第23話:『監視ドローンと、謎の少年兵』
第23話:『監視ドローンと、謎の少年兵』
排気ダクトから降り立った街の路地裏は、表通り以上に陰鬱だった。錆びた配管から絶えず蒸気が漏れ出し、足元の水たまりには油の虹が浮いている。
「……静かに。ここは監視の死角が少ないわ」
エララが手元の端末を見ながら小声で指示を出す。私たちは灰色のボロ布(洗濯物として干してあったものを失敬した)を被り、住民になりすまして歩いていた。
すれ違う人々は、誰も彼もが幽霊のように生気がない。視線を合わせず、足音も立てず、ただ機械の部品のように目的地へと移動しているだけ。子供の姿は一人も見当たらない。笑い声も、怒鳴り声さえもない。聞こえるのは、工場の稼働音と、定期的に響くスピーカーのノイズだけだ。
「レジスタンスの信号は?」
「微弱な反応はあるけど……ノイズが酷くて場所が特定できない。この街全体が、強力なジャミング電波で覆われているわ」
エララが悔しそうに舌打ちをする。その時だった。
ブゥン……。
頭上で低い羽音がした。見上げると、建物の陰から球体型の監視ドローンがぬっと現れた。赤いレンズが、不規則に動きながら路地をスキャンしている。
「マズい、隠れて!」
私たちはとっさに物陰に身を寄せた。しかし、運悪く足元の空き缶を蹴ってしまった。
カラン、カンカン……。
乾いた音が、静寂な路地に響き渡る。ドローンのレンズが、ギョロリとこちらを向いた。
『━━ピピ。市民コードヲ提示セヨ』
赤いレーザーが私の顔に照射される。首輪はない。バーコードもない。
『━━エラー。コード未検出。……再スキャン。……エラー。エラー。』 『━━警告! 未登録市民ヲ発見!』
ウゥゥゥゥゥゥゥ――ッ!!
耳をつんざくようなサイレンが、街中に鳴り響いた。周囲にいた住民たちが、蜘蛛の子を散らすように一瞬で姿を消す。関われば自分も消されると知っている動きだ。
「バレた! 走れッ!」
ユリオが叫び、私たちは駆け出した。しかし、路地の出口にはすでに人影があった。
ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ!
整然とした足音と共に現れたのは、銀色のボディに身を包んだ治安維持部隊━━『量産型マキナソルジャー』だ。地下書庫で戦った旧式とは違う。よりスマートで、洗練されたフォルム。手には高出力のスタンロッド(電磁警棒)と、連射式のブラスターを持っている。
「前方、六体! 後方からも来るぞ!」
退路が塞がれた。完全に包囲されている。
『━━対象ハ、危険分子ト認定。即時無力化セヨ』
マキナソルジャーが一斉にブラスターを構える。
「くそっ、ここで暴れると市民に被害が出るぞ……!」
ユリオが剣を抜こうとして躊躇う。狭い路地裏だ。剣を振り回せば建物ごとなぎ倒してしまうし、私の魔法も爆発を起こせば無関係な人を巻き込む。相手はそれを見越して、この場所に追い込んだのか?
(どうしよう……! 突破するしかないけど……!)
私が覚悟を決めて杖を握った、その瞬間だった。
ガコンッ!!
足元のマンホールが、内側から勢いよく弾き飛ばされた。
「━━伏せろッ!!」
若い━━いや、幼い少年の声が響いた。マンホールの穴から飛び出したのは、黒いガスマスクをつけた小柄な影。彼は空中に空き缶のようなものを放り投げた。
「食らえ、特製『ビリビリ玉(EMP)』!」
バチチチチチチッ!!!!
空き缶が炸裂し、青白い電撃の嵐が路地裏を駆け巡った。強力な電磁パルス。私とユリオはとっさに身を伏せたが、マキナソルジャーたちは直撃を受けた。
『━━ガ、ガガッ……システム、障、害……』 『━━再起動、不能……エ、ラ……』
兵士たちの動きが糸切れた人形のように停止し、関節から火花を吹いてその場に崩れ落ちる。
「……すげぇ威力」
ユリオが目を見開く。煙の中から現れたのは、ボロボロの軍服をリメイクしたような服を着た、一人の少年だった。ガスマスクをずらして見せた素顔は、まだ一二、三歳くらい。右目には眼帯をしていて、残った左目だけが、獣のように鋭く光っていた。
「おい、ボサッとしてんじゃねぇ! 予備隊が来るぞ!」
少年は私たちに怒鳴ると、マンホールの穴を指差した。
「生きたけりゃ潜れ! ここは俺たちの庭だ!」
選択の余地はない。ユリオと顔を見合わせ、私たちは頷いた。
「わかった、案内してくれ!」
私たちは暗い穴の中へと飛び込んだ。最後に少年が飛び込み、重いマンホールの蓋をガゴンと閉める。
直後、頭上で無数の足音と、何かを破壊する音が聞こえてきたが、分厚い鉄の蓋がそれを遮断してくれた。
地下水道━━いや、これは。
「……地下鉄?」
降り立った場所は、かつて列車が走っていたと思われるトンネルの中だった。壁には蛍光塗料で『反逆(REBEL)』『自由(FREE)』といったグラフィティが描かれている。
「助かったわ。……ありがとう、少年」
エララが礼を言うと、少年はフンと鼻を鳴らし、眼帯のない方の目で私たちを値踏みするように睨んだ。
「礼はまだ早いぜ。……怪しい余所者を拾っちまったからな」
彼が指を鳴らすと、闇の奥からゾロゾロと人影が現れた。全員、子供だ。武器を構えた、一〇代前半の少年少女たち。彼らの目は、大人への不信感と、生き抜くための獰猛な光に満ちていた。
「俺はヴォルフ。ここらを取り仕切ってるレジスタンス『野良犬』のリーダーだ」
隻眼の少年、ヴォルフが銃口を━━鉄パイプを改造した手製の銃を、ユリオの眉間に突きつけた。
「さて、尋問の時間だ。……お前ら、マザーの手先か? それともただの迷い犬か?」
助けられたと思った直後、突きつけられた銃口。でも、私は不思議と恐怖を感じなかった。彼の銃を持つ手が、わずかに震えているのが見えたからだ。(この子たち……必死なんだ。この地獄みたいな街で、自分たちだけで生き抜こうとしてる)
私は前に出た。ユリオを庇うように。
「私たちは敵じゃない。……マザーを倒しに来たの」
私の言葉に、ヴォルフの目が驚きで少しだけ丸くなった。




