民たちが立っていた。彼らが呆然と触れているのは、自分の首元だ。
支配の象徴だった「管理首輪」のロックが外れ、雪の上に落ちていたのだ。
「……外れ、た……?」 「俺たちは……自由だ……!」
誰かが叫んだ。その声は波紋のように広がり、やがて爆発的な歓声へと変わった。
「ウォォォォォォッ!!」 「マザーが死んだぞ! 俺たちの勝利だ!」
抱き合う者、泣き崩れる者、空に向かって拳を突き上げる者。凍てついていた灰色の世界に、初めて「熱」が宿った瞬間だった。
「……へへっ。やってくれたな、英雄サマ」
人混みをかき分けて、ボロボロになったヴォルフが歩いてきた。彼の隣にはカレンもいる。ヴォルフは照れくさそうに鼻をこすり、私たちに向かって不器用に敬礼をした。
「礼を言うぜ。……あんたたちのおかげで、俺たちは本当の『人間』になれた」
「ううん。みんなが戦ってくれたからだよ」
私が答えると、ユリオもヴォルフの肩を叩いた。
「これからは、お前たちがこの国を作る番だ。……マザーのいない、新しいノースガルドをな」
「ああ、任せとけ。……あんたたちが見せてくれた『熱』があれば、凍えることはねぇよ」
ヴォルフとユリオが、再び拳を突き合わせた。
数日後。私たちは復興作業に湧くグレイ・シェルを離れ、再び旅路につこうとしていた。街の出口には、ヴォルフたちが見送りに来てくれている。
「本当に行くのか? ここにいれば、英雄として食いっぱぐれることはないぞ」
ヴォルフが名残惜しそうに言うが、ユリオは首を振った。
「俺たちには、まだやるべきことがある。……俺自身の記憶と、この世界の『歪み』の正体を突き止める旅がな」
マザー・ブレインは消えたが、彼女が最期に口にした「特異点」という言葉。そして私の持っている「二〇四〇年の知識」と、この世界の「魔法」がなぜ噛み合うのか。謎はまだ、解き明かされていない。
「それに、世界は広いもの。ここだけで満足してたら、最高の魔導科学は完成しないわ」
エララも新しいゴーグル(マザーの残骸から作ったらしい)を光らせて笑う。
「リリア。……行くか」
ユリオが手を差し伸べてくる。私はその手をしっかりと握り返した。
「うん!」
振り返れば、朝日に輝く雪原。その輝きは、もはや「死地」のそれではない。希望の白だ。
「さようなら! また会おうね!」
私たちは手を振り、歩き出した。北の風はまだ冷たいけれど、私たちの胸には確かな火が灯っている。
覚醒した意志。そして、遥かなる空の彼方に待つ真実へ向かって。
私たちの冒険(物語)は、まだ始まったばかりだ。




