第21話:『白銀の死地と、機械の生態系』
第21話:『白銀の死地と、機械の生態系』
国境の門『ウィンターゲート』をくぐり抜けた瞬間、世界の色が失われた。上も下も、右も左も、すべてが白一色。視界を奪うほどの猛吹雪が、歓迎のファンファーレのように私たちに襲いかかってきた。
「……うぐっ、寒いなんてレベルじゃないよ……!」
私はエララ特製の『耐熱強化コート』の襟を口元まで引き上げ、風に逆らって一歩を踏み出した。気温はマイナス三〇度。コートのヒーター機能と、私の魔力による熱膜がなければ、一分で肺が凍りついて即死していただろう。
「ゴーグルの防曇機能を最大にして! ……迷ったら死ぬわよ!」
風切り音に負けないよう、エララが叫ぶ。彼女もガタガタと震えながら、手元のコンパスにしがみついている。精密機器には最悪の環境だ。
「リリア、俺から離れるな。……足元が悪い」
先頭を行くユリオが、雪をかき分けて道を作ってくれている。彼の黒いコートにはすでに氷柱が下がっているが、その歩みは力強い。私たちは命綱として互いの腰をロープで結び、白い地獄の中を進んだ。
三時間ほど歩いただろうか。風が少しだけ弱まり、視界が開けた場所に出た。そこは、かつて森だった場所のようだが、立っているのは木ではない。凍りついた鉄塔の残骸や、枯れ木のように錆びついた金属の柱が、墓標のように雪原に突き刺さっている。
「……静かすぎる」
私はゴーグル越しに周囲を見渡した。鳥の声も、虫の音もしない。聞こえるのは風の音と、遠くで何かが軋むような金属音だけ。
「ここには生態系がないのよ」
エララが雪に埋もれた「何か」を蹴飛ばした。それは動物の骨ではなく、錆びた歯車だった。
「北の国が排出する汚染物質と、極寒の環境変化。……まともな生物はとうの昔に絶滅したわ。今、この大地を支配しているのは……」
ガシャッ、ガシャッ、ガシャッ。
エララの言葉を遮るように、鉄塔の影から複数の「影」が現れた。四足歩行の獣。 狼のようなシルエットだが、その体に毛皮はない。剥き出しの銀色のフレーム。油圧シリンダーの筋肉。そして、眼窩には赤いセンサーライトが灯っている。
「『機械狼』……! 群れだ!」
ユリオが叫び、大剣を抜く。六匹。彼らは唸り声を上げることなく、ただ駆動音だけを響かせて、統率された動きで私たちを包囲した。生物的な殺気はない。あるのは「燃料確保」というプログラムされた飢餓感だけ。
『━━ピピ。熱源、発見。捕食行動ヲ開始』
「来るぞッ!」
先頭の一匹が、バネ仕掛けのような加速で飛びかかってきた。速い! ユリオが剣で迎撃しようとするが、雪に足を取られて踏ん張りが利かない。
「くっ……!」
ユリオは強引に上半身の筋力だけで剣を振り回し、機械狼を叩き落とした。ガギンッ!!
硬質な音。斬れてはいない。弾いただけだ。
「硬い! それに、痛覚がないから怯まない!」
叩き落とされた狼は、空中で体勢を立て直し、即座に次の攻撃に移ろうとしている。 他の五匹も一斉に跳躍した。
「させない! 『熱線』、拡散!」
私は杖を振るい、扇状に熱波を放った。狙いは装甲の隙間、関節部分の潤滑油だ!
ジュワッ!!
熱を浴びた狼たちの動きが一瞬鈍る。極寒仕様のオイルでも、急激な加熱には粘度が変わって対応できないはず!
「今よ、ユリオ!」
「おうっ!」
動きの止まった隙を突き、ユリオが黒い旋風となって駆け抜けた。
「『星斬り』――螺旋!!」
回転を加えた刺突が、狼の胸部━━動力炉を正確に貫く。ズドォォン!!
一匹、また一匹。青白い火花を散らして、機械の獣たちが雪原に沈んでいく。生き物なら血の海になるところだが、ここに広がるのは黒いオイルの染みだけだ。
「……はぁ、はぁ。片付いたか」
ユリオが剣についたオイルを振り払う。無事に戦闘は終了した。でも、私たちの「仕事」はこれで終わりじゃない。
「リリア、ユリオ。……回収するわよ」
エララがナイフを取り出し、動かなくなった機械狼の残骸に近づいた。彼女は慣れた手つきで狼の腹部をこじ開け、中から青く光る筒状のパーツを引き抜いた。
「『魔導バッテリー』。……まだ残量があるわ」
「……これを、使うの?」
私が尋ねると、エララは真顔で頷いた。
「ええ。私たちのコートのヒーターも、私のガジェットも、すべて電気で動いている。……ここでは、食料と同じくらい『電気』が命綱なのよ」
エララは回収したバッテリーを、携帯用のコンバーターに接続した。ブゥン……と低い音がして、私のコートのバッテリーインジケーターが回復していく。温かい。さっきまで私たちを殺そうとしていた敵の命が、今は私たちの体温になっている。
「……食べる、か」
ユリオが複雑そうな顔で呟く。肉を焼いて食べるのとは違う。無機質な奪い合い。 それが、この鋼鉄の雪原における「食物連鎖」のルールなのだ。
「行きましょう。……このバッテリーがあれば、あと三日は持つわ」
エララが立ち上がる。私たちは再び歩き出した。雪は降り続いている。白銀の死地で生き残るため、私たちは獣のように、けれど機械のように冷徹に、エネルギーを貪りながら進んでいく。
その先に、灰色のドームに覆われた「絶望の街」が待っているとも知らずに。




