二十九話 視界の歪み
拉致をされ、脱出を試みた龍助と穂春だが、いつの日か見たループのせいで出られずにいた。
そして更に、TBBのボスと思われる一ノ宮清までもが龍助達を追い詰めていた。
「さあ、今なら指一本で許してあげるから戻っておいで」
「そんなこと聞いたらますます戻りたくねえな」
清の言葉だけでも、戻れば絶対にろくなことにならないというのは知れたことだ。
戻らないという意思表示をすると、清の表情がわずかに歪む。
これが少しイラついていることを意味していることに気がついた龍助は隠し持っていた警棒を取り出して構える。
「ほう。戦う気か?」
「大人しく捕まる訳にはいかないからな」
「私もお手伝いします」
龍助の隣に立った穂春がとても頼もしく感じる。
「じゃあ仕方ない。死んでもらうか」
龍助達の威勢な良さが気に入らないのか、清が舌打ちをしながら、力を溢れさせている。
その力はとても強く、感じるだけで気持ち悪くなってくるほどだ。
「穂春、援護を頼む」
「はい! 分かりました!」
穂春の声を聞いた龍助はすぐに行動へと移した。
肉体の力を使い、清の間合いに入る。
鮮血の魔眼で見えている複数の弱点。その一つを警棒で攻撃しようとしたが、清が力をまとわせた足で蹴り飛ばそうとする。
「させない!」
身動きを取らせまいと穂春がすかさずペルセポネを発動させる。
ペルセポネの霧が清の足首と腰に触れ、石化させる。
「やっぱりお前が厄介だな」
「行かせないぞ!」
清の標的が龍助から穂春へと変えられるが、そうはさせまいと龍助が立ちはだかり、行く手を阻んだ。
「それで止めたつもりか?」
「え……」
ニヤリと笑った次の瞬間、視界が歪んだ。
刹那の出来事だったので、龍助が気にせずに攻撃を繰り出そうとしたが、そこに清の姿がなかった。
嫌な予感がした龍助が背後へ振り返ると、清が穂春の方へと近づいていた。
(しまった!)
龍助が能力で最大限に身体能力を上げて再び穂春と清に割って入る。
「隙あり!」
割って入って来るとは思わなかった清が急いで身を引こうとしたが、一歩遅く、龍助の警棒が目前まで迫っていた。
しかし、また龍助の視界が歪む。
警棒を振り切ったが、手応えがなかった。
それもそのはずいつの間にか清は後退して避けていたのだ。
(さっきからなんなんだ……。視界が歪む)
視界の異常に気づけない龍助はぐるぐると思考を巡らせていたが、力者としての知識が低い自分には分かるはずもないと諦めた。
「さて、そろそろ大人しくしてもらおうか」
もう遊び飽きたのか、ため息を吐いた清が龍助達に向かって手をかざした次の瞬間、
「そうはさせませんよ」
聞き覚えのある声が語りかけてきた。
「だ、誰だ!? どこにいる!」
「ここですよ」
清が慌てて辺りを見回したが、誰もいない。
しかし、清の問いかけに答えたのと同時にある人物が彼の真後ろに立っていた。
その人物が千聖だということに気がついた龍助達は一気に不安から解放されたのだった。




