第22話:『廃棄都市グレイ・シェル』
第22話:『廃棄都市グレイ・シェル』
機械狼の襲撃から数時間後。日も傾いてきて少し先も見えにくくなってきていた。私たちはバッテリーの残量を気にしながら、吹雪の中を進み続けていた。歩く方向は間違えていないようだけれど、まだ目的地には着かないので、今夜は吹雪の中で野営することになった。
エララは立ち止まり、少しだけ窪地になっている場所に狙いを定めたようだ。背負っていた袋を降ろして、小型のシャベルを取り出していた。
「ここを少し掘ってからテントを張るから、ちょっと待っててね」
手慣れた動作で周囲を掘り進めて、ササッとテントを張ると、中に入って出来具合を確かめているようだ。
「準備出来たわよ!さっ、中に入って温まりましょう!」
私たちは中に入ってみて、その暖かさに喜びが溢れ出した。
「すごくあったかいね。」
「ああ、これなら問題なく眠れそうだな。」
ユリオも吹雪の中での戦いと歩きで疲れているのだろう。長い脚を投げ出すようにして、座り込んでいる。私も全身の疲労感から、ぐてっと膝を曲げて、床に座り込んでいた。
エララはテキパキと夕食のための準備を始めている。魔導化学道具のお湯が湧き出るポットから鍋にお湯を注いでいる。鍋を加熱する道具も魔導化学道具のコンロだ。思い付くキャンプ用品のだいたいが、エララ謹製の魔導化学道具だ。エララはめちゃくちゃ天才なのだと思う。
エララの見た目は、年齢は一五、六歳で蜂蜜色の髪を三つ編みにし、少し大きめの丸眼鏡をかけている。薄い緑のエメラルドの瞳に、愛らしいパッチリ二重。白い肌に少女特有のあどけなさがある声をしている。性格は優しい。発熱機能付きのアカデミックなローブを着ている。ザ、ヒロインというのがぴったりな感じだ。
普通に開発したものを販売するだけで、裕福な生活が出来そうなところなのに、彼女は北の国の解放を目指す反体制派レジスタンスの活動員という一面もある。
いろいろな人がいるものだと思う。
……と、多才なエララが、今日の夜ご飯も作ってくれるようだ。感謝感謝です。
「今日は野菜とベーコンのスープとクッキーよ」
「いつもありがとう、エララ」と感謝を伝えておく。これ大事よね。
「ありがとう、エララ」ユリオも同じように感謝しているようだ。
「うん、どういたしまして」エララは可愛らしい笑顔で答えた。
ベーコンの薫りのするおいしい食事を頂いて、ひと心地したところで、ユリオが今夜の警備の話しを始めた。
「今夜の不寝番は一人三時間ずつの交代でいいかな」
「えっと、不寝番はいらないと思うわよ。この辺りは機械狼しかいないし、あれは動くものに反応して、それが人間の場合に襲うように動いているわ。テントや物陰に隠れると探知出来ないから、たとえテントの近くに来ても素通りしていくわよ」
「人型の兵士の場合にはどうなのか分かるかな」
「通常の兵士だとこの吹雪の中では活動できないわ。すぐに凍死してしまうと思う。それに私たちと同じように防寒対策をしているとしても、あてもなく彷徨って警備していたら、魔導バッテリーを大量消費するから、これも現実的ではないわ。それに、このテントは半分地面に隠れていて、上半分には雪が積もってきているから、外から見たら、発見するのは難しいはずよ」
……ぉう。いろいろ考えていてくれてありがとう。ついていきます、エララさん。と心の中で答えておく。
「じゃあ、もうみんなで寝てしまっても大丈夫なのでは」と聞いてみると、
「そうね。問題ないわよ。安心してゆっくり休んでね」とのこと。
方針も決まったので、ささっと片付けて、早速みんなで寝ることにした。
翌日、エララを信じてぐっすりと熟睡してしまったので、気力体力共にバッチリ回復している。外は相変わらずの吹雪だけど、朝から出発の準備だ。あったかいお茶とクッキーを食べて出発してから数時間後。
「……見えたわ」
エララが足を止め、ゴーグルを拭いながら前方を指差す。その指の先、白一色の地平線に、異様な影が浮かび上がっていた。
