第231話:『亡霊騎兵の突撃と、時計塔の騎士王』
第231話:『亡霊騎兵の突撃と、時計塔の騎士王』
「全員、背中を合わせて円陣を組め! メイ、全方位に盾だ!」
耳をつんざく金属ノイズの嵐の中で、悠斗の怒号が響き渡った。
「はいっ! 『ハニカムシールド』・フルサークル!!」
メイが地面に両手をつき、私たち九人の周囲をぐるりと囲むように、黄金の六角形シールドをドーム状に展開した、その一瞬後だった。
ガギィィィィンッ!!!!
左手の霧の中から突風と共に飛び出してきた巨大な黒い影が、メイの盾に凄まじい衝撃音と火花を散らして激突した。
一瞬だけ盾の表面を滑ったその姿を見て、私は息を呑んだ。
全長三メートルはあろうかという、黒鉄の装甲に覆われた巨大な鋼鉄の軍馬と、その背に跨って長さ四メートルの太い突撃槍を脇に抱えた重装騎兵型の黒騎士だった。
しかも、一騎ではない。
最初の一騎が盾に弾かれて霧の向こうへ走り去ったかと思うと、間髪入れずに背後、右斜め前、左斜め後ろの霧の中から、二騎目、三騎目、四騎目の黒騎士が、まるで亡霊のように音もなく現れては、すれ違いざまに重い槍を盾へと叩き込んで再び霧の闇へと消えていく。
ドガァンッ! ガギィィンッ! ズガァァァンッ!!
「くっ……! 一撃一撃が、トラックにぶつかられてるみたいに重いです……っ!」
全方位から絶え間なく叩き込まれる騎兵の突撃に、メイの小さな肩がミシミシと震え、黄金の盾のあちこちに細かいひび割れが走り始める。
「チッ、霧に隠れてヒット・アンド・アウェイかよ! ちょこまかと鬱陶しい野郎どもだぜ!」
悠斗が盾の隙間から大剣星斬りを振るって突撃槍を弾き返し、アーサーや颯太も斬りかかろうとするが、刃が届く瞬間には、騎兵たちはすでに軍馬の圧倒的な脚力で濃い霧の奥へと離脱しており、かすり傷一つ与えられない。
周囲の霧の中には、少なくとも十騎以上の重装騎兵が潜んでいる。
奴らは私たちの周りをメリーゴーラウンドのように高速で旋回しながら、金属ノイズでソナーを封じ、メイの盾が砕けるのを待って一斉に串刺しにするつもりなのだろう。
「このままじゃジリ貧だわ……! 音も聞こえないし、霧が濃すぎて敵の位置が全く見えない!」
私が悔しさに奥歯を噛みしめた、その時だった。
円陣の中から、黒髪のポニーテールを揺らした舞が、スッと一歩前へと踏み出した。
「……梨花教官。耳が使えないのなら、力ずくで私たちの『目』を取り戻しましょう」
舞は愛用の槍を地面と平行に構え、凛とした澄んだ瞳で私を振り返った。
「私の風の魔法で、この辺りの赤黒い霧を一気に吹き飛ばします! ですが、私が普通に竜巻を起こすと、風が上空へ逃げてしまって周囲の霧をうまく払えません。……梨花教官の『重力』で、私の風を真上から押さえつけてもらえませんか!?」
「風を、上から重力で押さえつける……!?」
私はハッと目を見開いた。
そうか。上昇しようとする竜巻の空気の塊を、真上から広い面積の重力で地面へと押し潰せば、行き場を失った空気の渦は、地面すれすれを三百六十度すべての方向へと吹き荒れる猛烈な突風となって爆発する。
気象現象で言うところの『ダウンバースト』だ。それなら、周囲の霧も、霧の中を走り回る騎兵の足も、同時に薙ぎ払える!
「最高のアイデアね、舞さん! やりましょう! みんなは私の合図で地面に低く伏せて、飛ばされないようにしっかり踏ん張って!」
私の声に、悠斗や光輝、颯太、アーサーたちが即座に意図を察し、大剣やレイピアを石畳の隙間に深く突き立てて、咲やソラ、メイの身体を庇うように低く身構えた。
ゴォォォォッ……!!
