三十一話 婚約相手
高原先生達が心配で施設に帰ってきていた龍助は、突然の彼女の結婚宣言に驚きを隠せないでいた。
「ちょ、ちょっと待ってください! そんな話初耳ですよ?」
「言おうと思ってたんだけど、なかなかタイミングが合わなくて……」
龍助の言葉に高原先生はとても申し訳なさそうに対応する。
本当はもっと前、龍助が通り魔に遭った日に言おうとしていたが、出来なかったらしい。
さらに、龍助も一時的にとはいえ、施設を出ていってしまったりと忙しく、伝えるタイミングがなかったとのこと。
「でも兄さん、良いではないですか。おめでたいことです」
「それはそうだけど、どんな人かも分からないのにどう反応したらいいのか……」
確かに龍助の言うとおり、いくらめでたいことでも一度も会ったこともない人物と結婚となると混乱してしまう。
「それなんだけど、あなたたちが来るってことで今日来てくれるのよ」
「そう、ですか……」
「まあ、会ってみるだけ会ってみるのも大事ですよね」
今日来るという言葉で更に戸惑いを隠せていない龍助に付き添いでやってきて、ずっと傍で見守っていた千聖が言葉をかけた。
その言葉も最もだが、やはり今日突然会うとなると緊張してしまう。
「そんな難しく考えないで、気軽に会ってみては? そうでないと余計にしんどくなりますよ?」
未だに混乱している龍助だが、千聖に説得され、渋々会うことにした。
◇◆◇
現在昼の一時、施設で昼食を終えた龍助達は先生の婚約者が来るまで子供たちの面倒を見ていた。
施設の外で、主に男の子達とサッカーなどのスポーツをしている龍助とおままごとをしている穂春、そして施設の中で子供たちに絵本を読み聞かせている千聖。
千聖まで付き合わせて龍助達は申し訳なさがあったが、特に嫌がった素振りも見せなかったので、良しとした。
しばらく子供たちと遊んでいると、高原先生が穂春と龍助を呼びに来た。
「龍助くん、彼が来たから良いかな?」
「あ、はい。今行きます」
「お兄ちゃんもう行っちゃうの?」
「ごめんな……。またあとでな」
呼ばれた龍助はまだ子供たちの相手をしておきたかったが、もう時間なので、一旦子供たちと別れた。
子供たちは千聖と残りの先生が見てくれるので、心配はなかった。
高原先生に連れられて婚約者が待っている部屋へと向かう龍助達。
「改めてだけど、ごめんね。伝えるのが遅くなって……」
「大丈夫ですよ。私は楽しみです!」
先生の謝罪に穂春は笑顔で答えたが、龍助は複雑な気持ちだった。
目的地にまで着き、部屋の前に立っている龍助達。
そして、先生がドアにノックをした。
「はい。どうぞ」
「開けるわね」
そう言って先生はドアを開ける。
内心緊張で支配されていた龍助の心臓は爆発しそうなくらい大きく鳴っていた。
そして、中へ入り、婚約者の姿を確認した龍助は驚いた。
そこにいたのは、福島病院で会ったあの北原翔平だった。
『これからよろしくね』
この時、龍助はあの時、病院で最後に言われた翔平の言葉の真意に気がついたのだった。




