第12話:『暴走する剣と、涙の魔法』
第12話:『暴走する剣と、涙の魔法』
「アァァァァァァァァァッ!!」
ユリオの絶叫が、地下空間の空気をビリビリと震わせた。それは言葉ではなかった。 人間としての理性が砕け散り、ただ破壊衝動だけが剥き出しになった、傷ついた獣の咆哮。
ドクン、ドクンッ!!
彼が握る大剣『星斬り』が、主の狂気に呼応するように、どす黒い紫色の燐光を放ち始めた。青く澄んでいた魔力が、濁流のように汚染されていく。
「ユリオ、やめて! 落ち着いて!」
私の声は届かない。ユリオの瞳からはハイライトが消え、ただ目の前の「敵」━━かつての自分の成れの果てである『生体機甲兵』だけを映していた。
「……壊す。全部、壊す……!」
バッ!!
ユリオが地面を蹴った。速い。今までとは次元が違う。目で追うことさえ困難な速度で機甲兵の懐に飛び込むと、一切の防御を捨てて大剣を振り抜いた。
ズガァァァァァンッ!!
凄まじい衝撃音。機甲兵の巨体が、まるでボールのように吹き飛び、壁に激突してひしゃげた。しかし、ユリオは止まらない。
「オオオオオオッ!!」
彼は倒れた機甲兵に馬乗りになり、何度も、何度も剣を突き立てた。オイルが飛び散り、火花が彼の頬を焼く。中のカプセルが割れ、実験体の「部品」だった人間が動かなくなるまで、彼は攻撃をやめなかった。
「……ハハッ! 素晴らしい! リミッター解除か!」
ガルドスは手を叩いて喜んでいた。
「感情の暴走が、身体能力を強制的に引き上げている。……これぞ『バーサーカー・モード』。自我と引き換えに最強の力を得る、悪魔のシステムだ!」
ガルドスが指を鳴らすと、残りの二体の機甲兵がユリオに襲いかかった。巨大なアームがユリオの背中を殴打する。
ゴシャッ!!
骨が折れるような音がした。普通の人間なら即死だ。でも、ユリオは痛みに顔を歪めることすらしなかった。振り向きざまに、アームごと敵の胴体を薙ぎ払う。
「ユリオ……!」
見ていられない。彼は勝っているんじゃない。自分の命を削って、壊れているんだ。 このままじゃ、敵を全滅させる前に、ユリオの心と体が崩壊してしまう。
「エララ、子供たちを連れて逃げて!」
私は叫んだ。
「リリア!? 何をする気!?」
「ユリオを止める! ……あのままじゃ、彼が死んじゃう!」
私は杖を握りしめ、戦場の只中へと走り出した。熱風と殺気が肌を刺す。暴れ回るユリオの剣圧だけで、周囲の床がめくれ上がっている。近づくだけで自殺行為だ。
(怖い……。でも、ここで逃げたら、一生後悔する!)
ユリオは三体目の機甲兵を粉砕し、血走った目で次の獲物を探していた。その視線が、私と合った。
「……ガァァァァッ!!」
彼は私を認識できていない。大剣が振り上げられる。死の予感。
「ユリオ!!」
私は逃げなかった。彼の懐に飛び込み、その胸に自分の小さなおでこをぶつけるように抱きついた。
「っ……!?」
振り下ろされかけた刃が、私の頭上でピタリと止まる。本能の奥底で、何かがブレーキをかけたのか。
「ユリオ、戻ってきて! お願い!」
彼の体は岩のように硬く、そして高熱を発していた。暴走するエネルギーが、彼自身を内側から焼いている。
(冷やさなきゃ。この怒りの熱を、全部……!)
私は杖を捨て、両手で彼の頬を包んだ。イメージするのは、攻撃魔法じゃない。あの雨の日。二〇四〇年の渋谷で、私の頬を濡らした、冷たくて悲しい、けれど全ての喧騒を洗い流してくれた銀色の雨。
「……泣いていいよ。怒っていいよ。でも、自分を壊さないで」
私の目から涙が溢れた。それが頬を伝い、ユリオの頬へと落ちる。
「『清浄なる涙雨』……!」
ポゥッ……。
私の体から、そしてユリオの体から、淡い青色の光の粒子が溢れ出した。地下空間の天井に、幻影の雨雲が広がる。そして、優しく降り注ぐ、光の雨。
サーッ……。
雨粒がユリオの体に触れるたび、ジュッという音と共に黒い瘴気が浄化されていく。 高ぶっていた神経が鎮まり、沸騰していた血液が適温に戻る。
「……あ……」
ユリオの瞳から、狂気の色が消えていった。代わりに、碧い瞳に涙が浮かび、それがポロポロとこぼれ落ちた。
「……リ、リア……?」
大剣が手から滑り落ち、カランと乾いた音を立てた。彼は糸が切れたように膝をつき、そのまま私の肩に倒れ込んだ。
「……ごめん。俺、また……」
「いいの。大丈夫。私がいるよ」
私は彼を抱きしめたまま、ガルドスを睨みつけた。
「……ほう。暴走状態を外部からの精神干渉で強制停止させたか」
ガルドスは興味深そうに顎をさすっていたが、やがてつまらなそうに肩をすくめた。
「まあいい。貴重なデータは取れた。……それに、そろそろ時間だ」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
地下空間全体が激しく揺れ始めた。ユリオの暴れっぷりで、部屋を支える柱の多くが破壊されていたのだ。
「崩れるぞ! ここはもう持たん!」
ガルドスは黒い杖を一振りすると、空間に歪みを作り出した。転移ゲートだ。
「また会おう、愛しきモルモット諸君。……次は北の地で、最高のステージを用意して待っているよ」
彼は哄笑を残し、歪みの中へと消えていった。
「待てッ!」
追いかけようとしたが、天井から巨大な瓦礫が落下して道を塞いだ。
ドゴォォォン!!
「リリア! こっちよ! 搬入用のリフトが使えるわ!」
エララが子供たちを誘導しながら叫ぶ。私は意識を失ったユリオを、小さな体で必死に支え起こした。
「……重いよ、ユリオ。でも、置いてかないから!」
火事場の馬鹿力。私は彼を引きずり、崩壊する地下書庫を走った。背後で爆発音と崩落音が迫る。間一髪、リフトに飛び乗り、緊急レバーを引く。
ガガガガガッ!!
リフトが急上昇し、眼下で実験室が瓦礫に埋もれていくのが見えた。地獄の釜の蓋が、ようやく閉じたのだ。
王都の路地裏にあるマンホールから這い出した時、空は白み始めていた。朝の冷たい空気が、肺に染み渡る。
「……助かった、のね」
エララが煤だらけの顔で、空を見上げてへたり込む。子供たちも、疲れ切って眠っている。そして私の膝の上には、静かな寝息を立てるユリオがいた。
彼の顔は安らかだった。でも、私たちは知ってしまった。彼の出生の秘密。北の国の狂気。そして、この世界に迫る戦争の足音を。
「……終わってない。始まったばかりだ」
私はユリオの髪を撫でながら、心の中で誓った。ガルドスは言った。「北で待っている」と。なら、行くしかない。ユリオの過去に決着をつけ、囚われた全ての人々を解放するために。
朝日が、私たちのボロボロの姿を照らした。それは新しい一日の始まりであり、長い長い旅路の幕開けでもあった。




