第15話:『闇市の交渉と、魔導科学の装備』
第15話:『闇市の交渉と、魔導科学の装備』
深夜の王都グランドリア。表通りは衛兵の巡回で埋め尽くされているけれど、一歩路地裏に入れば、そこは無法者たちの聖域だった。
「……フードを深く被って。目を合わせちゃダメよ」
エララの指示に従い、私はボロボロのローブで顔を隠し、ユリオの背中に張り付くように歩いた。場所は、王都の地下水路跡を利用した巨大な空洞━━通称『影の市場』。
ザワザワ……。
湿った空気の中に、得体の知れない熱気が渦巻いている。売られているのは、盗品の宝石、禁制の毒薬、そして魔獣の身体の一部。客層も、ゴロツキや闇の魔導士、それに顔を隠した貴族のような人まで様々だ。
「ここなら、騎士団も迂闊には手出しできないわ。……さあ、急ぐわよ」
エララは慣れた足取りで人混みをすり抜け、市場の奥にある一軒の怪しげな店に入った。看板には『まどろむ歯車亭』と書かれている。
カランコロン。
「いらっしゃひ……。おや、可愛らしいお客さんだこと」
カウンターの奥から現れたのは、四本の腕を持つ老いたゴブリンだった。濁った黄色い瞳が、ねめつけるように私たちを見る。
「親父さん。注文していたブツは入ってる?」
エララがカウンターに銀貨を弾く。ゴブリンの店主はニタリと笑い、奥から埃を被った木箱を持ってきた。
「へへっ、入ってますぜ。『氷竜の皮』に、純度Aランクの『精霊石』。……だがねぇ、嬢ちゃん」
店主の四本の腕が、箱を押さえつけた。
「今朝の新聞、見ちまったんでね。……『図書館爆破のテロリスト』に物を売るとなりゃ、それなりのリスク代ってもんが必要だ」
「……いくら?」
「金貨五〇枚」
「なっ!?」
私は思わず声を上げた。法外だ。相場の十倍はある。ユリオが低い唸り声を上げ、剣の柄に手をかけた。
「……ボッタクリもいい加減にしろ。その四本の腕、二本に減らされたいか?」
「おっと、旦那。ここは闇市だ。力ずくで奪えば、市場中の用心棒が黙っちゃいねぇよ?」
店主は余裕の笑みを崩さない。完全に足元を見られている。エララが舌打ちをした、その時だった。
「……ねえ、おじさん」
私が前に出た。ユリオが止めようとするのを手で制し、私はフードを少しだけ上げて、店主を見据えた。
「その棚にある『赤い魔石』。……あれ、そろそろ爆発するよ?」
「あん?」
店主が背後の棚を振り返る。そこには、売り物の大きな赤い魔石が置かれている。
「馬鹿言っちゃいけねぇ。ありゃあ最高級の『炎熱石』だ。安定してるさ」
「ううん、違う。……中のエネルギー循環が乱れてる。エントロピーが増大して、臨界点ギリギリ。あと三〇秒で……ドカン」
私は杖を取り出し、その魔石に向けた。ハッタリじゃない。私には見えるのだ。魔石の中で渦巻く熱エネルギーの奔流が。
「……私が直してあげる。その代わり、まけて」
言うが早いか、私は杖を振った。イメージするのは、熱の吸収と拡散。
「『熱制御』、安定化!」
シュゥゥゥ……。
私の杖先から青い光が伸び、赤い魔石を包み込む。すると、魔石から赤い蒸気が抜け、脈打っていた光が穏やかなオレンジ色に落ち着いた。
「な……!?」
店主が目を剥いて魔石を手に取る。
「こ、こいつは……不純物が取り除かれて、純度が上がってやがる……!」
私はニッコリと笑った。
「私の魔力は『熱』を操るの。……爆発させることもできるし、こうして価値を上げることもできる。どう? お金より、もっといい取引だと思うけど」
店主は魔石と私を交互に見比べ、やがて呆れたように両手を上げた。
「……参ったね。とんでもねぇガキだ。お買い上げありがとうよ、負けといてやらぁ!」
無事に素材を手に入れた私たちは、エララの隠れ家に戻り、早速「装備作成」に取り掛かった。
「見てなさい。これが魔法と科学の融合……『魔導科学』よ!」
エララはゴーグルをつけ、ミシンと錬金釜を同時に操るような手つきで作業を進めた。 そして数時間後。
「完成!」
テーブルの上に並べられたのは、見たこともない装備品たちだった。
まず、ユリオには新しい鎧。【耐熱強化コート・改】。氷竜の皮をなめし、内側に特殊な金属繊維を織り込んだ漆黒のロングコートだ。
「軽くて丈夫、しかも魔力を通すと発熱するヒーター機能付きよ。これなら北の吹雪でも凍えないし、多少の銃弾なら弾けるわ」
「……悪くない」
ユリオが袖を通す。黒いコート姿は、以前の野暮ったい革鎧よりもずっと洗練されていて、まるでダークヒーローのようだ。悔しいけど、すごく似合っている。
そして、私には━━。
「リリア、あなたにはこれよ」
手渡されたのは、一見すると普通のマフラーと、レンズが何層にも重なった【偏光ゴーグル】だった。
「そのゴーグルは、精霊石のレンズを使ってる。雪原の反射を防ぐだけじゃなく、微弱な魔力や電子信号を『色』として識別できるの。あなたの『見る力』を拡張するわ」
私はゴーグルを装着してみた。視界が一変する。エララの体から漏れる魔力、部屋のランプの熱源、そしてユリオの剣に宿るエネルギーが、サーモグラフィーのように鮮明に見える!
「すごい……! 世界が違って見える!」
「でしょ? そして最後に……あなたの杖の改造よ」
エララは私の『聖樹の杖』を受け取ると、先端の宝石の周りに、細かな金属パーツを取り付けた。まるで、杖に機械の照準器がついたみたいだ。
「あなたの魔力は強力すぎる。だから、出力を物理的に制限する『リミッター』と、熱のベクトルを制御する『指向性フィン』をつけたわ」
エララは真剣な表情で言った。
「リリア。あなたがガルドスの重力魔法を破った時のように、この世界の魔法は『物理法則』と密接に関わっている。……あなたは二〇四〇年の知識を持っているんでしょ? なら、イメージしなさい」
「イメージ……?」
「ただ『熱くなれ』『冷たくなれ』じゃダメ。分子の振動、熱伝導、エントロピー。……あなたの知識を杖という回路に通せば、それは最強の『魔導科学』になる」
私は杖を握りしめた。二〇四〇年の物理学と、異世界の魔法。その二つを繋ぐのが、私という存在なんだ。
「やってみる。……『冷却』」
私は杖をコップの水に向けた。イメージするのは、氷魔法じゃない。水分子の運動エネルギーを奪い、停止させる現象。
キンッ!
一瞬だった。コップの水は凍りつくことなく、液体のまま、マイナス四〇度の「過冷却水」へと変化した。
「……できた」
「合格よ。これなら、北の機械兵とも渡り合えるわ」
エララが満足げに頷く。ユリオが新しいコートを翻し、剣を背負った。
「準備は整ったな。……行くぞ。夜明け前に王都を出る」
私たちは装備を一新し、隠れ家を後にした。窓の外、東の空が白み始めている。逃亡者たちの、長く厳しい旅が始まろうとしていた。