周囲の霧の奥で、メイの盾のひび割れを見た十数騎の重装騎兵たちが、トドメの一斉突撃を仕掛けるために全方位から同時に加速してくる気配が迫る。
五メートル、四メートル、三メートル……。
「メイちゃん、盾を解除して伏せて! ……今よ、舞さん!!」
「はいっ! 荒れ狂え、『大旋風、ウインド・トルネード』!!」
メイが盾を消してしゃがみ込むと同時に、舞が槍を頭上で風車のように激しく回転させた。
たちまち私たち九人を中心とした巨大な空気の渦が巻き起こり、ゴォォォッ! と上空へ向かって激しく吹き上がろうとする。
「上には逃がさないわよ! 地面に沿って弾けなさい! 『広域重力圧縮、グラビティ・プレス』ーーっ!!」
私はステッキを両手で強く握りしめ、舞が作り出した竜巻の真上から、目に見えない巨大な重力の蓋をドォン! と被せるようにして、空気の塊を真下へと全力で押し潰した。
直後、極限まで圧縮された大気が限界を迎え、水平方向へと一斉に解放された。
ゴブワァァァァァァァッ!!!!
耳をつんざく轟音と共に、透明な暴風の壁が石畳の上を全方位へと駆け抜けた。
暴風が赤い靄のヴェールを乱暴に剥ぎ取ると、視界を閉ざしていた濃霧がまるでテーブルの上の綿埃のように一瞬で吹き飛び、久しぶりに灰色のロンドンの空の光が私たちの頭上へと差し込んだ。
「うおっ、すげぇ風……って、見えたぞ!!」
颯太が歓喜の声を上げた。
霧が晴れて現れた石畳の広い大通りには、突然の猛烈な向かい風に煽られて鋼鉄の軍馬が前足を上げて立ち往生し、完全に姿を晒している十二騎の重装騎兵たちの姿があった。
「隠れ蓑がなくなれば、ただのデカい的だぜ! 光輝、颯太、アーサーさん、一気に片付けるぞ!」
「「「おうっ!!」」」
「足元は私が止めるわ! 『局所超重力、ヘビー・バインド』!」
私がステッキを振るって十二騎の軍馬の蹄を石畳へと重く縫い留めると、メイが前方に『ハニカムシールド』の足場を飛び石のように連続展開した。
悠斗、光輝、颯太、そしてアーサーの四人が、黄金の盾を蹴って一斉に宙へと跳躍する。
騎兵たちが動こうと藻掻いているその正確な座標へ、光輝の『チェインライトニング』と颯太の『紅蓮双閃』、アーサーの魔力レイピアの閃光、そして悠斗の大剣星斬りの豪快な横薙ぎが続けざまに炸裂した。
ドガドガザシュザシュドガァァァァァンッ!!!!
黒鉄の軍馬ごと真っ二つに斬り伏せられた十二騎の重装騎兵が、一斉に赤いポリゴンの火花を散らして爆散し、大通りから敵の気配が完全に消え去った。
「ふぅ……! 舞さんのおかげで、スカッと霧が晴れたわね!」
私が額の汗を拭って微笑むと、舞は少し照れたように「教官の重力制御があってこそです」と槍を下ろした。
そして、舞の暴風が霧を吹き飛ばした大通りのすぐ先。
そこには、まるで台風の目のように霧がぽっかりと晴れ渡り、時間が死骸となって積み重なったような異様な静寂に満ちた、巨大な円形の広場が広がっていた。
「……着いたぞ。ここが、ウェストミンスター宮殿の広場だ」
アーサーが息を呑み、緊張に掠れた声で呟いた。
私たちは大通りを抜け、広場の入り口へと足を踏み入れた。
そして、目の前にそびえ立つロンドンの象徴、『ビッグ・ベン』を見上げた瞬間……全員が言葉を失って立ち尽くした。
高さ九十六メートルを誇る美しいゴシック様式の時計塔は、もはや元の姿を留めていなかった。
時計塔の尖塔のてっぺんには、ニューヨークで見たものよりもさらに巨大で禍々しい、真紅に脈打つ種子の核が、まるで呪われた茨の王冠のように突き刺さっている。
