第103話:『進化する魔女と、見えない狙撃手』
第103話:『進化する魔女と、見えない狙撃手』
薄暗い通路には、非常灯の赤い光だけが不気味に瞬いていた。
私たちは、真田大尉率いる戦術班の隊形の中央に位置し、レーダー施設の中枢であるコントロールルームを目指して進んでいた。
「……右、クリア」
「左、クリア。進むぞ」
隊員たちの無駄のない動き。彼らは角を曲がるたびに素早く銃口を向け、安全を確保していく。
だが、ここは敵の占拠下だ。いつまでも隠密行動が続くはずもない。
タタタタタタタッ!!
不意に、前方の十字路の奥から激しい銃撃が放たれた。暗闇に紛れて待ち伏せていたドール部隊の十字砲火だ。
「前衛、シールド展開!」
真田大尉の怒号と共に、先頭の隊員二名が折りたたみ式の防弾シールドを構える。しかし、敵の銃弾はシールドの表面を削り、火花を散らして押し込んでくる。
敵は痛みも恐怖も感じない。弾幕の密度が尋常ではなく、このままでは押し切られる。
「悠斗!」
「おうっ!」
悠斗がシールドの横から飛び出した。
四十キロの大剣『星斬り』を縦に構え、自らが巨大な盾となって弾幕の中に突っ込んでいく。ガギィィィンッ! と、銃弾がタングステン合金の刀身に弾かれる音が連続して響く。
悠斗の『身体強化』による超反応が、銃弾の軌道を見切り、大剣で防ぎきっているのだ。
「真田大尉、撃たないで! 私がやります!」
私は悠斗の背中に隠れながら、右手のステッキを構えた。
かつての私なら、頭の中で「重力加速度」や「熱力学の公式」を必死に組み立てていた。しかし今は違う。
物理の知識は、すでに私の脳の奥底に「感覚」として根付いている。数字を並べるのではなく、現象の『結果』を強くイメージするだけでいい。
迫り来る銃弾。その運動エネルギー。
それを、空気との摩擦でゼロになるように「減衰」させるイメージ。
泥沼の中を弾丸が進むように。
「……『運動停止』!」
ステッキの先端のクリスタルが淡く光った瞬間。
信じられない光景が起きた。
悠斗に向けて放たれていた無数の銃弾が、彼から数メートルの空間で、まるで透明なゼリーに突っ込んだかのように急減速したのだ。
そして、空中で完全に停止し、コロン、コロンと、ただの金属の塊となって床に落ちていく。
「……マジかよ。マトリッ〇スの世界か?」
背後で隊員の一人が呆然と呟いた。
私自身も驚いていた。
現実世界での事象改変。ただの「魔法の再現」ではなく、現実の物理法則を私のイメージ一つで塗り替える感覚。能力のステージが、確実に一段上がっている。
弾幕が止んだ一瞬の隙を突き、悠斗が一気に距離を詰める。
「ふんッ!!」
刃の腹を使った強烈な薙ぎ払いが、三人のドールをまとめて壁に叩きつけた。彼らが気を失うと同時に、私は再び『電磁パルス』のイメージを飛ばし、こめかみの自爆チップをショートさせる。
「制圧完了。……見事な連携だ」
真田大尉が銃を下ろし、感心したように私を見た。
「瀬戸、今の防壁はどれくらいの時間維持できる?」
「わかりません。でも、イメージが続く限りは……」
「頼もしい限りだ。よし、このまま一気に中枢まで押し通るぞ!」
私たちは弾丸の雨を無力化しながら、施設の中枢へと破竹の勢いで進攻した。
道中、十数人のドールを無力化した。彼らの顔を見るたびに、胸が痛む。まだあどけなさが残る少年少女たち。彼らをこんな目に遭わせている「背後の人間」への怒りが、私の魔力をさらに研ぎ澄ませていった。
やがて、私たちは最深部の『メインコントロールルーム』と書かれた重厚な防爆扉の前に辿り着いた。
「ロックされているな。……爆薬でこじ開けるか?」
真田大尉が部下に指示を出そうとした時、悠斗が大剣を肩に担ぎ直して前に出た。
「俺がやります。下がっていてください」
悠斗は深呼吸をし、全身の筋肉を極限までパンプアップさせる。腕の血管が異常なほど隆起し、彼から発せられる熱気で周囲の空気が歪んだ。
「『限界突破』……『剛剣』ッ!!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!!
四十キロの鉄塊が、分厚い鋼鉄の扉のど真ん中に叩き込まれた。
戦車の砲撃でも受けたかのように扉が内側へとひしゃげ、蝶番を引きちぎって吹き飛んだ。土煙が舞い上がる中、私たちはコントロールルームへと突入する。
そこは、無数のモニターとコンソールが並ぶ広大な円形の部屋だった。
部屋の隅には、プラントの職員と思われる作業着姿の人々が、後ろ手に縛られ、身を寄せ合って震えている。人質だ。
そして、部屋の中央。
メインコンソールの前に、一人の男が立っていた。
迷彩服を着てはいるが、これまでのドールたちとは明らかに体格が違う。筋骨隆々の大男。そして、彼のこめかみにあるチップは、青でも赤でもなく、不気味な「金色」に発光していた。
『……ほう。扉を物理的に破壊して入ってくるとは。随分と野蛮な猿どもだ』
男の口が動き、スピーカーから流れるような、ノイズ混じりの日本語が響いた。
遠隔操作されているのは同じだ。だが、これまでのドールのような「プログラムされただけの機械」の動きではない。向こう側にいる操縦者の『意志』と『感情』が、はっきりと伝わってくる。
「お前が、この部隊の指揮官か?」
悠斗が剣の切っ先を男に向け、鋭く睨みつけた。
『いかにも。……初めまして、日本の「特異点」諸君。私は某国特殊作戦部隊、部隊長のユーリだ』
男━━ユーリは、大げさに両手を広げてみせた。
『素晴らしい力だ。たった数名で、我が国の誇るドール部隊をここまで無力化するとは。……だが、彼らは所詮、未完成の安物に過ぎない』
ユーリの瞳が、狂気的な光を帯びて悠斗と私を捉えた。
『この体は特別製でね。……アルメルシアの深層データから抽出した「将軍クラス」の戦闘アルゴリズムを、私の脳と完全同期させてある。言わば、ワンオフの「特注品」だ』
ギリッ、とユーリが拳を握ると、彼の大柄な肉体がさらに一回り膨張したように見えた。骨がきしむ音が響く。現実の肉体に、VR上の巨大なステータスを無理やり上書きしているのだ。
『さあ、見せてみろ。お前たちが持つ「オリジナル」の力を。……私がそれを喰らい尽くし、我が国の最強の兵器として完成させてやろう!』
ユーリが足元の床を蹴った。
ドォン! という爆発音と共に、彼の巨体が目に見えないほどの速度で悠斗へと迫る。
「来るぞッ!」
真田大尉が叫ぶ。
異能と異能が衝突する、現実世界での本格的な戦闘が、今、始まろうとしていた。