それは巨大な、半球状のドームだった。雪のような純白ではない。煤と錆にまみれた灰色の街。まるで雪原に落ちた巨大な鉄屑のように、その都市は大地に蹲っていた。
「あれが……廃棄都市グレイ・シェル」
エララの声には、嫌悪感が混じっていた。
「北の国における下層市民の居住区よ。……いえ、居住区というよりは、巨大な鳥籠ね」
正面ゲートは厳重な監視下にあるため、私たちは都市の裏側にある排気ダクトからの侵入を試みることにした。ドームの基部に設置された、直径一メートルほどの巨大なファン。そのファンには風の吹き出し口に金網があって、分厚い氷に覆われていた。
「リリア、出番よ。……音を立てずに、氷だけを溶かして」
「了解。……『静かなる融解、サイレント・メルト』」
私は杖を氷に押し当て、熱をじんわりと伝導させる。急激に温めると水蒸気が爆発して音が鳴るから、ゆっくり、分子レベルで結合を解いていく。ジュワ……という微かな音と共に氷が水になり、流れ落ちていく。
「よし、開いた!」
エララが露出した電子ロックに端末を接続し、数秒で解除コードを打ち込む。カシャッ。金網が開き、私たちは湿った温風が吹き出すダクトの中へと滑り込んだ。
ダクトを抜けて辿り着いたのは、都市の上層にある整備用通路だった。そこから見下ろした光景に、私は息を呑んだ。
「……なに、これ」
そこは、色のない世界だった。建物はすべてコンクリートと鉄板のツギハギで、窓ガラスの代わりにビニールシートが張られている。空には曇ったドームの天井があり、薄汚れた人工太陽灯が、病的な黄色い光を投げかけている。空気は酷く淀んでいて、油と排気ガス、そして何かが腐ったような酸っぱい臭いが充満していた。
「見て、あそこ」
ユリオが指差した先、中央広場のような場所に、長い行列ができていた。数百人の人々。彼らは一様に、囚人服のような灰色の服を着て、頭を丸めたり、短く刈り込んだりしている。そして何より異様なのは、彼らの首元だ。
「首輪……?」
全員の首に、黒い金属製のチョーカーが嵌められている。そこには赤いバーコードのような紋様が発光していた。
『……配給開始。市民コードC、整列セヨ』 『……感謝シテ受ケ取レ。マザーノ慈悲ナリ』
スピーカーから無機質な声が響くと、人々は無言のまま、ベルトコンベアから流れてくるブロック状の物体を受け取っていた。それは緑色をした、粘土のような塊だった。
「あれは合成プロテインね。……虫や汚泥を化学処理して固めた、完全栄養食よ」
エララが吐き捨てるように言った。
「ここでは食事とは言わない。燃料補給よ。……市民は労働力、パーツとしてしか扱われていない。効率よく生かし、効率よく働かせ、壊れたら捨てる。それが北のやり方」
行列の中の一人が、よろめいて地面に倒れ込んだ。痩せ細った老人だ。しかし、周囲の誰も助け起こそうとしない。いや、関わることを恐れて目を逸らしている。
ウィィィン……。
すぐに、宙を浮く球体ドローンが飛んできた。
『……ピピ。労働不適格者ヲ検知。リサイクル・プロセスヘ移行シマス』
ドローンからアームが伸び、老人をゴミのように掴み上げる。老人は抵抗する力もなく、ズルズルとどこかへ運ばれていく。
「やめて……!」
私が叫ぼうとした瞬間、ユリオの手が私の口を塞いだ。
「っ……!?」
「見るな。……今はまだ、動けない」
ユリオの声は冷静だったが、私を抱きしめる腕は怒りで小刻みに震えていた。ここで飛び出せば、私たちは侵入者として追われることになる。わかっている。わかっているけど……!
(こんなの、人間が住む場所じゃない……!)
地球にも格差はあった。貧困もあった。でも、ここまであからさまに人間性を奪われた光景は見たことがない。目の前にあるのは、悪夢のような管理社会、ディストピアだった。
「……行こう。レジスタンスに合流するのが先決よ」
エララが私の肩を叩く。私は涙を堪え、運ばれていく老人から視線を切った。
私たちは影に紛れ、灰色の街の底へと降りていった。この歪んだ鳥籠を壊すための鍵を探すために。
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