そして、その核から伸びた無数の黒鉄の装甲板と、直径数メートルもある巨大な歯車群が、時計塔のレンガの壁を生き物のように覆い尽くし、ギギギ……ガシャン、ガシャン……と不気味な機械音を立てて回転していたのだ。
だが、私たちの目を最も釘付けにしたのは、塔そのものではなかった。
地上から五十メートルほどの高さにある、ビッグ・ベンの象徴である『四面の巨大な時計の文字盤』。
その正面の文字盤から突き出すようにして作られた、巨大な歯車のバルコニーの上に、ソイツは忘れ去られた神話の墓標のように佇んでいた。
「……な、なんだよ、あのデカブツは……」
光輝が引きつった声で見上げる。
それは、身の丈十メートルに及ぶ、黄金と黒鉄の壮麗なフルプレートアーマーを纏った超巨大な騎士の怪物だった。
頭部の兜には、王者の証である黄金の冠と一体化したバイザーが鈍く輝き、その背中には、時計塔から引き剥がされたような巨大な『長針と短針』が、二枚の翼のようにクロスして背負われている。
そして、怪物が両手でバルコニーの床に突き立てているのは、刀身の長さだけで五メートルを超え、表面に無数の歯車と赤いルーン文字が埋め込まれた、眩い赤金の光を放つ極大の両手剣だった。
「……あれが、このロンドンのバグ領域を統べるボス……」
私がゴクリと唾を飲み込むと、隣に立つアーサーが、悔しさと畏怖の入り混じった声で唸った。
「なんという冒涜だ……。我が国に古くから伝わる救国の英雄、アーサー王、騎士王の伝承と、大英帝国の近代の歴史を刻み続けてきたビッグ・ベンの時計。その二つの象徴を、一つに融合させた怪物だというのか……!」
その時、遥か頭上のバルコニーで沈黙していた黄金の巨大騎士が、ゆっくりと頭を上げた。
王冠の兜のスリットの奥で、二つの黄金の瞳がカッと見開かれ、広場に立つ私たち九人を真っ直ぐに見下ろした。
『……我が円卓の聖域を侵す、異国の不届き者どもよ。……この時計塔が刻む「永遠の停滞」の前で、塵へと還るがいい』
重く荘厳な、しかし機械のノイズが混じった合成音声のような声が広場全体に響き渡り、私の視界の端に、真っ赤なシステムエラーの表示が浮かび上がった。
『■■■・ペンドラゴン・クロックワーク(未定義エラー)』
巨大騎士が、床に突き立てていた五メートルの赤金の魔剣を、片手で軽々と持ち上げた。
それと同時に、彼の背後にそびえるビッグ・ベンの巨大な文字盤の針が、カチッ、カチッ、カチッ……と、耳障りな金属音を立てて、通常の何十倍もの猛スピードで逆回転を始めたのだ。
針が逆さまに時を刻むたび、私たちの網膜に焼き付いた『今』という瞬間が、乾いた砂のようにパラパラと過去へとこぼれ落ちていくような目眩が襲う。
「なっ……!? 時計塔の針が、凄い速さで逆に回ってるぞ!?」
颯太が叫んだ瞬間、ソラの魔道具タブレットから、これまでに聞いたこともないような激しい警告アラートが鳴り響いた。
「ま、まずいです、教官!! あのボス、普通のバグモンスターの数秒の『巻き戻り、ラグ』なんかじゃありません!」
ソラが顔面を蒼白にして、タブレットの画面を私へと向けた。
「背後のビッグ・ベンの『時間を刻む概念』そのものを暴走させています! 針が逆回転している間、あいつ自身の傷だけでなく、このウェストミンスター広場全体の空間事象を、最大で『数十秒前』まで強制的に巻き戻すつもりです!!」
数十秒もの時間を巻き戻す、時計塔の騎士王。
黄金の巨大騎士が魔剣を頭上へと振りかぶると、赤黒い空から無数の光の剣が雨のように生成され、私たち九人の頭上へと一斉に降り注いできた。
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